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再婚禁止期間とか夫婦別姓とか

千葉景子法相は1日、閣議後の記者会見で、女性の再婚禁止期間短縮や非嫡出子の相続差別撤廃などを内容とする民法改正を目指す考えを表明した。法相は選択的夫婦別姓の導入のための同法改正案を来年の通常国会に提出する意向を表明しており、同時改正も視野に検討を進める方針だ。

女性の「再婚禁止」短縮を検討=相続差別撤廃も-民法改正で法相

結婚というのは、ある面では愛の問題かもしれませんが、同時に社会制度の問題でもあります。そして、社会制度としての結婚は複雑な問題を抱えています。

近代的な社会では、個人の自由や平等が原則となっています。ところが、結婚に関しては必ずしもそうではありません。結婚が純粋に二人の「契約」の問題であるとするとならば良いわけですが、現実の結婚制度はそうではないからです。結婚によって公的な機関から恩恵を与えられたり、こうした恩恵が結果として二人を社会的に拘束することになることは、自由や平等の原則に反しているとも言えます。また、こうした恩恵を受けるための結婚の形態があらかじめ厳しく法律によって制限されていることも、個人の自由の尊重に反するとも言えます。それにもかかわらず、結婚という制度が続いているのは、それが安定した社会を維持するための「必要悪」とみなされてきたからでしょう。

ただ、それはあくまで「必要悪」です。結婚はあくまで「自由な契約」を基礎として、そこに「社会の慣習」を踏まえた最低限の制約が設けられるべきものなのです。そして、ここで重要なのが、「社会の慣習」は時代とともに変化していくものだということでしょう。

そういう意味からすると、「再婚禁止期間が男女別に定められていること」「夫婦同姓の強制」は、さすがに時代に合わなくなっているのではないかと思います。日本の家族法を定めている民法は明治31年にできたものですが、それから大きく社会の慣習が変わっているからです。

再婚禁止期間については、DNAによる親子鑑定がなかった時代に設けられたものですが、現代においては同様の意味は失われています。もちろん、「離婚への抑止力」という意味での再婚禁止期間は論理的には正しいものであり、男女の差別をなくすために今から男性にも再婚禁止期間を設けるというのは、家族法のあり方としては十分考えられると思います。しかし、今からそういった制度を設けることに国民の合意を得られるとは考えづらく、事実上、女性の再婚禁止期間をなくすことしか選択肢がないと言えるでしょう。こういった状況で、再婚禁止期間の撤廃に反対する理由は見あたりません。

一方、夫婦別姓については、かつてであれば強い風当たりがあり、考えられなかったことだと思います。しかし、現在では多くの公的な場所で事実上の夫婦別姓が認められており、法制度がそれに付いていっていないという状況なのです。「社会の慣習」として夫婦別姓が受け入れられている中、社会の慣習に対抗するような形で法律が夫婦別姓を規制することの合理性は全くないと言えます。もちろん、自分が夫婦別姓の結婚をすることに反対する意見があるのは分かりますが、それはあくまで個人的な考え方の問題であり、他人にまで「夫婦別姓はいけない!!」と強制することが適切ではないでしょう。

つまり、結婚のあり方に関して国家が強制できるのは、あくまで「現在の社会の慣習としてそれが広く受け入れられている」という理由によるものであり、「理想の家族制度を守る」という理由によるものではありません。家族法を、社会の慣習を誘導したり、方向付けたりするために「利用しようとする」人もいますが、これは大きな間違いではないでしょうか。

ちなみに、最近の民主党政権の動きを見ていると、ちょっと議論を急ぎすぎるのではないかという気もします。非嫡出子の相続問題が、他の問題と同列に扱われていることも問題でしょう。家族法の問題は、「社会制度とは何か」「家族とは何か」ということを考える良い機会であり、それは同時に今後の日本のあり方を考える良い機会でもあります。まずは国民的議論を重ねていくことが必要ではないかと思います。

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象の鼻地区という「記憶」

横浜市議会の決算特別委員会が30日あり、閉幕した横浜開港150周年記念イベント「開国博Y150」の不振について、市議から質問が相次いだ。

中田宏・前横浜市長が会期中に突然辞職したのに続き、このイベントの担当だった野田由美子副市長も決算委直前の29日に辞職した。市議の間からは、Y150の事業費や記念式典など約80億円の税金を投入して実施された開国博の総括を「だれがするのか」との声も出ていた。

http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000000910010001

自分は中田宏という人について良く知りません。開港博についても通りがかっただけで入場すらしなかったので、評価しようがありません。ただ、中田元市長が開港博の関連事業として行ったことの中で一つだけ、どうしても納得いかないものがあります。これは、客観的な評価というより、まったく個人的な思いに属する問題です

横浜には象の鼻という地区があります。この地区は、横浜港発祥の波止場だった場所で、古くからのレンガ作りの港湾施設や、廃船がそのまま放置されていたりするなど、非常に味のあるエリアでした。大部分は立ち入り禁止だったものの、いつ行っても写真愛好家が三脚を並べているほどの名所だったのです。開発が進んだ横浜市街において、もっとも「横浜らしさ」を持っている地区だったと言っても良いと思います。

ところが、中田市長の在任中、開港博の関連事業としてこの地区の再開発が提案され、退任とほぼ同時に開発が終了したのです。その結果、日本のどこにでもあるような「普通の公園」になってしまいました。たしかに、公園の一部には古くからの施設が保存されているのですが、少なくとも遠くから見る限り、日本のどこでもあるような普通の公園なのです。

自分は一人の観光客として、その場所を散歩するのが好きだっただけであり、象の鼻地区の開発に、どのような苦労があったのか分かりません。荒れ果てた地区だったので、治安上の問題や安全上の問題、観光客を誘致する上での問題などがあったのかもしれません。でも、もう少しましな開発方法はないかと思ってしまいます。

自分には、中田宏という人の政治家としての力量を評価する知識はありません。でも、今後どれだけこの人の名声を聞いたとしても、この人の名前が、自分の中で「二度と返ってこない失われた思い出」と結び付けられているという事実は、覆すことができないでしょう。

公共事業というのは、いつもこういう「記憶」や「思い出」と関係するものです。八ツ場ダムや鞆の浦など、公共事業の是非に関心が集まる今日この頃。そうした話を聞くたび、「記憶」をめぐる複雑な思いに胸をかきたてられるような気がするのは自分だけでしょうか。

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外務省報道に隠された「記者クラブ維持」という本音

首相が「村山談話」を踏襲する考えを示したことについての胡主席の反応を聞かれると、松野氏は「非常に好意的な言葉があった」としか答えられず、「ちょっと待ってください。事務方でメモしていますか」と外務省幹部に助けを求める場面も見られた。

自民党政権下でも、官房副長官が首脳会談の中身を記者に説明することはあった。ただ、冒頭、テーマごとに会談のやり取りを詳細に説明し、説明に先立って外務省側と綿密な打ち合わせがあった。

「政治主導」を強調する民主党政権の方針に沿って、松野氏は「自分の言葉」で説明しようとしたが、準備不足は否めなかったようだ。

日中首脳会談説明、「政治主導」のはずが官僚に「助けて」

何を話して何を話さないか、どういう態度で話すのかを政治家が決めるのが「政治主導」なわけで、全ての知識を政治家が頭に入れておくのが政治主導ではないはずです。政治主導が成り立つための理想的な官僚は、知識やデータを蓄え、必要に応じて引き出す、「グーグル」みたいな存在でしょう。政治家はグーグル(官僚)を使いこなす能力を持てば良いだけで、自分がグーグルになる必要はないのです。そういう意味で、記者会見の最中に、足りない知識を官僚に聞くのは、「政治家―官僚」の理想的な関係だと言えます。

それは、この記事で扱われている問題についても同じです。会談の具体的な内容を政治家が全て記憶しろというのは無理な注文であり、むしろ官僚にまかせておいた方が良い分野でしょう。記者会見の最中に、事務方と連携を取ることを批判するのは、全くもって意味不明なのです。また、「事務方でメモしていますか」という「表現」を政治家が「主導していない」という理由に挙げる人もいるようですが、これもかなりひどい揚げ足取りです。上司が部下に依頼するとき、客がウェイターに注文するとき、「~がありますか?」と聞くのは、日本語の丁寧表現一種であり、「主導しているかどうか」とは無関係です。

では、なぜこんな記事が出てきたのでしょうか。この記事は外務省で行われた「記者クラブ解放」に対する牽制という非常に政治的な意味を持つ記事ではないかと思われます。

民主党は、従来の「自民党―官僚―マスコミ」の癒着の元凶とも言える「記者クラブ」を廃止することを打ち出していたのですが、その公約は早くも反故にされてしまいました(link)。しかし、これには根強い反対意見もあり、今後民主党が「記者クラブの解放」を行うかどうかは非常に流動的な情勢です。こうした中、外務省だけは「記者クラブの開放」を打ち出したのです。したがって、マスコミとしては「外務省では記者会見がうまくいっていない」ということを印象づけるために、どんな捏造記事でも書きたいというのが、正直なところなのでしょう。

自民党時代の記者会見は、官僚とマスコミが事前に打ち合わせをして、質問内容まで把握しており、したがって、「滞りなく」記者会見が進められたと言えます。逆に、マスコミは、政府側が指定した質問しかしなかったのです。ところが、外務省では記者クラブがないために、そういう「お手盛り記者会見」ができなかった。そこでマスコミはここぞとばかりに「政治家では答えられそうにない」意地悪な質問をぶつけ、その対応を報道したということでしょう。要するにマスコミは「記者クラブを尊重しないと、こんな痛い目に合うぞ」というメッセージを、政治サイドに送ろうとしているのではないでしょうか。そう考えると、この記事で、批判するべきでもないようなことをわざわざ批判している理由が良く分かります。

冷静に考えれば、今回のようにマスコミと政治家が緊張感を持ちながら記者会見をすることは、政治改革の貴重な第一歩とも言えるものです。むしろ民主党のポイントアップとして考える方が自然でしょう。

自分の都合の良いように事実を曲解して記事を書くのは、マスコミの「伝統芸能」なのかもしれませんが、こうしてあまりにも読者をバカにしたような記事を書き続ければ、長期的に見て、既存メディアが読者から見放されるのを一層早くするだけの結果に終わるはずだ…と言いたいところ。ただ、まぁ、ネット上の意見の大部分が、大手マスコミの戦略にまんまとはめられているものばかりであることを考えると、まだまだ大手マスコミは安泰なのかもしれません。

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酒井法子、謝罪会見の「騒ぎすぎ」

先日、昼間、美容院で髪を切ってもらっていたら、テレビが付いてて、酒井法子の車をヘリで追いかけ回していました。

 今、レインボーブリッジを通過しました~!!

って、絶対おかしいでしょ。どう考えても騒ぎすぎです。

最初は、ひどいプライバシー侵害だ…と思っていたのですが、どうもそういうわけではなさそうだということを、拘置所から出てくる映像を見て思いました。完璧な衣装、完璧な照明、完璧なアングルで、ドラマの一シーンかと思うくらい「できすぎていた」のです。あぁ、マスコミはすでに復帰させるつもりで動いてるんだな…と思いました。

報道によると、知人の会社会長という人が、この件のお膳立てをしたということですが、マスコミや事務所サイドがどの程度まで絡んでいるのかは分かりません。少なくともそのお膳立てに乗って視聴率を稼いだテレビ局が、番組に起用する可能性が高いことは間違いないと思います。

一般に、テレビ局が放送に当たって影響を受ける因子に、「視聴率」「出演者(芸能事務所)との関係」「広告主との関係」「情報源との関係」「制作費」の5つがありますが、この中でも特に大きいのが視聴率です。「酒井法子の報道をすれば視聴率が取れる」ということになれば、モラルなどは吹き飛んで、ひたすらある方向に突っ走っていくのは仕方ないことでしょう。西垣通の言う「人気が人気を生み出すシステム」であるマスコミを、そのロジックの外側から抑制するのは非常に困難です。

そういう意味で、自分はこの件でテレビ局を説得力のある形で批判する言葉を持っていないのです。自分が言えるのは、利益重視のドタバタ劇には、どん引きするのが正常な感覚じゃないかということくらいでしょうか。しかし、そのこと自体、「マスメディア」というものの限界を良く示しているような気がします。

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鳩山政権誕生の意義について

衆参両院は16日午後、首相指名選挙を行い、民主党の鳩山由紀夫代表が同党に加えて社民、国民新各党などの支持を得てそれぞれの院で過半数の票を獲得し、首相に指名された。鳩山氏の第93代首相への就任が正式に決まった。

鳩山首相:誕生…衆参両院で指名 新政権、今夜発足/毎日jp

いよいよ鳩山政権が誕生しました。選挙の結果が分かったときには何も書かなかったので、御祝儀を兼ねて(?)、日本の戦後政治思想史の中での鳩山政権誕生の意義について考えてみたいと思います。

55年体制が成立して以降、特に冷戦時代においては、右派が対米追従路線、左派が国際協調路線で、結果として左派は中国や北朝鮮寄りという構造が描かれてきました。これには、GHQはいわゆる「逆コース」の流れの中で、 軍国主義を復活しようとしたこと、その中で「愛国心の育成」まで指示したことが関係していると言われています。これに対して反対したのが、いわゆる「反米愛国」の運動だったわけです。

この構造は現在でもある程度続いています。一部の右よりの人たちは、民主党が親中であることをことさらに強調しているように思えますが、自民党と比べて、中国や韓国寄りであることは、鳩山氏自身も認めることでしょう。

ただ、自民党→民主党という政権の移行を、一部の右よりの人たちの意見に引きずられる形で、米国→中国という流れで理解することは、政治状況を大きく見誤らせると思います。なぜなら、米国 vs.中国という理解は、冷戦時代の構造であり、現在にまでそのまま適用することができないからです。むしろ、自民党→民主党という移行は、冷戦モデル→米国一極集中モデルという国際政治モデルの移行を反映するものと考えた方が良いでしょう。

アメリカにとって、日本を共産主義陣営への防波堤とする見方は、冷戦の終結後、完全になくなったわけではありませんでした。なぜなら、東アジアには最後の共産主義大国「中華人民共和国」が残されていたからです。軍事的・経済的に、中国に近づきつつ、警戒心も解くことができないというアメリカの立場は、そのま細川内閣によって55年体制が終焉し(1993年)、翌年には再び自民党羽田内閣が誕生、さらに自民・社会・さきがけ連立による村山内閣(1994年)と目まぐるしく変わったことに反映されていました。

その後、政権内の「親中派」も力を付け、自民党政権が続くようになるわけです。しかし、そうした中、主にアメリカの民主党を中心とした勢力と中国の間のパイプは次第に太くなっていきました。そうなると、宙ぶらりんな状況に置かれるのが日本です。日本が右翼的な軍国主義、あるいは反中感情を煽ることは、米国の利益にも日本の利益にもならない時代になってしまったのです。そして米国で民主党政権が誕生したことにより、この流れはさらに決定的になったと思われます。また、これと平行して、国内的にも中国市場が非常に重要になり、中国との関係維持が不可欠になったという変化がありました。

結党以来、自民党は、対米追従の現実主義であり、時代によって大きくその主張が変わったとは言っても、反共や封建的伝統を重視するといった、ある程度の枠組みがありました。自民党がこうした枠組みを簡単に壊せなかった以上、自民党の枠組みを捨てて民主党政権へ移行することが、米国一極集中の世界における日本の立ち位置を確保するために不可欠だったと言うことができます。

そう考えると、いくつかの具体的な問題に対して、一部の人がひどく誤解しているということが浮かび上がります。

一つは、前にも記事に書いたことですが、鳩山首相の「東アジア共同体」構想は、決して米国と対立するようなものではなく、むしろ日本が新たな米国との関係を模索するために必要なものであるということ。

もう一つ、マスコミが、「米国より」から、急激に「中国より」になったという見方があるが、これは大きな間違いで、マスコミは最初から最後まで「米国より」で「財界より」だということ。

これは、単に情勢分析の問題であり、鳩山首相を褒めているのでもなければ、否定しているのでもありません。悪い面について言えば、鳩山政権に「対米追従路線の修正」ということを期待するのは、お門違いということも同時に示していると思われるからです。そう考えると、鳩山政権が発足と同時に、早くも「官僚化」「自民党化」の道を歩んでいることは、ある種の必然だったのかもしれません。

取り調べ可視化の検討、「別手法と合わせて」 国家公安委員長/NIKKEI NET

民主党の裏切り、それは転落への道/ニュースな待合室

自民党から民主党への移行は財界や米国の都合によるものであり、民主党が官僚政治の打開を期待させていたのは、単に選挙向けのパフォーマンスだった…とはさすがに思いませんが…。鳩山首相の政権運営を、期待と不安の合わさった、祈りにも似た気持ちで眺めているのは自分だけではないと思います。

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民主党の裏切り、それは転落への道

鳩山由紀夫首相就任会見で、ネットメディアなどが締め出され、政権発足初日から「公約破り」が行われたことについて、専門家や識者から民主党や記者クラブを批判する声が続々と挙がっている。

ネット「締め出し」首相会見 民主党と記者クラブに批判噴出/J-CASTニュース

民主党が、以前から公約としていた「記者クラブの開放」が、鳩山首相の就任初日目から中止されました。「官僚政治の打破」「開かれた政治」のもっとも重要なポイントであると言われていた「記者クラブの開放」が中止されたことで、民主党に対して国民が期待していた改革が一気に後退することが予想されます。まさに「民主党の転落への道」の第一歩と言えるでしょう。

この問題に対して、マスコミ vs. ネットという立場から批判しているのが宮台真司です。 宮台は、「マスコミ vs. ネット」という対立の中でこの問題をとらえ、「民主党の首脳陣は、廃れつつあるものと、勃興しつつあるものを、見間違えてはなりません」とまとめています。

すでに誰が動いたのか分かりつつありますが、岡田克也氏のいうように次期総選挙は既に始まっている以上、今回の動きの背後にいる人々が確定したならば直ちに徹底的な落選運動を開始しましょう。

民主党の首脳陣は、廃れつつあるものと、勃興しつつあるものを、見間違えてはなりません。そのことを、自民党の壊滅から学んだのではありませんでしたか。学んでいないのなら、面白いことになりますよ。

もうすでに、あなたがたの味方であり得たはずの人たちが、急速に冷めはじめていますが、やがてこの人たちが強大な敵になっていくでしょう。隣国のノ・ムヒョン元大統領に起ったことが、鳩山首相にも起こるかもしれません。

平野官房長官、あんたに言っておこう。鳩山献金問題をメディア攻撃から防遏するには、記者クラブを使って統制したほうが好都合だと思ってるんだろうが、せこいんだよ。むしろネットでの発信者がこの問題について圧倒的に厳しくなるぜ。

民主党の重大な「公約破り」はじまる 許すまじ!/MIYADAI.com Blog

ちょっと読んでもかなり厳しい言い方をしていることが分かります。ただ、これについては宮台氏の今までの発言や立場を知っている人でないと、何でこんな言い方をしているのか分からないかもしれません。ここで「ネット」というのは、2ちゃんねるのネット右翼や、それに群がるブロガーを指しているのではなく、フリージャーナリストの神保哲生氏や、宮台氏自身を指していると思われるからです。

ここで宮台氏が「ネット」と呼ぶ神保哲生氏、あるいは雑誌を中心に活動している同じくフリージャーナリストの上杉隆氏の主張を見ると、もう少し具体的なことが分かります。

ちょっと長いのですが、非常に重要だと思うので長めに引用させてもらいます。

記者会見がオープンでなければならないわけ。それは、会見の出席に制限があると、記者会見が真剣勝負の場にならないからです。特定の社だけを相手にする記者会見を許せば、記者会見が政治権力とメディアの真剣勝負の場にならないばかりか、両者の関係が癒着と堕落の温床になることが、最初からわかりきっているからです。

参加資格に制限のある記者会見に出られる既存の記者クラブメディアの特権的な地位をpreferred access(優先的アクセス)とかprivileged access(特権的アクセス)と呼びますが、preferredやprivilegedな状態では、記者会見の場で大臣や政府高官が嫌がる質問や他のメディアが嫌がる質問をすれば、その記者やその記者が所属する報道期間はそのprivileged(特権)を失うリスクがある。

しかし、会見がオープンになり参加に条件がなくなると、どんなに相手が嫌がる質問をしても、会見に出る資格を失う心配はしなくてもよくなるので、容赦無く何でも聞くことが可能なる。それがいつもぼくの言っている、記者会見が真剣勝負の場になる、ということの意味なんです。

記者会見がオープンになったって、裏技や寝技勝負の記者は残ります。どこの先進国にもそういう記者はいるもんです。だけど、そうでないまともな記者、いやどちらかと言うと普通の記者が、普通の記者活動をするためには、記者会見という公的な権力の地位にある人間にアクセスする場が保障されていることが、必須条件となります。

その前提が崩れると、記者会見は単なるセレモニーの場になります。統治権力が一応会見をやってるふりをする儀式にメディアもみんなで付き合ってあげて、本当に聞きたいことは、その後の番記者懇談や夜回りで聞く。もちろんそれはそのまま記事にはできないし、何らかの思惑があってあえて実名で書くように言われた場合以外は、実名報道も行われない。発言者もそういう場での発言には責任を問われることもない。

それがまさに自民党下で長年にわたり進行してきたメディアの癌化現象の根源です。

なぜ記者会見がオープンでなければならないのか/ビデオジャーナリスト神保哲生オフィシャルブログ

ちなみに、これに関連して、従来、民主党が(国際的には常識である)オープンな記者会見を開いてきたこと。神保哲生がそこに参加して、一貫して民主党擁護の記事を書いてきたにもかかわらず、内閣発足とともに彼を排除する「不義理」を上杉隆氏は指摘しています(link)。宮台氏も、選挙前は民主党を擁護する発言をしてきたのに、政権発足と同時に「裏切られた」人の一人であり、若干感情的とも思える言い方をしていることには、こういう背景があるのです。

この上杉隆氏は、今回の問題が起きるよりずっと前のインタビューで、記者クラブ問題が、「新聞社/通信社」の分業の問題と関係していることを指摘しています。

様々な案件への対応という点は、日本の新聞社が、本来通信社がやるワイヤーサービスと、新聞社がやるべき評論・分析、調査報道の仕事とを分けずに全部やっていることから発生している問題です。

発生したことを単にストレートニュースとして報じるのは、海外では通信社の仕事です。閣僚クラスへのぶら下がりなんかもそうです。APやロイターなどに任せています。そしてNYタイムズやワシントン・ポスト、ル・モンドなどの新聞社は、ジャーナリズムとしての記事などに力を注ぎます。この役割分担は、世界の新聞がやっていることです。

記者クラブという「鎖国」制度 世界の笑いものだ/J-CASTニュース

上杉氏は、この記事の中で、民主党による記者クラブ開放に期待し、民主党を擁護しています。上杉氏もまた、内閣発足という事態になって、民主党に「裏切られた」人間の一人なのです。

さて、ネット上のメディアでは、従来の民主党支持/自民党支持を問わず、一斉に「民主党批判」で固まろうとしているわけです。従来、民主党に好意的だったメディアほど、この問題には敏感に反応しています。一方、気持ち悪いのは、大手のメディアがこのことを一切報道しないということ。これは、今さら記者クラブの正当性を指摘しても負けるに決まっていると分かっている彼らの罪悪感の表れだと思うのですが、おそらく後年の笑いものになりそうなのが、この記事。

識者や官僚からは「政治主導の情報統制が進み、国民の知る権利を制約しかねない」との声が出ている。新政権の閣僚らが十分な会見の機会を確保するのか注目される。

選択のあとに:09政権交代 鳩山内閣発足(その2止) 知る権利に不安も/毎日.jp

自分たちが盾になって国民の知る権利を阻害しておきながら、官僚と新聞社の談合を垂れ流しにされる権利が「知る権利」だって、声を大にして「恥を知れ、毎日新聞」と言いたいところです。まぁ、毎日新聞の名誉のために言っておくと、今回の問題に関して悪いのは毎日新聞だけではなく、大手メディア全体であり、またそれを利用しようとした民主党鳩山政権の問題でもあるんですけどね。

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ペッパーランチの謝罪文の「ひとごと」

食中毒事故のお詫び
お客様各位
平素は、弊社ペッパーランチをご愛顧賜り厚く御礼申し上げます。
この度は、私どものチェーンの店舗が大変ご心配をお掛け致しまして申し
訳ございません。
8 月14 日から26 日にかけて「角切りステーキ」をお召し上がりになっ
たお客様のO-157 よる食中毒に関して保健所様が調査を進めている事を
重く受け止め、昨日15 時より本社会議室にて記者会見を行い、今回の経
緯と現在の状況につきまして発表させて頂きました。
その後、厚生労働省食品安全部様の発表により、ペッパーランチ佐波川
SA 上り線店(山口県防府市)において四名のお客様にO-157 よる食中毒が
発症したことにつきまして、山口県防府環境保健所様より3 日間の営業停
止の処分を受けました事を知りました。
弊社では「O-157お客様相談窓口」(TEL03-3829-3210)を設置
し、お客様からのお問い合わせに対応し、今後の対策を講じてまいります。
また9 月4 日より全店で角切りステーキの販売を中止いたしております。
全国のペッパーランチのお客様や関係各位にご心配、ご迷惑をお掛け致
しましたことを謹んでお詫びを申し上げます。
尚、まだ原因は調査中でありますが、現在ペッパーランチ各店舗で販売
しております各商品につきましては該当する工場の製品では一切ござい
ませんので、御安心してご利用いただければ幸いです。
以上
平成21 年9 月6 日
株式会社ペッパーフードサービス

二つ謝罪文が出ています。上が一報目で、こちら(link)が二報目。

しかし、いずれにせよどうも責任逃れに終始している感じがするのは自分だけでしょうか。自分たちに直接の責任はないが、納入業者とフライチャイジーのせいでこんなことになってしまったという「被害者意識」がひしひしと伝わってくる気がします。

企業の経営の観点から言えば、これは「書き方」の問題、広報戦略の問題だと思います。たしかに、本部の責任ではない部分もあるのかもしれませんが、それを強調するような「未練がましい」書き方をすればかえって反発を受ける面もあると思うからです。事実関係についてはきちんと伝えた上で、精一杯謝罪した方が、少なくとも日本の消費者からの受けは良いでしょう。

ただ、そんなに関係ないと思いながら、全然違うことを思い出してしまうのは自分だけでしょうか。太平洋戦争を進めておきながら、追放解除になって戦争への美化を始めた保守政治家とか、バブル崩壊の元凶となりながら、大学に天下りしている経済官僚とか…。考えすぎということにしておきます。

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ライフネット生命の非科学的な調査結果

また、非科学的な調査結果を見つけました。「もしかして…」と疑うような記事はたまに見つけますが、ここまで明らかにおかしいのはなかなかありません。「Bussiness Media誠」が記事にしたものですが、もともとライフネット生命という会社の調査で、「Bussiness Media誠」は受け売りの記事を書いただけのようです。

http://www.lifenet-seimei.co.jp/newsrelease/2009/1916.html

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0909/07/news047.html

統計の知識がある人が見れば分かると思いますが、とにかくひどい結果です。保険会社としての信頼も、雑誌としての信頼も失うことになるのではないかという気がします。

次に同回答者に対し、脳タイプ別の年収を尋ねたところ、『右脳タイプ』(209名)の平均は452万円で、『左脳タイプ』(268名)の455万7千円となり、『左脳タイプ』の人の方が、3万7千円ほど年収が高くなる結果となりました。

まずこの点ですが、「ほぼ同じ結果になりました」と書くべきです。厳密にはt検定という方法を使いますが、
この程度のデータの違いでは、調べるまでもなく、確実に「違いはない」という結論になります。

それぞれのタイプの年収の分布を見ると、『左脳タイプ』の場合「300万円未満」の回答者は31.7%となりましたが、
『右脳タイプ』は40.7%と、『左脳タイプ』の割合を9.0ポイント上回りました。しかしながら、比較的年収が高かった『900万円以上』(「900万円以上~1000万円未満」、「1000万円以上」の合計)に注目してみると、『左脳タイプ』では4.5%にとどまっているのに対し、『右脳タイプ』では10.0%と『左脳タイプ』の2倍以上の値となっています。

このデータを統計的に計算し直したところ、全て誤差範囲であり、違いは認められないことがはっきりと分かりました。カイ二乗検定の検定値を計算したところ、

300万円未満が→25.0%
900万円以上→12.9%

でした。(この数字が最低でも5%を切らなければ科学的に「違いがある」とは認められません)要するに、今回の調査結果からは、「何も分からなかった」というべきなのです。

たしかに、上のリンク先の記事は、遠回しな表現に徹していますが、記事を読むだけでは「何も分からなかった」ということは分かりません。「予算を使って調査をした以上、発表しないといけない」という官僚主義的な理由で発表された結果なのでしょうが、それが読者の信頼を大きく裏切るものであることが分かります。これは、調査結果の発表をする側のモラルの問題とも言えるでしょう。

このデータが「何も意味していない」というのは、大学一年生程度の基本的な統計の知識があれば分かること。上の計算も全てExcelだけで行っています。昨今、アンケート調査が簡単に行えるようになったこともあって、非科学的な調査結果を発表する企業が増えているのも事実ですが、統計の専門家であるべき保険会社がこうしためちゃくちゃな調査結果を出せば、本業の信頼まで失ってしまうのではないか思います。

ちなみに、統計調査のコンサルティングは随時承っておりますので、ブログの連絡欄からメールをいただけると幸いです。お安く仕上げます(笑)。

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捕鯨問題について

オーストラリア北西部ブルーム市の議会が22日、和歌山県太地町のイルカ漁に抗議して、同町との姉妹都市提携を停止することを全会一致で決めた。市議会は「イルカを殺す限り、姉妹都市は続けられない」としている。

和歌山・太地町のイルカ漁に抗議、姉妹都市提携停止 豪/asahi.com

捕鯨問題に関して、「かわいそうだから殺すな」っていうのは、欧米人のエゴでしょうね。クジラやイルカの前に、牛・豚・鶏の虐殺に反対するべきだというのはもっともです。理念的なところで言ったら、国際政治の場で捕鯨の禁止を訴える根拠はあまりないと思います。

しかし、国内の捕鯨反対派が言う主張、「この問題が、日本のイメージを悪くするとしたら、税金を使ってまで捕鯨を維持する理由はあるのか」「むしろ、天下り利権を維持しているだけではないか」というのは、これはこれで見るべきものがあると思います。

実際、この一年でクジラを食べたという人はほとんどいないでしょう。食生活に関する限り、すでに鯨の文化はほとんど失われてしまっており、「守るべき文化」だとしても、その優先順位はかなり低いものになっているといるのです。たとえば、あるマイナーな伝統芸能を継承することが大事だとしても、それを維持するのに莫大な税金が必要で、かつ、日本を外交的に不利に追いやるとしたら、その是非は、さまざまなバランスの中で決められるべきことは言うまでもありません。(余談ですが、クジラやイルカには、水俣病が問題になったときの水俣湾の魚と同レベルの水銀が含まれているようで、自分はそんなものを口にしようと思いません。)

漁業資源のバランスを維持すること目的として捕鯨が必要だという主張がありますが、これは到底科学的とは言えない調査であり、「捕鯨が生態系を乱す」という主張に科学的根拠が薄いのと同じように、「捕鯨が生態系の維持に必要」という主張にもきちんとした科学的根拠がないのです。おそらく、人間が捕鯨をしようとしなかろうと、長期的にはそれなりに生態系が維持されるというのが本当のところではないかと思います。

自分は捕鯨を推進することが全て間違いだというつもりはありません。特に、クジラ漁をする人、クジラ食の愛好者が捕鯨を推進するのはもっともだと思います。しかし、クジラを食べたこともない、食べようとも思わないのに、単にナショナリズム的な理由で捕鯨問題に首を突っ込む人は、少し頭を冷やして考えた方が良いような気がします。

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鳩山代表の論文の件について

東アジア共同体の創設を提唱するなどアジア重視の姿勢を掲げ、米国からの「自立」を強調したためだ。新政権は当面、「米国と距離を置く政権」とのイメージをぬぐい去るため、釈明に追われることになりそうだ。

鳩山代表の「論文」米国で波紋/毎日jp

なんていうんですか、こう…。マスコミには「客観的な報道」を多少は装おう・・・という美学のようなものはないのでしょうか。これ、多少知識がある人が見たら、かなりの偏向報道ではないかと思います。

そもそものニューヨークタイムズの翻訳がかなり「曲解」だというのは、きちんとソース(原文NYT)に当たれば分かる話ですが、これについては他の人がさんざん言っているので、まぁいいとしましょう。しかし、それをさておいても、今回の「論文」騒動、日本のマスコミの報道にはかなりの誘導があります。

自分はアメリカの政治にそれほど詳しい方ではありませんが、それでも、鳩山発言を批判している保守派(ネオコン)と、オバマや(アメリカ)民主党に近い人たちは、立場や利害が違うということくらい分かります。それを踏まえて考えれば、鳩山代表の論文は、中国の経済利権に関心を寄せる(アメリカ)民主党に近い人たちに対し、「日本を重視しなければ、日本が中国と手を組んで経済利権を持って行かれるかも」という警戒心を与えるものなのです。これは、結果として、日本の外交上有利に働くことが予想されます。日本で鳩山氏に批判的な人は「アメリカが日本を無視して中国に関心を寄せる」と煽っていますが、むしろ、逆の効果の方が大きいと思われます。

日本のマスコミが騒ぐように「アメリカ様の機嫌を損ねたら大変!」というような理解は、全くもって見当違いです。むしろ、日本の首相になるかもしれない人が、こういったことをきちんと言っているということを評価しても良いでしょう。

ただ、以上の話はあくまで日米関係に与える影響という観点からのものであり、自分は別に鳩山氏の論文の内容を支持しているわけではありません。政策の問題として言うと、鳩山氏の議論は理念としても危ういし、実行はかなり難しいのではないかと思います。

たしかに、経済のグローバル化は、富の一極集中を招くものであり、これに対して有効な対策が必要であることは言うまでもありません。特に、国家間の資本獲得競争が、セーフティネットの確立や、所得の再分配すら困難にしてしまうということは、世界的な問題として認識されないといけないと思います。これは全く鳩山氏が書いている通りです。しかし、経済のグローバル化は政策上の対立の問題ではなく、現実なのです。そしてそれは、東アジア共同体のようなブロック経済圏構想で解決するとは思えません。そもそもブロック経済圏構想は、長期的には経済のグローバル化への対策にならないと思われるし、鳩山氏想定しているEUと東アジアでは、文化的な隔絶の度合いも全く違うからです。

では、ブロック経済的な構想が全てありえないかというとそうではないと思います。北米自由貿易協定のような、経済格差を前提にした経済協定は有効だと思うし、それは、日本の地位を経済的にも外交的にも高める可能性があるからです。ただ、そうなった場合、ブロック経済圏構想より前に考えなければいけないことがあるのは明白でしょう。特に、行財政改革、規制緩和、そして何より、未来を見据えた教育改革の方針が立たなければ、中国や韓国と交渉する際の作戦を立てることすらできないと思われます。そして、そうした「やらなければいけないこと」のリストは、ブロック経済圏構想とは無関係に、今、日本が「やらなければいけないこと」のリストにほかならないのです。

そういう意味で、自分は鳩山氏の論文に賛成ではありませんが、国内外の議論を巻き起こすという意味で、「騒動」としては評価したいところです。自分は鳩山氏が、周囲の反対を受けても持論を押し通すほど気骨のある人だとは思っていない・・・良く言えば、周囲の意見に耳を貸せる人だと思っているので、今後の方針の転換に期待したいというのが、正直な気持ちなのですが…。

いずれにせよ、上に引用した新聞記事を見ると、日本のマスコミが政策に関する議論を避け、ひたすら「印象操作」に走ろうとしていることが分かるでしょう。そこで、アメリカの新聞の意見を出してくるのは姑息ですらあります。日本の健全な政治が育たない最大の原因は、こういったマスコミの姿勢にあることは、今さら言うまでもないでしょう。まぁ、日本のマスコミが異常にネオコン寄りなのは小泉以来のことなので、こんな風にまともに取り合うだけ時間の無駄なのかもしれませんが…。

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「被告を起訴する」という表現について

東京地検は28日、女優の酒井法子(本名・高相=たかそう=法子)容疑者(38)を覚せい剤取締法違反(所持)で起訴した。追送検されている覚せい剤使用容疑については捜査を継続する。

酒井被告は今月3日、(以下略)

酒井法子容疑者:覚せい剤所持で起訴 東京地検

すごいどうでも良いことについて一言。

○被告を起訴という表現

以前から、「~被告を起訴した」って表現が、おかしくないかって思っていました。「押尾学被告を起訴」という記事を初め、例を挙げれば切りがありませんが、これ、順番からしておかしくないでしょうか。だって、起訴したから「被告」になるわけで、起訴される前には被告ではないからです。

その点、この記事はまっとうにできていて、

酒井法子(本名・高相=たかそう=法子)容疑者(38)を覚せい剤取締法違反(所持)で起訴した。(中略) 酒井被告は…

となっています。それで、このことを思い出したのです。

○「お湯を沸かす」との関係

さて、では「被告を起訴」が間違いかというと、これはこれで微妙なのです。日本語には「お湯を沸かす(水を沸かしてお湯にする)」という表現があるので、これと同じような用法として「~被告を起訴」という言い方もありかもしれないと思うからです。ネットで検索したら、次のようなサイトまで見つかりました。

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2376637.html

しかし、そうとは分かっていてもなぜか、「被告を起訴」に違和感を感じるのです。それは、「(お湯を)沸かす」「(寿司を)握る」といった動詞が、「~を作る」という意味を含んでいると考えても良いと思われる一方、法律用語である「起訴」に、そういうニュアンスを求めることに違和感があるからです。だって、「寿司を握った」みたいな感じで、「○○被告を起訴、一丁あがり!」みたいに使うのは、やっぱりおかしいと思うからです。

そこで、次のような例を考えてみました。

飯を炊いておいてくれる?→○
油を絞っておいてくれる?→○
寿司を握っておいてくれる?→○
こけしを彫っておいてくれる?→○
お湯を沸かしておいてくれる?→○
酒井被告を起訴しておいてくれる?→×
(語られた時点では、まだ被告じゃないのでNG)

これらに共通するのは、まだ起きていない未来のことについての表現だということです。しかし、「お湯を沸かしておいてくれる?」の場合は、お湯がまだ沸かされていない場合でもOKですが、「酒井被告を起訴しておいてくれる?」の場合は、さすがに許容できない気がします。以上から、「被告を起訴する」が仮に許されるとしても、その理由は、「お湯を沸かす」とは本質的に異なることが分かります。

(だんだん大学の時にやった言語学の授業のような話になってきました。ちょっとウキウキしながら、次に進みたいと思います(笑))

○文脈上既知か、既知ではないか

そこで、ここで一つの仮説を考えてみます。酒井さんが被告であることが文脈上既知である場合は、「酒井被告が起訴された」というような表現が許され、そうではない場合は許されないという仮説です。

このための準備として、「酒井被告」を、日本語の文法上の「主題語」にして試してみることにします。日本語の場合、「~は」という助詞の付いた語のことを「主題語」と言って、聞き手に取って既知の言葉を使うのが原則になっているからです。まず、以下のような比較をしてみます。

酒井被告は、先日28日に起訴されて以来…→○
(この文脈だと、語られた時点で、聞き手は酒井氏が被告であることを知っているのでOK)

酒井被告は、今日、覚醒剤取締法違反(所持)容疑で起訴された→×
(酒井氏が起訴されたことを伝える報道の場合、報道を聞く前の読者は、「被告」であることを知らないのでNG)

少なくとも主題語として置かれた場合、起訴されたのが「酒井被告」というのは非常に違和感があることが分かります。

では、次の場合はどうでしょう。次の二つは、全く同じ文ですが、異なる二つの状況に置かれたものです。

(今から1週間後に、「酒井被告」の過去を振り返って…)
東京地検は、酒井被告を、覚醒剤取締法違反(所持)で起訴した→○

(酒井氏の起訴を伝える報道で…)
東京地検は、酒井被告を、覚醒剤取締法違反(所持)で起訴した→?

一つ目の文では、すでに酒井氏が被告であるのが前提であるからOKになるわけです。一方、二つ目はまさに今問題にしているケースですが、これはやはり「なし」かなというのが、自分の理解です。もしこれが「あり」だとすると、「~を起訴した」というケースだけ例外となってしまうし、この例外が認められる根拠もないと思われるからです。

もし、「~被告を起訴した」と同じような文(未来のこととして扱うとNG、主題語にするとNGだが、目的語にするとOKになる文)で、自然な日本語として認められているケースを知っている人がいたら教えていただけると幸いです。

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抗うつ薬で攻撃性が高まるって当たり前

抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)に関し、暴力行為が引き起こされる恐れが否定できないとして使用上の注意が改訂された問題で、厚生労働省は26日、SSRI以外の従来型抗うつ薬の大半にも同様の改訂を指示したと発表した。対象は「クロミプラミン塩酸塩」など12成分を含む13商品。

同省によると、「3還(*1)系」などと呼ばれる従来型の薬で攻撃性が生じたとの副作用報告は、これまでに114件。うち「壁やベッドを壊し、他人に敵意を抱くようになった」などの報告3件について、薬との因果関係が否定できないと判断した。従来型の抗うつ薬は、吐き気やけいれんなどの副作用はSSRIより強いとされるが、攻撃性の報告はSSRIの268件が上回った。

*1 引用者注:環の間違い。

従来型抗うつ薬も暴力行為の恐れ=使用上の注意改訂-厚労省/時事ドットコム

抗うつ薬で攻撃性が高まるということが報道されていますが、これはある意味当たり前のことではないかと思います。

単純に考えて、寝てる時より起きている時の方が攻撃性が高いでしょう?熱にうかされている時(たいてい、一時的な抑うつ状態)より、元気な時の方が攻撃性が高いでしょう?普段は攻撃的な人でも、寝ている時や病気の時は攻撃的ではないケースが多いというのは、誰もが知っていること。攻撃的な性格の人が、うつ状態になっていたとして、それが直って攻撃的になるのはある意味当然のこととも考えられます。

もう少し細かく考えると、抗うつ薬は、うつ病だけではなく、もともと攻撃性の高い類型の病気の人にも処方されるわけです。そういう人が、抑うつ状態で攻撃性が低くなっている状態だったとして、抑うつが解消されれば、攻撃的になるのは仕方ないでしょう。また、抗うつ薬が投与される人の中には、双極性障害と言って、うつ状態と躁状態が交互に訪れる人がいるので、この場合、この場合も、抑うつが消えると、躁状態になり、攻撃的になるケースがあるのは当然です。

たとえて言うなら、抗うつ薬によって攻撃性が高まるというのは、便秘薬を飲んで下痢になりやすくなるのと同じくらい当たり前のことなのです。

さて、これを元に上の記事を見ると、年間260万人中114件(はっきりしているのは3件)というのが非常に低い割合であることが分かります。これは10万人あたりで4.4人になりますが、人口10万人当たりの刑法犯(288人)、凶悪犯(21.0人)と比べてもかなり低いし、短期間しか服用しないタミフルによる異常行動よりずっと低い確率です。したがって、この記事から、「うつ病の人は危ない」というような結論を導くことはできません。もちろん、医薬品情報としては重要なものだと思いますが、うつ病の人への偏見に結びつくようなものではないのです。

しかし、ニュースを普通に読むと、そういうことが分かりません。他の人のコメントを見たら、「そう言えば、うつ病の人って攻撃的な気がする…」とか「うつ病の人に近づくと危ないんじゃないか…」とか言うものがあったのですが、これはかなり見当違いな反応でしょう。しかし、このニュースの書き方ではそういう誤解を与えても仕方ない気がします。

この手の低リスクの副作用情報(添付文書で「まれに(0.1%以下)」と書かれる副作用情報)は、すべての薬についてたくさんあり、常に改訂もされているので、全てを取り上げていたらきりがないでしょう。添付文書の改訂そのものが間違っているわけではないと思いますが、一般向けに発表するやり方としては、あまりにも不用意ではないかと思います。本来なら、事実を発表しただけの厚生労働省は責められなくても良くて、「垂れ流し記事」を書いたマスコミの方が問題とも言えます。まともなメディアなら、専門家の意見でも聞いて、誤解を与えないような記事を書けるはずだと思いますので…。マスコミの能力が低い日本では、政府が頑張らないといけないというところでしょうか。

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麻生首相の少子化問題発言についての毎日記事の曲解

「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金がおれはない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」。麻生太郎首相は23日夜、東京都内で開かれた学生主催の集会で、少子化問題に関連してこう述べた。学生から、若者に結婚資金がなく、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか、と質問されたのに答えたものだが、不況下で就職難の若者らの気持ちを逆なでする発言とも受け取れる。

(中略)

首相の発言について河村建夫官房長官は24日の記者会見で「若者の就職対策を進めなきゃいかんという思いが表現として出たのではないか」と釈明した。【影山哲也】

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090825k0000m010022000c.html
麻生首相:学生集会で「金がねえなら結婚しない方がいい」

この記事に関して、「麻生首相の発言を曲解している」という意見がたくさんあったので、それについて一言。

少子化問題に関して、

1. 教育支援や子育て支援を重視するのか、
2. 景気対策や雇用対策を重視するのか

というのは重要な政策的対立です。

後者は、要するに少子化対策はしないということなので、大きく分けて言うと、「少子化対策をする(1)」「少子化対策をしない(2)」の対立とも言えるでしょう。2の「少子化対策をしない」という政策は、経団連などの経営サイドの立場の人に支持され、1の「少子化対策をする」という政策は、それ以外の人、特に子どもや孫がいるような人に支持される傾向にあると思います。

さて、麻生首相の発言の前後(link)を読むと、「雇用対策や景気対策をしっかりするべきだ」という話の流れの中で出てきた「金がねえなら結婚しない方がいい」という言葉ですので、麻生首相が2の立場、つまり「少子化対策は不要」という政策上の立場を取っていることが分かります。これは上の記事にある河村官房長官の指摘の通りでしょう。

自分は、この問題に関して1の立場であり、少子化対策を行うべきだと思っているので、麻生首相の発言には反対です。しかし、毎日新聞の記事を見ると、さすがに「曲解」だと言わざるをえません。特に、記事には、「不況下で就職難の若者らの気持ちを逆なでする発言とも受け取れる」とあります。麻生首相の言っていることは、「就職難には対応する」その代わり「少子化対策は行わない」というものなのですから、毎日新聞の記事は全くもって見当違いのものです。

おそらく、こういう記事を書く記者は、「麻生首相の発言だから、失言としてまとめよう」という意図を持っていると同時に、記者自身が少子化問題に関して無知だったのではないかと思います。麻生首相を批判する意図があったとしても、支持する意図があったとしても、少子化問題に関して、上記のような理解をしていれば、「若者らの気持ちを逆なでする発言とも受け取れる」というような余計なことを書くはずがないと思うからです。

それにしても毎日新聞の記者とデスクのレベルの低さには呆れるものがあります。

○おまけ(記事添削)

批判ばかりしていても仕方ありません。影山哲也記者とデスクの今後の成長に期待して、記事を添削させていただいたので、参考にしていただけると幸いです。毎日新聞の記事と同じく、麻生首相の主張を批判するもので、毎日新聞が好んで使う「~という批判も出そうだ」という妙な言い回しも使っています。しかし、それでも元の記事より、はるかに客観的な印象を与える記事になっていることが分かると思います。

「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金がおれはない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」。麻生太郎首相は23日夜、東京都内で開かれた学生主催の集会で、少子化問題に関連してこう述べた。学生から、若者に結婚資金がなく、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか、と質問されたのに答えたものだが、不況下で就職難の若者らの気持ちを逆なでする発言とも受け取れる

これは、直接的な少子化対策ではなく、雇用対策や景気対策を重視しようという主張に沿ったものであり、経営者団体や不況下で就職難の若者からは歓迎されると思われる。しかし、従来の自民党の主張(今後の少子化対策に向けた基本的視点など)とは大きく乖離するものであり、今後、こうした政策のブレが批判されることになりそうだ。

首相は「(金が)あるからする、ないからしない、というもんでもない。人それぞれだと思う」としながらも、「ある程度生活していけるものがないと、やっぱり自信がない。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しいんじゃないか」と語った。

首相の発言について河村建夫官房長官は24日の記者会見で「若者の就職対策を進めなきゃいかんという思いが表現として出たのではないか」と釈明した。

ちなみに、こういう流れにすると、最後の「釈明」が全然釈明になっていないことが分かります。

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民主党に公務員改革ができるのだろうか

公務員給与ダウン、民主「労組反対でも押し切る」
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/news2/20090825-OYT1T00995.htm

まぁ、公務員と言ってもいろいろですが、いわゆるキャリア官僚の給与は他の業界と比べて極端に低いわけで、それをさらに下げてどうするんでしょうか。幹部クラスの公務員に関して言うと、必要なことは、天下りをなくす代わりに、給与を上げること。民間からの中途採用を増やすことでしょう。「給与ダウン」なんていったい何を言っているのだか分かりません。一方、「現業公務員」や比較的単純な事務作業に携わる公務員の給与は、民間と比べて高いわけなので引き下げは当然だと思います。

一番の問題は、公務員の雇用に市場原理が働いておらず、民間と格差が開いても是正する方法がないということでしょう。特に民間の終身雇用制度が崩れ初めているにもかかわらず、公務員だけが旧態依然の雇用形態なので、格差が開き続けるわけです。キャリア官僚が安給料で毎日深夜まで働いている一方、比較的単純な労働に付いている公務員が高額の所得を受けとり、何十倍という倍率を経てやっとなることができるというのは、現在の日本の社会の矛盾を良く表している気がします。

良く天下りが問題になりますが、キャリア官僚や、天下った官僚の給与だけなら、全部合わせても年間1兆円に満たないわけで、優秀な人材を大量に(数万人)雇うのに必要なコストと考えれば大した金額じゃないのです。現役時代の給与+天下りで初めて民間と同等の生涯所得と言われていますので、天下りを目の敵にしてもしょうがないでしょう。むしろ、本来、法律を作ることが仕事なはずの国会議員に法案作成能力がない日本で、官僚まで流出したらどうなってしまうのかと、そちらの方が心配です。

問題は、その制度を維持するためにつぎ込まれている大量の補助金です。1兆円の人件費をキャリア官僚に流すために、10兆円の税金が非効率に使われているとしたら、1兆円の人件費をそのままにして、10兆円のムダをなくした方が効率的でしょう。そのために必要なのが、「天下り廃止+それを補うだけの給与アップ」ということなのです。

民主党は打ち出している天下り規制や特殊法人改革には賛成ですが、支持団体などとの関係もあって、どこまで実現できるか疑問です。全体的なビジョンのない改革案では、本当にできるのか疑問を抱かざるをえません。そうなると単なる選挙向けのパフォーマンスという気もしてきます。ただ、他の問題はともかく、公務員改革に関しては、とりあえず民主党にまかせてみるしかないかもしれません。これに関して、自民党には民主党以上に期待できないのは間違いないのですから。

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「バンキシャ!」の誤報問題

日本テレビ:「バンキシャ!」誤報、社長らが番組内で謝罪
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090824k0000m040048000c.html

誤報が構造的な問題や手続きの問題だとしたら、きちんと謝罪・検証していくのは当然のことです。そのことについて異論はありません。しかし、どうも納得がいかないものを感じます。それは、単純に言えばバランスの問題です。

バンキシャの誤報は、マスコミによる行政に対する告発報道の誤報です。権力に対する報道は、マスコミからしたら必然的に情報不足の中で報道せざるをえない面もあり、誤報を100%阻止するとしたら、自由な報道が成り立たなくなるという問題があります。もちろん、誤報に手続き的・構造的に問題があったとしたら反省しなければいけないわけですが、大きな目で見たら「誤報が絶対に許されない」というほどのものではないでしょう。

これと正反対の誤報として、警察の捜査ミスに対してマスコミが乗っかってしまうことによる誤報があります。具体的には、松本サリン事件における河野義行さんに対する誤報が有名です。こうした問題に関して、警察は「捜査上の問題」として謝罪せず、それに乗っかる形でマスコミも簡単にしか謝罪をしない、ほとんど検証報道も行われないという現実があります。マスコミとしては「警察のせいにすればいい」という発想なのかもしれませんが、こういう問題についてきちんと検証してこそ、マスコミがマスコミとしての役割を果たせると言えるでしょう。

今回のバンキシャの問題の場合、一般に伝えられる内容を聞く限り、あまりにも検証がずさんだったという印象もぬぐえません。ただ、普段は誤報などほとんど報道しないマスコミが、今回の問題に限って異常にこの問題に執着していることには、どうも不自然な印象を受けざるをえないのです。

「裏金事件」というと思い出すのは、北海道警の裏金に対する北海道新聞社の果敢な挑戦です。この問題で、道警は徹底的に裏金問題を隠蔽すると同時に、マスコミに圧力をかけて事件をもみ消そうとしました(link)。今回の「バンキシャ」が誤報とされているのも、同じような隠蔽・圧力の結果だったと誰が言い切れるのでしょう。道警の裏金問題でも、道警が北海道新聞を追い詰め、謝罪をさせようとしていたことは想像に難くありません。

自分は別に「バンキシャ」の正当性を訴えようとしているのではありません。むしろ、それだけ大きな使命のあるマスコミが、一般に伝えられている通りのずさんな報道をしたとしたら、それに対しての批判は受けてしかるべきでしょう。ただ、今回の問題で、ナイーブに「バンキシャ」を批判している人は、もう少し大きな問題、報道の自由や、さまざまな組織による報道への圧力の問題について、もう少しきちんと考えた方が良いのではないかという気がします。

○補足

「報道の自由」についてあまり説明しなかったせいか、「誤報なんて許されるはずがない。真実を証明してこそマスコミ」という批判をいただきました。ちょっと想定していない反応だったのですが、社会の仕組みに疎い人に多い反応ではないかと思いますので、少し補足します。

誤報と言ったときの「誤り」というのは、いつも正しいとは限らず、ある視点からの「誤り」に過ぎないわけです。だから、「誤報は許されない」と言ったとき、「どの立場からの誤報か」を意識しないといけない。バンキシャの問題だって、北海道警の問題だって、「誤報」だとされるものの中に実は、真実があるかもしれないわけです。だから、一見して「誤報」だとされるものも尊重していきましょうよというのが「報道の自由」の理念です。

もちろん、誤報をしてしまったときの反省、自浄作用とか、相互批判とかそういうことは大切でしょう。そういうのがきちんとなされていなければ、「報道の自由」は、はかなくも崩れ去ってしまうからです。そういう意味でバンキシャに対する批判や反省が出てきたのなら、良いことだと思います。

ただ、「誤報なんてするな!!バカ野郎」「誤報は絶対に許されない」というような一面的な発想ではまずいのです。それは、結局、報道の否定にほかならないからです。「報道の自由」は、民主的な社会ならどこでも採用されている考え方です。日本の制度をひっくり返して、革命でも起こそうというのでなければ、きちんと理解し、尊重していかなければいけないのではないかと思います。

○補足2

自分はマスメディアに関してブログに書くことが多いのですが、「メディアリテラシー」を訴えているのではないかと誤解されることがあります。ただ、自分が主張しているのは、「メディア報道を鵜呑みにせず、真実を知りましょう」という、いわゆる「メディアリテラシー」とはちょっと違うのです。

たとえば、今回の問題の場合、たしかに、「バンキシャが誤報をした」という報道が誤報かもしれないと言っているわけなので、「メディアリテラシー的」にこの記事を読み替えることもできます。しかし、メディアリテラシー的な考え方だと、「結局、どっちが正しいの?」「この場合は、そこまで疑うようなではないんじゃないか?」ということになり、自分が言っていることの意味が分からなくなってしまうのではないでしょうか。

このあたりのことを、メインブログ(情報学ブログ)の「メディアリテラシーと情報学」という記事に書いたので、合わせて読んでいただけると幸いです。

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パンデミックが到来しました

冬を待たずに新型インフルエンザが本格的に流行し始めた。各地で死亡や重症例の報告が相次ぎ、自治体などは再び警戒を呼びかける。

新型インフル再警戒 新学期控え恐々、マスク増産/asahi.com

インフルエンザ関連ばっかりすいません。医療情報がメインのブログではないのですが、あまりにもマスコミからの情報が少ないので、自分が書くしかないと思いまして…。

口コミ情報ですが、今週のインフルエンザ様症状による医療機関受診患者数が急増しているようです。

小さな診療所でも1日に10人近くの患者数というところがあるようですので、おおざっぱに推計すると、全国で、1週間に数百万人レベルの患者数ということになります。このペースで行くと今月中に、「1週間に1000万人が受診」という状況も架空の話ではなくなります。冬の流行期になる前に、日本人全員に行き渡るかもしれません。

さて、こうなると流行を食い止めるのはほぼ不可能ですが、ちょうど感染が急増する9月に、夏休みが終了し、学校が始まるのは大きな問題でしょう。穏やかに全国民に行き渡ってくれれば良いのですが、あまりにも感染者が多くなると医療機関がパニックになると思われるからです。

政府としては、一時的に、学校、リクリエーション施設、観光施設等を閉鎖する措置をとっても良いくらいだと思うのですが、選挙で頭がいっぱいの政治家に、そういう高度な判断を期待するのは難しいかもしれません。学校はともかく、経済的打撃があるような措置に関しては、選挙への悪影響を恐れて二の足を踏むのは明らかだからです。1週間に1千万人の受診者となれば、さすがに政府も考えるのでしょうか…。パンデミックと選挙、夏休み明けが重なったことが、後になって「悲劇」として語られることがないことを祈るだけです。

ちなみに、亡くなった方には気の毒ですが、これだけ患者数が増えれば、その中に死亡者や重症者が一定割合で出るのは当然で、驚くことではないと思います。従来型のインフルエンザでも亡くなる方は、例年多数いるのです。医療の問題に関して言う限り、「人が亡くなったら騒ぐ」というのは見当違いの対応。だって、現在、亡くなる方の大部分は病気で亡くなるわけですから…。ニュースになる病気亡くなった人の背景には、ニュースにならないような病気で亡くなるたくさんの方がいるのです。今は、急激な感染の拡大によって患者数が医療機関の能力を超えること防いだり、感染者が増えても経済が麻痺しないようにするという、そのことに絞った対策が必要ではないかと思います。

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パンデミック間近?インフルエンザ累計感染者10万人突破

国内のインフルエンザ患者数は7月後半から増加傾向に転じ、今月3~9日の定点医療機関からの報告が1施設当たり0・99と、流行の水準である「1」に近付いている。

新型インフルエンザ:「本格流行」 厚労相、感染防止呼び掛け/毎日.jp

一昨日、新型インフルエンザの感染者が1週間で4万人レベルになったという記事を書きました(link)が、次の1週間で6万人レベルになったということです(ソース:インフルエンザ流行レベルマップ/国立感染症研究所)。要するに累計で10万人を超えた可能性が高いということです。このペースで行けば、遅くても9月には累計100万人という規模になると思われます。

ちなみに、これはまだ序の口。インフルエンザの感染力が弱い夏でさえ、これだけ感染しているのです。このまま10月以降の「インフルエンザシーズン」に突入すれば、1000万人を超える人が感染という状態も、夢物語ではありません。

要するに、後期の大学はどうせ休校になるので、授業準備は前半の分だけにして、その分、夏休みを有意義に過ごした方が良いということのようです。

いや、冗談を言っている場合ではなく、なんで、大手マスコミはこういうことを書かないのでしょう。良く調べると書いてある記事もあるのですが、トップニュースにはなっていないので、知らない人が大部分なのです。たとえば、上に引用した新聞記事を見て、「今まで1万人以下だったのが、先々々週で4万人、先々週で6万人と急増中」という情報にたどり着ける人は、あまり多くないでしょう。

まぁ、たしかにこんな話、知らせない方が国民のためという考え方もあるのかもしれませんが、ネットで調べればすぐ分かる話。中途半端なやり方では、長い目で見てかえって不信感を招くだけではないかと思います。むしろ、「健康な人の致死率は低い」ということ、「企業活動を停止させないためには、従業員が突如休むことを考慮した体制作りが必要」というようなことがきちんと伝えていく必要ではないでしょうか。

単に記者やデスクが低い能力しかお持ちではないのか?マスコミ内部での意志決定に時間がかかっているのか?それとも、日本のマスコミには、政府による情報統制が行き届いているのか?どれが正しかったとしても、結構大きな問題であるように思うですが、どうかそれは気のせいであってほしいものです。

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新型インフルエンザ大流行の兆し

沖縄で初の死者が出たとか言う、ニュースばかりが話題になっていますが、死者が一人というのがむしろ驚かれるほど新型インフルエンザは流行しているようです。パニックを防ぐためにマスコミは情報を隠しているのかもしれませんが、意識してデータを探すといろいろな情報が見つかります。

1. 国内では5000人以上の患者が確認されながら、8月中旬まで重症者はゼロだった。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009081500275

(元ソース:日本におけるインフルエンザ A (H1N1) の確定者数 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/19.html

2. 国立感染症研究所によりますと、今月2日までの1週間で全国およそ5000か所の医療機関に報告されたインフルエンザの患者数は1つの医療機関あたり0.56人で前の週から倍増しました。去年の同じ時期が0.01人であるのに比べ異例の多さで、過去10年間で最多となっています。ほとんどは新型インフルエンザの患者だということです。
http://news.tbs.co.jp/20090816/newseye/tbs_newseye4210552.html

(元ソース:インフルエンザ流行レベルマップ/国立感染症研究所https://hasseidoko.mhlw.go.jp/Hasseidoko/Levelmap/flu/2008_2009/2009_31/jmap.html

3. 7月27日-8月2日に報告があった684人の内訳は、A型500人、B型49人、不明135人で、県は「A型インフルエンザと診断された95%以上が新型インフルエンザ」と発表している。
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/23734.html


1によると、今までに新型インフルエンザと確認された感染者は累計で5000人以上ということです。しかし現在、医療機関では新型かどうかのチェックをほとんど行っていないので、これは氷山の一角ということになります。

では、全体としてどのくらいかというと、2の記事から分かるように、「インフルエンザ定点医療機関」を受診した患者数だけで1週間で2800(累計じゃありませんよ。1週間ですよ)。また、3の記事や以下の表から、新型の割合が急速に増えていることが分かります。

7/27~8/2 2,655(新型の割合75.9%)
7/20~7/26 1312(新型の割合21.4%)
7/13~7/19 1042(新型の割合16%)
7/6~7/12 972(新型の割合11.4%)
6/29~7/5 746(新型の割合7.9%)
6/22~6/28 931(新型の割合5.7%)

現在日本には約11万の医療機関(歯科関係を除く)がありますので、この約22倍が実数と予想されます。単純に計算すると1週間で4万人以上のインフルエンザ感染者があったとということです。

余談ですが、インフルエンザの感染者数は、去年から今年にかけてかなり多かったようです(学校における集団感染に関するインフルエンザ様疾患の患者数4/26~8/8は去年の同シーズンの20倍)。ただ、今まではそのほとんどが従来型だったのに対し、新型が急激に増えたのが最近ということでしょう。

/////

1週間で4万人ということは、このペースでも冬までに100万人以上。今後は当然、ペースが増えるでしょうから、数千万人規模の感染者となる可能性も決して低くはないでしょう。まさにパンデミックです。

…ということは、普通に公表されているデータから分かるのですが、マスコミは混乱を避けるためにそれを報じないようにしているのでしょうか。

仕事を辞めて引きこもらない限り、かなりの確率で感染すると考えた方が良いかもしれません。健康な人がかかって死ぬ病気ではないにしても、体の弱い家族がいる人は特に気をつける必要がありそうです。

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犯人と被害者の境界線―因果律の認識の問題として

智美さんは連れ回されていた際、羽田空港や航空機内で声を出すなどして逃げ出す手段があったとみられるが、捜査関係者は母親が殺害されたショックもあって、逃げ出せなかった可能性があるとみている。

千葉女性殺害:首切られた母目撃 次女動揺で逃げられず?/毎日jp

千葉県花見川区の豊田愛子さんが殺害された事件、次女の智美さんが、共犯なのか、被害者なのかという議論が沸き起こっているようです。

共犯だという人は、長時間公共の交通機関で犯人と行動を共にしていたことなどを挙げ、殺人にも何らかの形で関与していた可能性を指摘します。一方、それに反論する人は、上の新聞記事のように、「ショックや怖さで逃げ出せなかった」として、共犯だという指摘を不謹慎だとして批判するのです。

自分が思うに、これは、

「どちらも正しい」

のではないかと思います。

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まず、前提になることを説明しないといけないでしょう。

過去の多くの事件で、悲惨な犯罪の被害者が、長時間加害者と行動を共にすることで、犯人に共感したり、自分も加害者の一人であるような気分になるということが指摘されてきました。たまたま今回が例外ということはあるかもしれませんが、 一般論として、被害者がそういう精神状況に置かれるということが多いようなのです。

そうだとすると、今回の事件で、次女の心の中にも、そういう気持ちが芽生えていたことは想像に難くないでしょう。「もしかしたらこの事件は自分が引き起こしてしまったのかもしれない」「自分のせいでお母さんが死んでしまった」、その気持ちは、犯人に対する共感となり、場合によっては「この人と一緒に逃げよう」などという気持ちにつながったかもしれません。

次女の行動が、こういう心の迷いによって引き起こされたものだとしたら、そういう次女は精神的に犯人の男性の共犯だったと言う見方はあながち間違っている指摘ではないと思います。

/////

一般に、人間の心の問題として理解される因果律は、法律や責任概念で理解される因果律よりはるかに幅広いものです。こういう立場から考えれば、ある人が、被害者であり、さらに加害者であるということはいくらでも考えられるのです。今回の事件でも、次女はさまざまな葛藤の中で行動をしていたのだと思いますが、その中には、「被害者」という面もあるし、一方で「加害者」という面もあったと思います。

これは、今回の問題に限ったことではありません。同じことは、社会の様々な不正を見ていながら、見てみぬふりをする私たちにも当てはまらないでしょうか?私たちが認識しうる因果律を全て対等に考えるのなら、私たちの多くが、次女と同じような意味で被害者であり、そして共犯であるのです。

/////

しかし、法律とか責任という問題について考えるとき、こうした複雑な因果律は、単純化されます。実際には、さまざまな因果律が関わっていることが明らかな場合でも、その大部分を意図的に無視し、「これこれこういう理由で犯罪が起きた」と解釈するのです。

たとえば、今回の問題の場合、次女が実際には共犯的な役割を働いた面があったにしろ、「そうせざるをえない精神状態であった」ということで責任は問われないと考えるのが普通です。しかし、このロジックは適用し過ぎると、全ての犯罪を肯定することになってしまいかねません。「経済的な混乱や、価値観の混乱のために、犯罪を犯さざるをえない状況に追い込まれた」という言い訳は、ほとんどあらゆる犯罪に適用できるでしょう。それにもかかわらず、犯人の男性は刑事責任を問われ、次女は被害者だから、責任は問われないと考える。そこにこそ、責任概念の本質があるのではないかと思います。

こうした単純化は、時には乱暴に人を傷つけることがあるにせよ、いわば必要悪として、私たちが受け入れているものです。その立場からすれば、この事件の犯人は犯人であり、被害者の女性は被害者です。つまり、この女性は社会の作り出した物語の産物として被害者であり、犯人は社会の作り出した物語の産物として犯人なのです。

このように言うと、一部の人から、「お前は刑事責任の重要性を否定するのか?」と言われそうですが、それは見当違いの批判でしょう。たしかに、何を犯罪とみなし、何を被害とみなすかは、
現代社会の非常に重要な規範です。しかし、それは普遍的にあるようなものではなく、社会の中で形作られたものなのです。譬えて言うと、あなたの人生が、普遍的な人生ではなく、たまたまそういう人生になったのに過ぎないとも言えるけど、それにもかかわらず、かけがえのない大切なものだというのと同じことです。

このことが分からないと、刑事的な責任を考える上での因果律と、他の問題(たとえば心のあり方)を考える上での因果律が別だという厳然たる事実を、理解できなくなってしまうでしょう。たとえば、「この事件では、次女が共犯的な役割も果たしている」というところから、ひとっ飛びに「共犯のくせに被害者づらしている」というような感情的な批判が生まれてくるのは、こういう問題が正しく理解されていないからだと思います。また、これは、この事件の被害者の次女自身の葛藤の原因にもなるかもしれません。周囲の人から「被害者」として心配されても、本人は自責の念を感じる。そのあたりの葛藤をうまく整理することは、簡単なことではないように思えるからです。

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最近の「被害者偏重」の流れの中で、この事件が、「刑罰とは何か」「責任とは何か」ということについて、考えるきっかけになればと思うものです。

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日本郵政が「民間会社」だとすると民間の定義は何だ??

西川氏の進退について、首相は17日の党首討論で「民間会社の人事に、政府が介入すべきかは極めて慎重であらねばならない」と述べ、続投させる考えを示唆した。

日本郵政・西川社長の進退、23日にも首相決断

17日の話なのにリアルタイムで知りませんでした。

しかし何これ?
明らかにおかしいでしょう。
日本郵政が民間会社って意味不明です。

だって、日本郵政は100%政府出資ですよ?

普通に言ったら民間会社ではないわけですが、
あえて民間会社というのなら、
株主が株主として意見をするのは当然のことです。
100%出資の株主が「介入するべきではない」のなら、
誰が介入するべきなのでしょうか?
いずれにせよ政府に「介入するべき責任がある」ことには変わりません。

たとえば、トヨタの100%子会社の社長が大きな不祥事を起こし、
後任社長の人選が問題になっていたとします。
そこでトヨタの会長が出てきて、
「民間会社だから社長の人選には介入しない」って言ったら、
みんな「はぁ???」ってなるでしょう。
株を持つっていうことは、その会社の「所有者となる」ということであり、
人事に関しても決定権を持つということです。

だから、麻生首相の発言は全くもって意味不明なのです。

「西川社長、いい仕事してるんじゃん!」

というのなら、まだ話は分かりますよ。

しかし、

「民間会社の人事に、政府が介入すべきかは極めて慎重であらねばならない」

というのは、どう考えてもおかしいでしょう。
麻生さん、マスコミに叩かれてかわいそうと思っていましたが、
さすがにボケてきたのか何かでしょうか。
それとも、裏で大きな力が働いているのかもしれません。

マスコミも基本的には「小泉(売国)改革推進」という立場があるので、
それほど強くは批判しないのだと思います。
実際、上記の記事で、「日本郵政が民間会社ではない」という
一番根本的なところを指摘していないのは、
麻生擁護(というより日本郵政擁護)と受け止められる表現。
麻生は叩くが、日本郵政は擁護する高度な(?)記事と
読めなくもありません。
しかし、普通に見たら、「ありえないほどおかしい」ということが分かります。


ということで麻生さんには若干失望。
しかし、某党の党首さんも、
意味不明の発言が多いので実はどっこいどっこいかも…
という気がします。
どうしたものかな。

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ネットエージェントの「アホの証明書」発行ソフト

ネットエージェントは6月2日、P2Pファイル交換ソフトの使用履歴を検査し、使用していない場合には「検査証」を発行するソフト「P2Pファイル共有ソフト 検査証明ソフトウェア」を発売した。

就職活動中の学生が、就職希望先企業に検査証を提出し、「自分を採用しても、Winnyなどを通じた情報漏えいにはつながらない」とアピールするためのソフトで、大学など就職を控えた学生のいる教育機関に販売。教育機関が学生にソフトを貸し出し、学生は自宅のPCを検査、証明書を発行する――という流れだ。

「この学生はWinnyを使っていません」――「検査証」発行ソフト、ネットエージェントが発売

このソフト、どう考えても意味がありません。何で意味がないかって??説明するのも面倒なので、読者の判断にまかせます。しかし、この検査には少なくとも3つ以上の抜け道があり、検査そのものがほとんど意味もないものです。よく分からない人は、頭の体操だと思って考えてみてください。

それはともかく、この証明書を提出した学生は、「論理的思考力がない」or 「コンピュータに関する基本的な知識がない」ということを証明したことになるのは間違いないでしょう。自分が就職担当者だったら、絶対に不採用にします。逆に、この証明書を学生に提出させようとする企業があったら、その企業のセキュリティ部門のレベルの低さが分かるというものでしょう。そんな危険な会社に就職しようとは思いません。

mixiでは、霊感商法とか、詐欺とかさんざん叩かれていますが、この詐欺に乗ってしまう大学・学生、さらに企業がどの程度あるか、今から興味深いものがあるかもしれません。

笑い話のような本当のニュースでした。

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「政府筋が発言を取り消す」という滑稽

自民党が24日に開いた国防部会などの合同会議で、北朝鮮の弾道ミサイルの迎撃に関して「当たるわけがない」とする見解を示した政府筋の発言に批判が相次いだ。

会議では政府側の出席者に対し、政府筋が発言を取り消し、釈明するよう求めた。

北ミサイル「迎撃当たらぬ」発言、官房長官らが批判/YOMIURI ONLINE

普通に考えると、「政府筋」というのは匿名の存在です。そして、匿名の存在は「発言」することはできても「発言を取り消す」ことはできないはずです。しかし、本文では「政府筋が発言を取り消し、釈明するよう求めた」って書いてあるのです。どういうことでしょうか。

最近、話題なのでご存じの方も多いと思いますが、「政府筋」が誰を示す隠語で、「政府高官」が誰を示す隠語というようなことはしっかりと決まっているようです。そういう視点で上の記事を見ると、「政府筋」は隠語で書かれているだけで、実は特定の人物を指しており、だからこそ「発言を取り消したり、釈明したりする」ことができるということが分かります。

しかし、やはり納得いかないのは、「本音」と「建前」の問題。「政府筋」は暗黙の上で特定の人物を指しているにしても、「建前」の上では匿名なのだから、記事はそれを守って書かないといけないはず。この記事を書いた記者を批判するつもりはありませんが、かなり複雑な状況で書かれた記事だということが分かります。そこに、「匿名としての意味のない隠語」という悪習を廃止しようとする記者のささやかな抵抗を感じるのは自分だけでしょうか。

あくまで過渡的な現象なのだと思うのですが、あまり長引くと、今までネットを見ていなかった層まで、「新聞を読んでいても大切なことは何も分からない」ってことになり、さらに購読部数が減ることになるかもしれません。余計なお世話だと思いますが…。

○参考記事(具体的な対応表も含まれています)

その記事の出どころは?

Wikipedia-匿名(2009/3/6 15:11版)

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毎日新聞の科学担当記者は、中学レベルの理科も特許制度も理解していない

これまでの計測結果によると、回転速度によっては、始動用モーターの消費電力の100~1000倍程度も発電可能。また始動に必要な電力は400ワットモーターなら乾電池(単3)1本でも足りるという。

発電装置:太陽光や風力より効率良く、電磁力で電力供給--木下さん開発/神奈川

うぁ、やっちゃったよ、毎日…としか言いようがない記事です。冒頭部分だけ高橋和夫記者の署名記事になっているのですが、それ以降の部分は別の人が書いたということでしょうか。エネルギーは何か、電磁気って何かなど、ごく普通の理科教育を受けている人なら一笑に付すような内容。これは「永久機関」と言われていて、中学の理科で「存在しない」ことが明示され、高校の理科ではその背景となる理論まで学習します。高校理科の基本解説は、このブログの範囲外なので詳しくは書きませんが、とにかくひどすぎる記事です。

さて、これと類似の詐欺は、過去に多く現れては消えていったという歴史があるのです。毎日新聞は完全に「詐欺」にはまってしまったようですが、こうなると、毎日新聞は単に詐欺の被害者というだけではなく、加害者でもあるということになるでしょう。場合によっては、損害賠償に備えて引当金を積むことも考えなければいけないと思います。

さらに言うと、この記事の「特許出願中のため構造は極秘」というのも、冗談も休み休み言えと言ったところ。特許っていうのは、「公開を条件に権利を与える」という制度なので、「特許を出願したら公開しても良い」というのが普通。「出願前だから極秘」なら分かりますが、「出願中のため極秘」というのは全く筋が通りません。取材先がそう主張していたとして、この記者は全く疑問を感じなかったのでしょうか。中学高校で理科が大の苦手だったのは言わなくても分かりますが、そうであればせめて特許の基本知識くらい身につけてほしいものです。

同じ記事が2ちゃんねるに書き込まれたら、ただちに反論が来るはず。実際、ネット上では「反論」を通り越した「嘲笑」が浴びせられています。そのくらいありえない記事なのです。今回の記事では、毎日が2ちゃんねるより、はるかにレベルが低いということを身をもって証明する形になったと言えるでしょう。毎日新聞がインターネット利用者を総犯罪者化し、警察がいつでも逮捕できるようなシステムを構築することに躍起になっていることは有名ですが、その背景には、こうした低劣な記事を批判されるのが怖いという、潜在的な恐怖感があるのかもしれません。

いずれにせよ、毎日新聞社は、入社試験の問題をもう少し考え直すか、社員の再教育を行った方が良いかもしれません。それがどうしても無理だというのなら、一記事十万円くらいでコンサルティング致しますが、いかがでしょう?こんな低劣記事を垂れ流して今以上に信頼を失うことを考えれば、かなり良い条件ではないかと思いますが…。まぁ、この記事を見る限り、記者の資質の低さは、半端ないレベルであることが分かりますから、下手に努力をするより、タブロイド紙に転向した方が良いかもしれません。失った信頼を取り戻すか、諦めて別の道を歩むかは、かなり難しい経営判断になるはずです。

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韓国女優が「性接待」に悩んで自殺―ということを全く報じない日本のマスメディア

自殺した韓国の女優チャン・ジャヨンさんの遺書の中に、「性接待」に悩んでいたという記述があったようです。一方、芸能事務所側は全面否定。国内メディアはほとんどその経緯を伏せて報道していますが、韓国の有力紙である中央日報、国内メディアでも共同通信は、きちんと報道しています。

http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009031401000697.html
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=112601&servcode=700§code=700
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090315-00000012-wow-ent
http://navicon.jp/news/2394/

事件そのものについては、コメントしませんが、しかしまぁ、日本のメディアの大部分がこの点について全く触れないというのは奇妙ではないでしょうか。まして、以下の記事のように、白々しく「呪い」などという神経は。ちょっと信じられないものがあります。芸能事務所に遠慮して?芸能事務所からの訴訟を恐れて?それとも、自分たちに火の粉が及ぶのを恐れて?いずれにせよ、日本のメディアは冗談抜きで終わっているとしか言いようがないのかもしれません。

呪い!? 韓国版『花より男子』出演者が自殺、交通事故も次々......
http://news.ameba.jp/cyzowoman/2009/03/35251.html

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日経ビジネスにとって「民意」って何だ

政権前夜を迎えたはずの民主党に新たな問題が浮上した。小沢一郎代表の公設第1秘書の逮捕もさることながら、肝心な経済政策が民意と大きく乖離していることが日経ビジネスの調査で明らかになった。

日経ビジネスは今年1月から2月にかけて、全衆院議員480人と上場企業の会長・社長、日経ビジネスオンラインの読者を対象に「第2回 経済政策アンケート」を行った(下図参照)。

代表秘書の逮捕より深刻、民主党が抱えるある問題
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20090313/138810/

この記事を書いた記者は会社に辞表を出して勉強し直した方が良いかもしれません。日経BP社には良い記事を書く記者が多いと思っていただけに、この記事は大変残念なものでした。

本文で書いていることを別にしても、出だしがまるっきりおかしい。「民主党の経済政策が民意と大きく乖離していることが分かった」といいつつ、アンケートを取った相手は、「上場企業の会長・社長、日経ビジネスオンラインの読者」だそうです。だいたい、「上場企業の会長・社長、日経ビジネスオンラインの読者」の意見が自民党議員と近く、民主党議員と遠いというのは、党の成り立ちを考えても明らかで、アンケートを取るまでもないことでしょう。ところが、これを書いた記者は、その無意味なアンケートを取った上で、アンケートの対象者の意見を「民意」としているのです。記者たちが、社会調査の担当をしているにも関わらず、「サンプリングのバイアス」という社会調査の基本の「キ」を全く理解していないということは明らかです。これで記者がつとまると思っているとしたら、ジャーナリズムをなめているとしか思えません。

同じアンケートの分析結果を記事にするのなら、「上場企業の会長・社長、日経ビジネスオンラインの読者の考えている経済政策は自民党議員の考えている経済政策に近い」と言うべきでしょう。それでは「おもしろくない」と思ってセンセーショナルな書き方をしたのかもしれませんが、明らかに客観性を損ねるものになってしまっています。

さて、細かいようですが、この分析にはもう一つ別の問題もあります。たとえば、私は民間競争を重視するからこそ、セーフティネットを構築するべきだと思っています。他の面に関しても、記事の冒頭にあるマトリックスに全く当てはまらない面が多いのです。まぁ、経済問題に関する自分の個人的意見など誰も聞きたくないと思うので、詳しくは立ち入りませんが、一般に、クラスター分析というのは、論理的に軸として意味をなしていないものが軸として扱われることがあり、この背景は、クラスター分析のマトリックスの設定には、最初のアンケートの質問文を作った人の考えが入り込みやすいという問題があるのです。したがって、クラスター分析で別のマトリックスに分類されたからと言って、「乖離している」という結論を導くことはできません。クラスター分析は、企画立案、いわゆる「ブレーンストーミング」的な状況や、「どのような分析を行えば良いか」を判断する予備段階で使われたりするもの。いずれにせよ、客観的な評価はできないと考えた方が良いのです。

とにかく今回のような分析結果をもとに、その限界を自覚した上で政策を検討したり、インタビューを掲載するという点に関しては問題ないわけですが、「民主党の政策と読者の政策が乖離している」という結論を導くことはできません。もし、この結果をもとに、「民主党の政策と読者の政策が乖離している」というのであれば、クラスター分析の結果を参考にしつつ、別の分析を行うことが必要なのです。これはアンケートを取り直さなくても、データの分析のみで行えることです。統計について素人と思われる記者にそこまで求めるのは無理かもしれませんが、せめて「クラスター分析の限界」について多少の知識があれば、もう少し客観的な記事になったのではないでしょうか。

さて、こうしてめちゃくちゃな分析をした結果、結論は何かというと、「民主党批判」です。たしかに、不況下における派遣労働者の規制や定額給付金への反対など、納得いかない経済政策を出してくることが多い民主党を批判したくなる気持ちは十分分かります。しかし、それがクラスター分析の結果であるということに関しては、根本的な間違いを2つも侵しているわけです。これでは、「何か変な権力に動かされて、無理矢理、民主党に不利な記事を書いている」と判断されても仕方ないでしょう。まぁ、本気で反民主党キャンペーンをやろうとしているのなら、最低限の論理性を備えた記事を書かないといけないわけで、その点において全く成功していないとも言えるわけですが…。間違いなく言えるのは、この記事を通して、「日経ビジネスの記事は信頼できない」と多くの人が判断するようになったことでしょう。

だいたい、経済専門誌の記者が、社会調査が専門でもない自分が見ても分かるような明らかなミスをしていることに、おかしいと思うのは自分だけではないと思います。日本ではジャーナリストの専門性が低いと、宮台さんも言っていましたが(link)、これはさすがにひどすぎるのではないでしょうか。何が原因でこんな記事が表に出てきてしまったのか分かりませんが、デスクともども猛省が必要なのではないかと思います。

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視聴率と報道の公平性について

コラムニストの天野祐吉さんは「麻生さんは政治家というよりタレント。テレビのクイズ番組でやたらに珍回答をするおバカタレントが人気だが、麻生さんへの関心もこれに似ている」と指摘。「ちゃかしていれば視聴率がとれる今のテレビの世界で、麻生さんの負の人気者ぶりが定着してしまったのでしょう」と話している。

麻生首相、なぜか視聴率男 不人気が人気の秘密?
/asahi.com

いろいろ書いてあるけれど、この記事は、「マスコミは視聴率を取るために、政策無視で麻生首相を叩いているのに過ぎない」って自ら表明しているように思えます。「時代の転換点で国の将来像を示せるのは政治しかない。麻生政権でそれが可能なのか、読者も判断材料を求めている」というコメントが白々しく見えるのは自分だけでしょうか。

「視聴率が取れるから報道する」、それを否定しているわけじゃありません。でも、マスコミが無自覚に視聴率を追い求めると、「問題を分かりやすく切り取って、一方的に誰かを攻撃する」ことに終始するようになり、必然的に「偏向」していくことになります。そうしたメカニズムを無視して「視聴者が求めているから報道する」これは、ジャーナリズムとしてあまりにも無神経な態度ではないかと思います。

もちろん、社内的な問題として、視聴率が大きな問題になるのは仕方がないことだと思います。でも、それは「こっそり行う」ことであって、表向きは「そんなの関係ない」(死語?)って言うくらいであってほしい。そうした態度こそが、マスメディアに対する信頼、さらに長期的な読者/視聴者の獲得に結びつくものだからです。もちろん、「記者の本音」を吐露するような記事があっても良いと思いますが、自己批判的な視点で書かれたものであることが当然でしょう。

しかし、朝日新聞のこの記事は、そんなかすかな期待を真っ向から否定してくれます。「面白くおかしく書き立てていればそれでいい」、そんな本音を批判することもなく、当たり前のこととして書いているこの記事は、マスメディアの問題が私たちが思っている以上に根深いものだということを示しているのかもしれません。

○関連記事

正論原理主義という病/情報学ブログ

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喫煙者には「どんどん吸って早く死んでもらった方がいい」

川崎市立井田病院(中原区、関田恒二郎院長)の男性医師(55)が、7日に富山市で開かれた講演会の質疑応答で「禁煙が進むと医療費がかさむことは明らか。どんどん吸って早く死んでもらった方がいい」と発言していたことが分かった。禁煙推進団体は「人の命と健康を守る医師の発言とは思えない暴論」と抗議した
医師「たばこ吸い早く死んで」/毎日jp in Yahoo!ニュース

批判する人、頭おかしいんじゃないかと思う。要するに、皮肉でしょ。この人たちは、「皮肉を真に受けて反論するなんて、そんな恥ずかしいことをするものじゃありません」って、おばあちゃんに教わらなかったのかな。言語能力や想像力が欠如しているとしか思えません。

むしろ、禁煙推進団体が反論してるってことが皮肉ではないでしょうか。だって、あんたたちに言ってるんじゃないんだよ。禁煙推進派なら、「死んでもらった方がいい」という発言の対象外なはず。逆に、喫煙者は、この発言を笑って聞いていることでしょうから、結果として誰も傷つけないという上質のジョークです。まぁ、どんな高等なジョークを使いこなす人でも、言語能力の欠如している人の血圧を上げることまでは想像できなかったという話でしょうか。

こうなったら自分も言ってやる。

「こんななことにいちいち怒るような奴は、高血圧で死んでくれた方がいい」

まぁ、こんなブログに抗議する人はいないと思いますが…(笑)。

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モンスター教育委員会

神奈川県平塚市の県立神田高校が、入学者選抜で服装など非公表の選考基準で合格ラインを越えていた受験生を不合格とした問題で、県教育委員会は9日、渕野辰雄前校長(56)=現県立総合教育センター専任主幹=を停職3カ月とするなど当時の入試にかかわった計5人を懲戒処分とした。

http://sankei.jp.msn.com/life/education/090309/edc0903091928003-n1.htm

島根県の8つの県立高校が、保護者向けに「授業料を滞納している生徒に卒業証書を渡さない」と通告していたことが27日、分かった。県教育委員会は「卒業証書を人質に取ったと思われても仕方なく不適切」とし、各校を厳重注意した。

授業料滞納に「卒業証渡さない」  島根8県立高が保護者に通告
http://www.47news.jp/CN/200902/CN2009022701000648.html

以前、モンスターペアレントという言葉が話題でしたが、このニュースを見ると、その最大の原因は「教育よりも保身」という「モンスター教育委員会」ではないかという気がしてきます。

普通に考えたら、服装や態度で選考するのは当然のこと。しかし、「そのことで批判が自分に降りかかってきたらどうしよう」とうろたえた教育委員会が、校長や教頭を懲戒処分にしてしまったというのが一つ目のニュース。

「授業料を滞納しても卒業証書は渡すべき」という、世間一般では全く理解されないと思われる価値観を教育委員会が押しつけているというのが二つ目のニュース。

どちらのニュースからも、「この問題で俺のクビが飛んだらどうしよう」という教育委員会の切実な思いが、痛いほど伝わってきます。教育委員会の制度を根本的に変えない限り、教育は良くならないのではないかという気がしてなりません。

○関連記事

http://news.livedoor.com/comment/list/4054952/

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電車の中で手を握って痴漢扱い?

朝のJR京浜東北線電車内で乗客の女性会社員(22)の右手を握ったとして、川崎署は週明けにも、横浜市神奈川区、会社員の男(38)を県迷惑行為防止条例違反(痴漢行為)の疑いで書類送検する。

電車で女性の手を握り1万円チップ…痴漢の疑い書類送検へ

電車の中で突然手を握る男は気持ち悪いけれど、そんなことで罪を問われる世の中はもっと気持ち悪いと思います。たしかに、自分は、突然、女性の手を握ってお金を渡そうとは思いませんが、町の中に美しい女性がいたときに、手を握って「お茶でもしませんか?」ということなら、死ぬまでに一度くらいするかもしれません。それが痴漢として罰せられるのなら、法律の方が間違っているか、運用が間違っているかどちらかしかありません。

そう思って記事を良く読んだら、どうもこの容疑者は、単に手を握ったことで書類送検されたというわけではないことが分かりました。もともと、被害者はこの電車で継続的に痴漢を受けており、手を握ったことで痴漢の犯人であると疑われて書類送検されたという流れであるようなのです。そうだとしたら、実はこの人は手を握ってお金を渡しただけであり、本来の痴漢の犯人は別の男だったという可能性が残るでしょう。

たしかに、この状況で男を取り調べるのは合理的な判断だし、判断を裁判をまかせるという意味で、書類送検も適切な判断だと思います。しかし、痴漢ではなく、手を握ったことで書類送検された事件だとしたら手続き的に大きな問題でしょう。そうでなくても、冤罪の可能性が高いケースだと思います。

さて、本来、新聞記事は、こういうこと(逮捕の正当性や冤罪の可能性など…)がきちんと分かるように記事を書くべきであり、そのことによって初めて警察や司法に対する監視役としての意味を持つと思います。しかし、この記事はあえてそういうことを避けているかに思えます。mixiのコメントを見ると、ほとんどのものが「突然、手を握るなんて気持ち悪い」というものだったのですが、これは読者の問題というより、記事の書き方の問題による面が多いでしょう。実際、自分も記事を読んだときの第一印象は他の多くの人と同じものでした。

これは新聞記事一般の問題として言えることであり、この記事が特に悪いというつもりはありません。しかし、この記事は、報道が「分かりやすい解釈を提示して、読者/視聴者の感情を煽る」ことに終始し、本来の役割を果たしていないことを如実に表しているような気がしてなりませんでした。

○補足

記事中にある神奈川県迷惑行為防止条例は以下のような条文になっています。

第3条何人も、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 衣服その他の身に着ける物(以下「衣服等」という。)の上から、又は直接に人の身体に触れること。

神奈川県迷惑行為防止条例

どういう形態であれ、手を握ることが、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせる」という解釈は無理ではないかと思います。 もしそういう解釈が許されるのなら大変恐ろしいことです。

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だって、偏っているでしょ

「偏っている記事が多いように思うので、うのみにしてはいかん」-。麻生太郎首相は27日午前の衆院予算委員会で、閣僚の辞任や自らの迷走発言などに対する厳しい論調が目立つ新聞報道にこう反発した。

「偏っている記事多い」=予算委で新聞批判-麻生首相

何度も言うように自分は別に麻生支持ではないのですが、これは正しいと思います。実際、日本の新聞社の書く記事は「かなり」偏っているし、毎回、発言を曲解された記事(参考記事)を書かれていたら読む気も失せるのは事実でしょう。政策のぶれをなくすために新聞を読まないという選択肢も十分ありえるような気がします。

まぁ、一国の首相として、自国のメディア偏り具合を知るためにも、新聞を読んだ方が良いという考えには賛成ですけど…。偏った記事を読みながら、それを適確に判断して行動するのは、たしかにかなり難しいことかもしれません。

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マスコミが報じない正規ルート輸入米のアフラトキシン問題

三笠フーズの問題で、非常に高い発がん性を持つ猛毒であるアフラトキシンを含む輸入米が不当に横流しされていたことが話題になりました。しかし、実は、三笠フーズのような不正ルートだけではなく、正規ルートで販売された輸入米にもアフラトキシンの問題が起きていたことが明らかになりました。時間を追って状況を説明すると以下のようになります。

1. 昨年の10月、農水省の検査を経て、正規ルートで販売された輸入米から、アフラトキシンを含むカビが発見された。この段階で、農水省は、暫定的な「目視による検査」と「今後の対応の検討」が発表される(2008月12月19日 プレスリリース)(翌日の朝刊で各新聞社が報道)

2. 二ヶ月後、政府から従来では考えられないような非常に厳しい検査の方針が打ち出された。ただ、その理由は示されず、不可解とまで思われた(2009年2月19日 プレスリリース)

3. その後、衆院予算委員会の当日(注1)、1による担当官の目視による検査で大量のカビ米が発見されたことが明らかになった。このことから、1以前は、大量のカビ米が適切な検査を受けずに消費者に渡っていたと予想される(2009年2月25日)(報道は産経一社のみ)

要するに、今まで、大量のカビ米が、(三笠フーズのような不正ルートではなく)正規ルートで大量に販売されていた可能性がきわめて高いということが明らかになったわけです。その中にはアフラトキシンで汚染されている輸入米も含まれていたと思われます。100%農水省の責任だということを考えると、三笠フーズの問題以上に大きな問題とも言えるのです。

誤解のないように言うと、現在までに検出されたアフラトキシンの濃度はそれほど高くはありません。最初の報告でアフラトキシンが検出されたのはカビの塊であり濃度は40ppb(基準は10ppb)です。カビの塊を取り除けば、それほど多くのアフラトキシンがあるわけではないことが予想されます。2月19日の農水省の発表によれば、今後はカビを含んだ米は全て廃棄するということですので、その点でも問題はないでしょう。

さて、ある意味で「終わった」とも言える今回の問題ですが、気になるのがマスコミ報道です。上に示した流れの中で、2よりも3を後に持ってきたことで、結果として「マスコミに騒がれないで済んだ」のではないかと思うからです。実は2の対策を打ち出された時点で、神経質とも言えるほど厳重な対応がなされており、「どうしてここまで?」というのが正直な気持ちでした。ところが、後になって3の情報が出てきてみると、たしかに「このくらいやらないと国民が納得しないと思ったのだろう」と言うことが分かります。そのくらい大きな問題だからです。要するに、今回の問題に関して、農水省はデータを出すのを先延ばしにし、その間に厳しい対策を提案することで、「マスコミに騒がれないで済む」ことを狙ったのであり、結果としてその目的を達成したのではないかと思うのです。

しかし、マスコミ側の対応として本当にそれで良かったのかは疑問です。単にマスコミの調査能力がないだけなのか、それとも記者クラブを通して癒着していて報道できないのかは分かりませんが、いずれにせよ、これほど大きな問題、しかも政府のプレスリリースだけを見ても分かるような問題が全く騒がれないで済んでいるということに、何か気持ち悪いものを感じるのは自分だけでしょうか。

―謝辞―

ちなみに、この件は、2/24にある読者の方からいただいた連絡をきっかけとして知りました。この場を借りてお礼を申し上げます。

注1
衆院予算委員会でこの問題が取り上げられた当日の報道であり、予算委員会の答弁が情報源ではないかと思います。ただ、自分がこの記事を書いた時点で会議録が公開されていないため、答弁が情報源なのか、あるいは産経の独自取材が情報源なのかは分かりません。これについては会議録が公表されれば分かる話なので、この場で追って書かせてもらいます。

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麻生総理が北朝鮮問題に意見表明したことをマスコミが一斉批判

米紙ワシントン・ポストは25日、先に訪米した麻生太郎首相とのインタビュー記事を掲載した。首相は北朝鮮の核問題をめぐるブッシュ前米政権の対応について「検証問題で少しあいまいな文言にしようとする傾向があった」と述べ、前政権の方針に不満だったことを明らかにした。 (中略) 前政権とはいえ、首相が公に米国の外交方針に不満を表明するのは異例。

麻生首相:北朝鮮核でブッシュ前米政権に不満…米WP紙
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090226k0000e010019000c.html

首相はオバマ大統領との首脳会談のため訪米し、24日の会談後にインタビューに応じた。前政権の話とはいえ、首相が米国の北朝鮮政策を批判的に「評論」した形で、手のひらを返したような発言が波紋を呼びそうだ。

麻生首相、北朝鮮問題でブッシュ前政権批判 米紙と会見
http://www.asahi.com/politics/update/0226/TKY200902260108.html

この件でマスコミが一斉に麻生批判に傾いていますが、いったい何を言いたいんでしょうか。日本の総理が米国の外交方針に対し、適切な形で不満を表明するのは評価されるべきことであり、麻生支持ではない自分が読んでも「マスコミが恐ろしいまでに偏向している」と感じさせます。朝日のように、「批判的に『評論』」することさえ許されないというのであれば、日本は独立国としての主権すら失っているということになるでしょう。

そもそもこの背景には、「オバマ政権はブッシュ政権よりも北朝鮮に甘い」と予想されていることがあります。アメリカでは共和党よりも民主党の方が、中国・北朝鮮よりと言われており、日本国内でもこれに対して危惧する声が上がっていました。麻生総理のコメントは、この状況で「オバマ政権に釘を刺す」絶妙なレトリックとも読めるのです。

要するに、麻生総理が本当に批判したいのは、一般に予想されているように、オバマ政権が日本を軽視し、北朝鮮寄りの政策を取ること。ただ、オバマ政権が具体的な北朝鮮政策を打ち出していない段階で、そうしたコメントをすれば、かえってオバマ政権の態度を硬化させてしまう可能性もあります。そこで、麻生総理は、前ブッシュ政権に対する不満と、オバマ政権に対する期待を表明し、精一杯オバマ政権を持ち上げながら、オバマ政権が北朝鮮より政策を採りづらくする効果を狙ったものと思われます。

これは、麻生支持でない自分が見ても「さすが」という気持ちになります。正直言って、この発言で麻生総理を見直しました。

マスコミは、ここから無理矢理マイナスの印象を与える記事をひねり出しているように思えるのですが、無理があるのは明白。若者はテレビを見ない、新聞を買わない、と言いますが、当たり前のことでしょう。それは、こんな偏向報道を見ていると頭がおかしくなるということを直感的に理解しているからにほかならないのではないかと思います。

自分は公平な報道とは、たとえある人が問題を抱えていて、一斉に叩かれているときにでも、その人の良い面について正しく取り上げられるような報道ではないかと思います。これは確かに難しいことかもしれませんが、それこそが報道のプロとして求められることにほかならないと思うからです。「他のマスコミが批判しているから、一緒に叩いた方が読者に安心感を与えられる」「今、叩かれている人だから、一緒に叩いた方が視聴率が取れる」。そういう発想でしか報道できないマスコミはプロレスか相撲あたりを適当に報道してもらえれば良いわけで、政治や社会の問題に手を出すべきではないでしょう。

今回の報道は、マスコミのプロ意識の欠如、そしてマスコミからネットへという時代の流れをあらためて露呈させたものになったのではないかと思います。

○補足

ちなみに、同じ問題に関する時事通信の批判はまっとうだと思います。ただ、このことは上の朝日や毎日の記事が正当であるという言い訳にはならないでしょう。

首相は「6カ国協議は有益な枠組みだ」と述べる一方、「以前は『4対2』(の意見対立)だったが、韓国が日米側に加わり『3対3』になった」と語った。韓国の李明博政権が北朝鮮に厳しい姿勢を取っていることを評価し、日米韓の連携を強調する趣旨とみられるが、中国、ロシアとの調和を乱す可能性もある。

麻生首相、北核検証で前米政権を批判=6カ国協議は「3対3」
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009022600235

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自民党が地デジ購入費用のばらまきを検討

自民党は追加景気対策の一環として、地上デジタル放送が受信できるテレビやチューナーを購入した全世帯に一律2万円程度の支援金を配布する方向で検討に入った。2011年7月に地上デジタル放送へ全面移行する計画も1年間前倒しして、早期普及を目指す。液晶テレビなど急激な需要落ち込みに悩む電機業界を支援する狙いもある。 自民党のe―Japan特命委員会(小坂憲次委員長)が18日、「IT(情報技術)による景気・雇用・環境緊急対策パッケージ」の議論に着手、3月までの取りまとめを目指す。国税の申告などの行政手続きを電子化する電子政府計画、電気自動車普及なども前倒しし、合計で7兆円規模の経済効果を見込む。 (16:00)

追加景気対策、地デジTV購入に2万円支援 自民が検討

自民党が地デジの購入した世帯に支援金を配布することを検討しているようです。この提案、手続き的な問題(実現が遅れると買い控えにつながるなど)はあるでしょうが、本質的な問題点は何より「特定業界を支援することで政策に対する不公平感を生む」ということでしょう。一昔前ならともかく、テレビはすでに生活必需品ではありません。テレビは、携帯、有線インターネットというような選択肢の中の一つになっており、こうした状況でテレビという業界だけを取り上げて支援することを到底世論は許さないでしょう。

そうでなくても、現在のテレビ放送は、本来支払うべき電波使用料を払わないだけではなく、携帯利用者から巻き上げた電波利用料をつぎ込んでやっと成り立っているという状況。経済原理から言ったら本来成り立っていない、言い換えれば、すでに国民のニーズがなくなっている「テレビ」に、さらに追加の税金をつぎ込むというのは全くナンセンスです。これなら、「公設民営の光通信網」を全国に展開すべし」という松本徹三氏の提案や、民主党のソーラーパネル補助の方がよほど検討するに値します。

また、対象が今後地デジ関連機器を購入した世帯だけになれば、すでに地デジ関連機器を購入している人からの反発も避けられません。

興味深いのは、生活給付金に反対キャンペーンを繰り広げたマスコミが、この提案にどのような反応をするかということです。生活給付金に反対なのであれば、この提案にも反対しなければ筋が通らないでしょう。しかし、自分たちの業界が絡んだこの問題に対して、本当にそんな報道ができるのでしょうか。このまま行けば、アナログ停波で視聴率が下がり、収入が激減するのは確実。今回の提案は、そうした状況を少しでも回避するための「マスコミ救済策」にも写るからです。自民党がばらまきを通して「マスコミからの支持集め」に奔走しているのではないかと勘ぐりたくもなってきます。ちなみに、そういうこともあって、この記事のタイトルを、「次回の世論調査で、麻生政権の支持率をV字回復させることが決定」にしようとも思ったのですが、さすがにやめておきました(笑)。

今回はまだ「検討」ということなので、特に大きく議論になることもないかもしれませんが、今後の展開から目が離せないニュースになりそうです。

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カルデロンのり子さんの国外退去問題について

両親の不法滞在で国外退去を求められているフィリピン国籍の少女、カルデロンのり子さん(13歳)に注目が集まっています。日本で生まれ育ち日本語しか話すことができないのり子さんは、フィリピンに帰っても生活に支障をきたすことが予想されます。このため、カルデロン一家は「家族全員の滞在許可」を求めてきました。これに対し、入国管理局は「のり子さんだけなら、滞在を認める可能性があるが、両親の国外退去は不可避」と判断をしたのです。

結論として言えば、入国管理局の判断は非常にまっとうで、他の判断の可能性はなかったと言って差し支えないと思います。そういう意味で、これは普通なら大きく取り上げられるようなニュースではなかったかもしれません。しかし、この問題が話題なのは、マスコミが一斉に、カルデロン一家を支持する視点での報道を繰り広げているからです。そして、これに対してネット上で反発が起きるという形で、一躍話題になっているのが今回の問題ということができるでしょう(例:「博士の独り言」, 「日本が好きなだけなんだよ」)。

では、カルデロン一家の立場に立ったマスコミの報道は完全に間違っているのでしょうか。たしかに、この件に関するマスコミの報道がかなり偏っていたのは事実だと思いますが、それでも全く無意味だったとか、「反日勢力に支配されている」とは思いません。これは、マスコミが抱える根本的な問題が絡んでいると思うからです。この記事では、この問題について、もう少し掘り下げて考察してみたいと思います。

○制度としての権利

カルデロン一家の問題は、カルデロン一家の立場に立てば、「滞在許可を認めてあげるべき」という同情になることは言うまでもありません。しかし、制度というのは、そういうものではないのです。日本の社会制度の問題は、日本の社会制度の「どういう価値に基づいてカルデロン一家の立場が尊重されるか」という形で考えられるべきだからです。

では、日本の社会制度の中でカルデロン一家の立場を守るものは何でしょうか。それはほかでもなく憲法に保障された「基本的人権」です。実際、カルデロン一家を支持する人々は、こうした日本の憲法・法律に基づいて、カルデロン一家の滞在許可を得ようとしているわけでしょう。

さて、すでに別の記事(link)で人権には、「普遍的なものとしての人権」と、「制度として保証される人権」(日本であれば憲法で保障される基本的人権)があるということを書いたことがあります。ここで、この意味での人権では、あくまで制度的な意味での人権であるということが重要です。

なぜでしょうか。もし、日本の制度で、世界中の人の「普遍的な人権」を守らないといけないとしたら、日本の制度として、世界中の人の福祉(生活保護や医療など)を保障しなければいけなくなります。こうなれば、日本の財政は破綻してしまうでしょう。現代の世界情勢において国という枠組みは「既得権益」を保持する利害集団としての意味を持っているのであり、その範囲を超えて権利を認めれば制度そのものが破綻してしまうのです。このことから、憲法に保障される制度的な意味での人権は、一義的には「日本国民」、そうでない場合にも「日本国の滞在者」等、特定の関係者にしか与えられないものでなければいけないということが分かると思います。

○制度の境界線

そしてさらに重要なことは、誰を合法的な滞在者とするか、誰を日本人とするかは、日本人が政治的に決めるということです。かりに、誰もが自由に日本人となることができるのであれば、現代の世界情勢では、多くの外国人が日本に押し寄せてきてしまい、現在の日本人は今の生活を守ることができなるなるでしょう。日本人には、これを防ぐ権利があるということが、社会制度を考える上で非常に重要ではないかと思います。

法律の世界ではどういう議論になっているか知りませんが、一般に、社会制度には「制度で守られるもの」と「制度で守られないもの」の境界線が不可欠です。普遍的な意味での人権でさえ、「人と人でないもの」の境界線によって成り立っている概念であり、まして国の単位で保障される人権に関して、こうした線引きを考えなくて良いはずはありません。そして、その線引きに関して、社会制度は時に残酷なものになるということを忘れてはいけないと思います。これは悲しい現実ですが仕方がないことです。こうして「外部を排除する」ことによって成り立っているのが、現代の先進国の社会だからです。

○マスコミ報道の構造的問題

以上、多くの人が賛成していると思われる、「カルデロンのり子さんの両親の国外退去」の正当性をあらためて説明してきたわけですが、それにもかかわらず「カルデロン一家さんの立場に立ってものごとを考える」ということも重要だと思います。それは、制度というものが、人を守るものであると同時に、人に対して残酷なものであるということを知ることになると思うからです。これは、マスコミ報道に対しても同じです。たしかに、マスコミの報道がカルデロン一家の立場に偏っているというのは自分も感じることですが、しかし、それでもそうした報道をすること自体は必要だったと言えるでしょう。

今回の報道に関して、マスコミの最大の問題は、マスコミがマスコミ自身の性格について無頓着だったということではないかと思います。一般に、マスコミの報道は、しばしば「取材しやすい情報源」に偏ってしまい、公平な立場を見失いがちだということが指摘されてきました。これは、すでに取り上げた脳死臓器移植の問題(link)でも同じです。これには「分かりやすい構図で報道した方が受けが良い」という別の問題も絡んできます。そのことにマスコミ自身が気づいて、逆の立場からの意見を同時に報道すれば「公平性」を保つことができるのでしょうが、マスコミがそうした自覚を失うとき、マスコミは「取材しやすい情報源に偏った分かりやすい構図」の報道を垂れ流すことになるのです。こうなるともはや報道は「洗脳」に近くなり、公平性は完全に失われてしまいます。

今回の問題についても、本来、「カルデロン一家の心の痛みを理解する」ことと「入国管理局の決定を支持する」ことは全く矛盾しません。どちらの立場も並列させるような形で報道をするのなら、「制度の限界を指摘する良い報道」として評価されることになったと思います。しかし、多くのマスコミは「カルデロン一家の心の痛み」に偏った報道をし、世論の顰蹙(ひんしゅく)を買ったわけです。

これはマスコミの根本的な構造の問題であり、簡単に解決するようなことではありません。しかし、マスコミュニケーションと学問コミュニケーション、そしてネットコミュニケーションの3者が補完し合うことによって少しずつ、解決していく可能性もあるのです。カルデロン一家の報道に対するネットからの反発はそうした新しい補完関係のあり方の一つを模索するものと言えるかもしれません。

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中川財務相辞任はマスコミの陰謀か、それとも視聴率獲得競争の結果か?

たしかに、報道された映像を見ると「どうしたの?」と感じる面もあります。しかし、報道を見ていると、さすがに疑問を感じずにはいられませんでした。

1.
「酒癖が悪い」というマスコミ報道が真実なら、酒飲みが一杯のワインであのような状態になるということは考えられません。昼食のワインはイタリアでは礼儀として当たり前だと言われ、問題にするようなことではないと思います。時間帯やスケジュールの流れを考えれば、休憩時間に大酒でもしない限り、あの状態になることはないわけで、そもそも「酒」が原因というのは考えにくいでしょう。それにもかかわらず、「酒癖が悪い」と強調する報道姿勢には恣意的なものを感じずにはいられませんでした。このほか、イタリアの記者の「ブログ」まで持ち出すなど、印象操作に懸命だったという気がします。

2.
公式には風邪薬+時差ぼけという説明になっています。たしかに、時差ぼけには強い人と弱い人がいるわけですが、弱い人にとって時差ぼけは非常にきついものです。人によっては、「本人の意志と関係なく、突然眠る」という症状を示す人もいます。これはひどくなればナルコレプシーと言って、正式に疾患として認められている症状なのです。中川氏のように、薬の副作用など、特定の条件でのみ発症する症状がナルコレプシーとして認められるかどうかは分かりませんが、それに近い状態だということは言えるでしょう。たしかに、こういう人は周囲から誤解されやすく、「政治家に向いていない」面があるのは事実かもしれません。しかし、政治家を評価する際、こうした身体的な欠点をあげつらうことは、あまり有意義とは思えません。身体的な問題を抱えていたとしても、それを暖かく見守る視点があってこそ、能力のある政治家が評価されるようになると思うからです。ましてそれが「薬の副作用」だとしたら、辞任を要求する理由として本当に適切なのでしょうか?(ちなみに、麻生首相の読み間違えに対しても同じことを思います。「障害者の尊重」などというマスコミが、政治家のこととなると手の平を返したように悪質な「いじめ」に走る状況はあきれるものがあります)

3.
個人的には2の可能性が高いのではないかと思いますが、あのような激しい症状から考えて、飲食物に毒物を入れられたのではないかという可能性を指摘する人もいます。病的な症状としてのナルコレプシーを認めないのであれば、この可能性を重視することになるでしょう。

/////

自分は、中川財務相の実績を特に評価しているわけではないのですが、そういう自分が見ても、今回の件は辞任を求めたりするようなことではないと思います。恒常的なナルコレプシーならともかく、薬の副作用でナルコレプシー様の症状が発症するというようなら、今後の体調管理でカバーできることでしょう。さらに、それでもこうした身体的な能力の関係で財務相が務まらないということであれば、「申し訳ないけれども辞めていただく」という礼を尽くした言い方になるはずだし、せめて、診断結果などについての議論が出そろってから辞任を求められば良い話だと思います。

マスコミは、日本人と中国人が賛同しやすい「国としての恥」という感情を巧みに駆り立て、ほとんど「いじめ」とも言えるやり方で中川財務相を辞任に追い込んだわけです。マスコミはこのことをあたかも「正義」であるかのように思い込んでいるのかもしれませんが、このことを通して、「政治手腕以外の能力で政治家を評価する」という悪しき習慣に一層拍車をかけ、さらに「身体的な能力によって人間を追い詰めることが当たり前」だという社会に突き進ませたということを忘れてはいけません。こういう状況で、「辞任するほどではない」という意見、「多様性の尊重」を訴える意見が全くと言って良いほど報道されないことは、異常以外の何ものでもないでしょう。

こうしたマスコミの背景に何か政治的な力が働いていたのか、それとも、単に視聴率を取るための報道合戦の結果、こうなったのか。こればかりは、もう少し状況を見守らないと分かりません。しかし、いずれにせよ、今回の件を通して、日本のマスコミのレベルが低いことがあらためて証明されたということは、間違いないのではないかと思います。

○参考資料
各社の報道の詳細な分析については以下のブログが詳しいので、こちらに譲ることにします。

報道「中川泥酔会見」の闇(2/16)/博士の独り言
報道「中川罷免要求」の闇(2/17)/博士の独り言
報道「中川泥酔会見」の闇 2(2/17)/博士の独り言

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自らの権力性を棚に上げて「言論への介入」と騒ぐ琉球朝日放送と琉球放送の愚劣

中学生にみだらな行為をしたとして県条例違反で逮捕され、不起訴(起訴猶予)となった沖縄県の公立中学教諭が、逮捕時に実名報道をした民放3社とNHKに賠償を求めた訴訟で、最高裁第一小法廷(涌井紀夫裁判長)は12日、教諭の上告を棄却する決定をした。原告側敗訴が確定した。

訴訟は一、二審ともに賠償を認めなかったが、二審の福岡高裁那覇支部が報道各社に対し、判決内容を報道する場合に逮捕の事実だけでなく、「起訴猶予処分になった」ということも伝えることを検討して欲しいと求め、一部の報道機関が反発していた。

後に不起訴の実名報道、賠償認めず 最高裁が上告棄却/asahi.com
http://www.asahi.com/national/update/0212/TKY200902120248.html


裁判制度というのは、本来、有罪になれば制裁を受け、無罪になれば制裁を受けない、そうあるべきであることは小学生にだって分かると思います。

しかし、現実にはそうではなく、「逮捕」をされた段階で「マスコミ報道」という制裁を受けるのです。そして、「不起訴処分」になった場合はもちろん「無罪」であっても名誉は回復されず、いつまでたっても制裁を受け続けることになる。そういう状況があります。この背景には、日本の裁判制度の有罪率が異常に高く、裁判として機能していないということがあるでしょう。起訴された事件の99%が有罪という現状で、「逮捕」報道を見た人々は、「有罪なんだな」と思ってしまう。そういう予断を許してしまうところに、日本の司法制度の問題があるのだと思います。

日本の裁判では、判決で「すでに社会的制裁を受けている」として刑の減免がはかられる場合が少なくないわけですが、これはそもそも「裁判」の自己否定とも言える現実ではないかと思います。判決より前に社会的制裁を受けていることが、判決に影響するのであれば、裁判で事実認定などせず、検察とマスコミに制裁をまかせておけば良いということにもなるでしょう。

さてさて、前置きが長くなりましたが、今回のニュースは、逮捕されたにもかかわらず「不起訴処分」だった元被疑者が損害賠償を求めて報道機関を訴えるという裁判に関してのものです。記事を見れば分かるように、最終的には損害賠償は認められなかったわけですが、ここで自分が気になったのが「一部の報道機関が反発していた」という部分でした。これについて調べてみたところ、去年の12月の朝日新聞では以下のように報道していることが分かりました。

ただ、福岡高裁那覇支部の河辺義典裁判長は実名報道について「当然に罪を犯したかのような印象を与えることがないよう慎重に対処する必要がある」とも指摘した。

那覇地検は昨年11月、教諭を起訴猶予にしており、控訴審判決はこの点にも触れた。起訴猶予は裁判所に処罰を求めない不起訴の一つで、嫌疑はあるが、犯行が軽微だったり、被害者が処罰を求めていなかったりすることなどが考慮されたケースだ。今回の処分は発表されておらず、その理由も明らかになっていないが、判決は起訴猶予を報じなかった対応を問題視し、「報道機関のあり方として考えるべき点がある」と付言した。

さらに判決当日、河辺裁判長は「御連絡」と題した紙1枚を、判決文を受け取った報道各社に配布した。文書は「判決内容を報道する場合、『逮捕』の事実だけでなく、『その後、起訴猶予処分になった』という事実を盛り込んでいただけないか、御検討ください」とした。

多くの社は「異例」と受け止めたものの特別な対応はとらなかったが、被告のうち琉球朝日放送(QAB)と琉球放送(RBC)は11月末、裁判長に抗議文を提出した。

「起訴猶予、報道を」実名報道めぐる名誉棄損訴訟/朝日新聞2008年12月25日朝刊

要するに、この裁判長は、マスコミ側の勝訴とした上で、「起訴猶予処分になったことくらい、ちゃんと報道してください」とマスコミに「お願い」をしたわけです。前後関係を読むと、普通なら判決の中で言及しても良いようなことを、マスコミ側に配慮してわざわざ強制力のない「ご連絡」という形にしたとも読めるでしょう。「ご連絡」の内容そのものは、きわめてまっとうなことだからです。ところが、これに大反発をしたのが、琉球朝日放送と琉球放送でした。同じ記事には、琉球朝日放送、琉球放送の「言い分」も書いてあります。

QABは、控訴審判決の付言や「御連絡」に対し、「報道機関の取材・報道活動を制約することにつながりかねない」「あえて、過去に例のない『御連絡』を出したことは理解できない」と批判した。(中略)教諭の起訴猶予時に報道しなかったことについて、賀数朝夫・報道制作局次長は「被害者への配慮から不用意に繰り返し報道しないという姿勢が大前提。さらに、今回は起訴猶予であり、明らかな不当逮捕とは言えない。そのような処分を報じることが名誉回復につながるのかも疑問があった」と説明する。

RBCも裁判長の対応を「司法権力の介入、逸脱行為」と厳しく批判した。

同上

これを読むと、「ご連絡」の形式に反発するだけならともかく、内容にも全面的に反発していることが分かります。特に、琉球朝日放送の「言い訳」として書かれている「今回は起訴猶予であり、明らかな不当逮捕とは言えない。そのような処分を報じることが名誉回復につながるのかも疑問があった」は意味不明でまともな思考能力のある人間の発言には思えません。一般的に言うと「起訴猶予」は、(検察側の判断はともかく)「裁判制度の中では正式に判断が行われない」ということであり、被疑者は名誉を回復されなければいけないわけですが、この発言からは、そういう自覚は全く感じられないからです。ニュースで「起訴猶予」に言及することくらい簡単だし、それは報道機関の責務とも言えることです。わざわざそれを嫌がる傲慢さには呆れるしかないでしょう。裁判所に「権力の介入」と言っていながら、自分たちの「権力性」に全く無自覚なことには滑稽というしかありません。

沖縄のマスコミは「政府の権力に抑圧されてきた」という意識の裏返しで、自分が権力を握る立場になると、立場を忘れて平気で人権侵害に走るのでしょうか。それとも、不起訴処分に反発した警察にそそのかされて、こうした「反論」を行っているのでしょうか。いずれにせよ、そこに「自らの権力性への自覚」や「人権意識」のかけらも感じられないということは間違いないと思います。

この問題は大きく言うと、日本の司法+マスコミ全体の問題で、個別の報道機関が対処できるようなものではないかもしれません。ただ、大々的に報道したものに関して「無罪」や「起訴猶予」の報道を省略することの権力性に自覚的になることくらいはできるはずです。そういう自覚さえない、「思考停止状態」のマスコミの存在は、個別の犯罪者以上に、日本の将来を脅かすものになる気がしてなりません。

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NHKの携帯ニュース、方向性がちょっと違うのでは?

日本新聞協会は29日、NHKが2月2日に開始予定の携帯電話向け無料ニュース配信について、「有料サービスを行う民間業者への打撃となり、健全な競争市場を混乱させる」として、中止を求める意見書をNHKと総務省に提出した。

同協会によると、NHKのサービスは無料でニュースの要約を提供し、利用者を有料サイトに誘導する可能性があり、NHKが有料でニュースを配信することを禁じた昭和25年の国会答弁に反するとしている。

これに対しNHKは「改正放送法の枠内で視聴者ニーズに応えようとするもので、中止する考えはない」と回答した。
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-m20090130007/1.htm


昨日より、NHKが携帯電話向けにニュース配信を始めました。これは「詳細は有料」なのですが、要約は無料。これに対して、有料でニュースを配信している新聞社・通信社が一斉に反発しているようです。

まぁ、これだけの話だったら、「新聞社はNHKを批判してないで、自分たちがもっとがんばればいいのに…」などと寝そべりながら無責任な独り言を言うだけのところなのですが、ふと、以前に書いた報道の自由と著作権(link)という記事を思い出したので、ちょっとだけコメントすることにします。

以前、「報道の自由と著作権」で指摘したように、報道の自由は、利用者が「過去の報道にアクセスする権利」(アーカイブアクセス権とでも名付けましょうか)に支えられているものです。かつてであれば、新聞については図書館に置かれた縮刷版によってそれは担保されており、それ以上の形でのアーカイブの提供は技術的に不可能ということで免責されていたと考えられます。また、テレビについては、そもそも「技術的に不可能」ということで、アーカイブを提供する義務は免責されていたと考えられます。

ところが、今日では、そうした状況は大きく変わり、報道機関は容易にデジタルアーカイブを提供できるようになりました。しかし、それにもかかわらず、日本のテレビ局は、過去の番組のアーカイブを一般に提供するのを拒み続けています。

まぁ、そうとは言っても、映画やドラマ等に関しては、法的、戦略的に、提供が難しいのは分かるし、そうでなくても広告収入に頼っている民放に関しては、なかなか提供に踏み切れないのも分からないことはありません。

しかし、NHKはどうでしょう。大部分が自社制作番組であり、NHK自身が著作権を保有しています。また、広告放送もないため、視聴率の低下をそれほど意識する必要もないはずです。そうであれば、DVD等の再販の予定がない番組、せめてニュース報道のアーカイブくらい、無期限・無料で提供することはできないのでしょうか。

利用料収入の落ち込みに対する対抗策は、「視聴者に不便を強いてまでテレビに向かわせる」ことではなく、「視聴者のニーズに応える形で情報を提供する」こと。携帯でのニュース配信もいいと思いますが、公共放送としての責任を担う意味でも、NHKにはもっと抜本的な変革が求められているのではないかと思います。

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SuicaとEdyは一緒に使えない

たとえばエディやTポイントなど、いろんなカードを財布に入れているため、別のカードで誤作動をおこしてしまうということは? 「パスモやスイカは磁気ではないので、他のカードの影響はありません。ただし、財布の中身がいっぱい入りすぎているときなど、影響がある可能性はあります」

ICカードが自動改札でひっかかっちゃうわけ
http://netallica.yahoo.co.jp/news/64476


記事には上のように書いてありますが、これ大嘘です。Suicaが入っている財布に電子マネーのEdyが入っているとSuicaの認識率が異常に低くなるのです。自分が使っている財布ではほぼ100%の割合で再現できました。(ちなみに調べたのはANAのマイレージカードに付属のEdyで、それ以外は調べていません)

これは、Edyの仕組みから考えても非常に納得のいく結果です。というのも、SuicaやEdyはすべてソニーの「Felica」という規格のRFIDです。ほとんどのFelicaはアンチコリジョン(複数のカードを同時に使ってもお互いに干渉しない機能)を備えているのですが、Edyだけは旧式であるため、この機能を持っておらず、他のカードと干渉してしまうのです。要するに、Edyは他のFelicaと一緒に財布に入れてはいけないということです。

ちなみに、EdyとSuicaが同時に使えないと分かって、それまで使っていたANAのマイレージカードを財布かに入れるのをやめてしまいました。今度、Edyなしに作り替えようと思うのですが、それまではANAのマイレージカードともお別れです。マイレージカード普及のためにEdyと提携したANAにとってはとんだ災難だったのかもしれません。

アンチコリジョン付きのEdyが発売されるのはいったいいつのことになるのでしょうか?

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派遣切りで派遣先企業を叩く、マスコミのレベルの低さ

派遣労働者の派遣先企業が、労働者の受け入れを停止する「派遣切り」が批判されています。というより、正確に言えば、<マスコミが>批判しているのです。しかし、それなりの経済感覚を持っている人であれば、これがいかに理不尽なものか分かるでしょう。

派遣先企業は、あるコスト計算の元で派遣労働者を受け入れています。そこでは、需要減退期にも解雇することができず、多大な損失を抱えることのできない正社員よりも、容易に解雇をすることができる派遣労働者の方が有利という前提があったはずでしょう。したがって、派遣労働者を解雇できないというのであれば、最初から外注など別の方法を採っていたという企業も少なくないでしょう。たしかに、「派遣であっても雇用は守るべき」と企業を突き上げるのは簡単ですが、それは企業にとってあまりにも理不尽な要求なのです。

さて、今日の「派遣切り」は制度的には以下の2つの問題に整理されるのではないかと思います。

1. 正社員と派遣社員という2つの極端な雇用制度しかなかったということ。もともと日本は正社員の雇用に関して企業側に厳しく、経営悪化を理由にした解雇が難しいという現状がありました。そして、それを補うために、逆に、先進国では他に例を見ないほど企業側に甘い「派遣」という制度が進められてきたのです。現実には、この両者を近づけ、中間的な雇用制度を模索していくことが求められていると言えます。

2. 「派遣」という制度の急激な普及にもかかわらず、それに対応するセーフティネットが整備されなかったということ。政策的に企業に有利な「派遣」を推進するのであれば、失業者の生活保障を手厚くしていかなければいけません。これは、企業が「派遣」という形で国際競争力を手に入れることの代償であり、法人税等を通して企業に負担を求めていかなければいけない問題です。ところが、こうしたことが全く行われないまま、「派遣」制度だけが普及してしまったツケが、現在表れていると言えるでしょう。

いずれの問題に関しても、制度的、政策的な問題であり、派遣先企業を批判することに何ら建設的な意味がないことは明らかなのです。

たしかに、「難しい政策論を主張しても視聴率は取れない。それよりは、派遣先企業を批判した方が視聴率が取れる」という判断なのかもしれません。しかし、そういうことをしているから、「テレビは見る価値がない」ということになるのです。実際、この点に関して、テレビのコメンテーターの解説より、2ちゃんねるのまとめサイトの方がよほど正鵠を射た議論を見ることができます。

本来、こういう問題でこそ、ジャーナリズムとしての真価が試されると思うのですが、残念なことに、試された結果は不本意なものだったと言うしかないのです。こうしたことが、大手マスコミが件並み収益を悪化させているの原因の一つだということに、マスコミ関係者は自覚的になってほしいものです。

○このブログ内の関連記事

失業は個人の問題か、政策の問題か?」/情報学ブログ

○参考サイト

派遣切り批判をあえて批判する」/財部誠一の「ビジネス立体思考」

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処方薬の服用中断について

服用中断、6割が経験=症状改善、面倒…耐性菌化も-製薬会社が全国調査
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009012500047

薬には症状がなくなったら服用を中止して良い薬と、症状がなくなっても服用しつづけないといけない薬があります。風邪で出される薬で言っても、非ステイロイド性の解熱鎮痛薬、抗アレルギー薬、抗ヒスタミン剤等は、症状がなくなったら飲まなくても良い薬。これに対して、抗生物質は指示された期間飲み続けないといけない薬と大きく分かれます。

もちろん、これは症状や処方によって大きく変わります。どういうタイミングで中断するかが、過去の病歴なども踏まえたかなり高度な判断となる場合も多いでしょう。したがって、「この薬だったら中断して良い」というように勝手に判断するべきではなく、医師や薬剤師の指示にしたがうべきなのです。

しかし、そのあたりをちゃんと指示しない医師・薬剤師が多いのも事実。もちろん、すべての医師・薬剤師がそうだというわけではなく、丁寧に説明してくれるケースもあるのですが、「容量・用法は必ず守ってください」というような漠然とした指示の場合が多い気がします。そうなると患者としては「とりあえず全部飲む」か、「症状がなくなったら全部飲まない」という2つの判断しかできなくなります。

また、丁寧に説明してくれる薬剤師に限って、説明の情報量が異常に多く、患者としては結局、話を覚えてられないという問題もあります。

要するに、「適切な情報を適切に伝える」というのは、ものすごく難しいことなのです。医療をめぐる多くの問題は、実はこうした「情報伝達」の問題だったりするのですが、この問題もそうした例の一つと言えるかもしれません。

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上妻小学校の双子の報道に見るメディアの問題

13日は「双子の日」とされる。双子が生まれる確率は100分の1だが、福岡県八女市の全校児童430人の上妻小学校には13組もいる。なぜこれだけそろったのかは分からないが、今村辰子校長は「よく似たかわいい顔がたくさん並んで登校してくるのを見ると、幸せな気持ちになります」とほほ笑む。

(中略)

多胎の研究をしている石川県立看護大学の大木秀一教授(公衆衛生学)によると、都道府県別で双子や三つ子などの多胎出産数を比較した場合、最も多いのは京都府の1千件の出産で14.3回。福岡県は11.7回で、全国平均の11.3回とほぼ同レベル。上妻小と校区が接する小学校は5校あるが、双子は0~5組で、児童数で比較するとほぼ平均的だ。上妻小は非常にまれなケースといえる。

なぜなのか。大木教授は「食べ物や飲み水で双子が増えることは考えにくく、小学校区という特定地域で多胎が増える理由は分からない」と首をひねる。「多胎出産は遺伝するので、この地域に双子の家系が多い可能性はある」と大木教授はみているが、同校の卒業生でもある檀監督は「自分が在籍していたころは数えるほどだった。自分の親類にもいない」という。

12月13日は「双子の日」 福岡の小学校なぜか13組
http://www.asahi.com/national/update/1213/SEB200812130002.html?ref=rss

○上妻小学校の双子に関する記事

福岡県八女市上妻小学校という学校では、児童数430人のところ、双子が13組もいるそうです。それを単に「ほほえましい」という意味で記事にするのなら良いのですが、あたかも遺伝の問題であると思わせる、この記事の内容には疑問を感じざるをえませんでした。

なぜなら、この程度の双子の数なら、確率的に十分にありえると思われるからです。単純に、記事の中にある双子の出生率1.13%に児童数430人を掛けても4.9組であり、13組というのはせいぜいその2倍ちょっとです。この程度の組数の学校があっても決して不思議ではありません。

○確率的に計算してみる

とは言ってもピンと来ない人もいると思うので、きちんと計算してみることにしました。双子は必ず同じ小学校に通うという仮定で、児童数430人の小学校に13組以上の双子がいる確率を計算すると0.147%(Excelだと"=1-BINOMDIST(12,450,0.0113,TRUE)"で計算できます)。なんと681校に1校の割合で、13組以上の双子がいる計算になります。

平成19年度の学校基本調査によれば児童数が400~500人小学校は2424校もあるので、全国を探せば3校程度は「児童数400人~500人で13組以上の双子がいる小学校」を探すことができるということになるでしょう。また、途中の計算はちょっと複雑ですが、同様にして「児童数500人以下で13組以上の双子がいる小学校が全国に1校以上存在する確率」を計算すると80%を超えることなります。上妻小学校に双子が多いことは決して特別なことではないのです。

○報道というフィルター

ではどうしてこのような記事になってしまったのでしょうか?

「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」という箴言が示しているように、「報道」というのは、「低い確率でしか起きないようなことを積極的に報道する傾向にあります。したがって、報道というフィルターを通すと「確率」は大きく変わってしまいます。

たとえば、ある町で公害があり、その町のある小学校の双子の人数が0.1%の確率でしか起きえないほど多かったとします。この双子の組数が普通ではないと考えて原因を調べることには意味があるでしょう。これは「報道というフィルターを通していない事象」であり、この場合、0.1%という確率はそのまま理解することができます。

これに対し、「13組も双子がいる珍しい学校」がメディアに取り上げられた場合、それは「たまたま選んだある学校に13組も双子がいた」ということではなく、全国の学校の中に「児童数500人以下で13組も双子がいる学校が存在した」ということを意味します。これは「報道というフィルターを通した事象」であり、確率的に考えるのであれば、「児童数500人以下で13組以上の双子がいる小学校が全国に1校以上存在する確率」を考えなくてはいけません。上に書いたように、この確率は80%を超えるものであり、決して「稀な事象」ではないのです。

記事でコメントを求められた大木教授は一般論として遺伝と双子の関係について触れたのだと思いますが、全体として「八女市には双子になる遺伝子を持っている人が多い」可能性を示唆しているかのような記事の作りには問題があると言わざるをえないでしょう。「遺伝子」に関する知識が乏しい人の中には、この記事を不当な差別を引き起こすものと感じる人もいるかもしれません。

要するに朝日新聞の記者、そして編集部は「報道とは何か」という記者として不可欠な視点を忘れてしまっているのではないかと思います。自らの力の大きさを知らずに、それを振りかざすものほど、恐ろしい存在はありません。

○報道を見る目

率直に言うと、今回の記事は一般には広く取り上げられているわけでもないし、新聞の影響力が低下してきた今、目くじらを立てて怒るようなことではないと思っています。ただ、これは「報道」というものの本質を考える上で重要な事例ではないかと思うのです。というのも、「報道は珍しい事象に関してなされるもの」ということが忘れられてしまっているように思われることがしばしばあるからです。

たとえば、最近、メディアが「贅沢をしながら給食費の滞納をする親」という事例を取り上げてから、給食費を滞納する家庭に対する批判が強まったりしたことがありました。しかし、実際には「贅沢をしながら給食費の滞納をする親」という事例の影に、「給食費を払えないほど生活に窮している親」がたくさんいるのです。最近、山野良一さんという方が「子どもの最貧国・日本―学力・心身・社会におよぶ諸影響(link)」という本が出版され、ベストセラーになっているようですが、こうした現状をメディアは取り上げません。「贅沢をしながら給食費の滞納をする親」という<珍しい事例は>センセーショナルに取り上げられても、「給食費を払えないほど生活に窮している家庭」という<珍しくない事例>は報道されないのです。

これはある意味、報道の本質とも言えるもの。どんなにマスコミを補完するような仕組みを考えたとしても、結局のところ、報道に接する一人一人の人間がこうした事実に敏感になることによってしか解決しないのかもしれません。

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航空幕僚長の作文問題への民主党の批判

「早くトカゲのしっぽを切った方がいいと思っているならとんでもない間違いだ。参院で深く掘り下げて、二度とこのような発言をする人が政府の中にいなくなるよう戦っていく」

空幕長問題、国会で追及=民主・鳩山氏
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081101-00000069-jij-pol

○幕僚長はなぜ更迭されたか

幕僚長が更迭される原因となった「作文」を思想・信条の自由などと言って擁護する人も一部にいるようですが、とりあえず大部分の人は更迭を擁護しているようなので、日本も一応まともなんだなと思う今日この頃です。

幕僚長の「作文」はたしかに内容的にもかなりひどいものだと思いますが、これほどまで批判されているのは、「内容がダメ」だったからではありません。

・組織の了解を取らずに文章を発表したこと(手続き上の問題)
・文民統制を受ける立場であるにもかかわらず、主張内容が政府見解と異なるものであったこと(文民統制との関係)

大きく言うとこの2つでしょう。これに加え、大学生の作文レベルの文章によって「日本の自衛隊の能力の低さを国際社会に露呈した」という点から批判されることがありますが、直接的な更迭の理由は上の2点ではないかと思います。

○鳩山氏の批判は見当違い

しかし、冒頭の民主党・鳩山幹事長の発言はどうでしょうか。なにかピントがずれていると思わざるをえません。しかも、「二度とこのような発言をする人が政府の中にいなくなるよう戦っていく」ってファシズムですかあなた?大きく言えば「このような発言をする人が政府の中にいなくなる」必要はないと思います。政府といっても一枚岩ではないのですから、多少、おかしな発言をする人がいてもかまわないと思います。

問題はそこではありません。「早くトカゲのしっぽを切った方がいいと思っているならとんでもない間違いだ」という言葉の後に続けるのなら、問題にするべきは、「自衛隊という組織の中、特に上層部に同じような考えの人間がほかにもいないか」ということなはずでしょう。文民統制を受ける自衛隊という立場上、「職務に関すること」に関しては、完全に思想・信条が自由があるというわけではありません。そうでなければ、いつ自衛隊が暴走して政治のコントロールを離れるか、心配しなければいけなくなるからです。もちろん、思想・信条の問題で逮捕・拘禁をされてはいけないと思いますが、職務と密接に関することであれば、「更迭」は仕方がない話だと思います。

今回の件では、迅速な対応によって麻生首相の方がポイントを稼いだという面もあります。鳩山氏としては、それに対して焦りもあったのでしょうが、結果として「何でもいいから政府を批判できれば良い」という無責任な印象を与えた面が大きかったのではないかと思います。

だから、自民党がいまいちでも民主党には期待できないんだよな、次の選挙どうしよう…。と、あらためてそう感じる晩秋の東京なのでありました。

○参考

「麻生自民党か小沢民主党か」の政権選択となる次の衆院選を前に、有権者の目には、両党はいずれも、積極的に政権を託したい政党とは映っていないようだ。

自・民に「不満」8割、「期待」ともに5割…読売・早大調査
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080116-907457/news/20081018-OYT1T00550.htm

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過酷な取り調べによる冤罪の疑い

愛知県一宮市大赤見の金属加工業「仲孝工業所」で九月、経営者の仲島孝治さん=当時(57)=が工場内のクレーンにつるされて殺害された事件で、一宮署捜査本部は四日未明、殺人の疑いで近くに住むおいの仲島弘将容疑者(32)を逮捕した。

(中略)

三日朝から、弘将容疑者らに任意同行を求め事情聴取していた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008110402000076.html

まだ裁判も始まっていない中、この事件が冤罪になると決めつけるのではありません。でも、どんな事件にも冤罪になる可能性があります。

そういう視点で考えると、この逮捕、明らかに不自然なところがあります。三日朝から事情聴取をしていて、そのまま四日未明に逮捕。要するに、この容疑者は24時間近くにわたって聴取を受けていたことになります。これは日本の警察では当たり前のことなのかもしれませんが、常識的に考えたら明らかに異常です。寝る時間も与えられないまま事情聴取を受け、気がもうろうとする中、自白をしてしまった…。そういうシナリオを考えるのは自分だけではないでしょう。記事の書き方からして、「決定的証拠」がなかったということも分かります。日本の司法では被疑者の人権が軽んじられているということが専門家から指摘されていますが、まさにその実例と言えるのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、この事件が冤罪になるかどうか、この記事だけから決めつけることはできません。しかし、そういう可能性もある。そういうところから司法制度を考えていくことが、民主主義の社会の国民に求められているのではないかと思います。いつ自分が不当に逮捕されるか分からない。そこを出発点に考えなければ、「裁判など適当にやって死刑にすれば良い」という恐ろしい発想になってしまうからです。

こういう記事を見て、「こんな残虐な事件に関して冤罪を疑うのは被害者に失礼だ」「警察の能力を疑うのは警察に失礼だ」そう考える人はまさかいないと思いますが、もしいたなら、そういう人こそ、かりにも民主主義の制度を取る日本という国を破壊する犯罪者と言えるでしょう。どんなに残酷な犯罪であっても、一人の犯罪者の手で日本の社会制度そのものが崩れることはありません。しかし、無知な国民が集まれば、「国」などというものはいとも簡単に破壊されてしまうものだからです。

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次はコーヒーダイエット?

コーヒーに脂肪肝を抑制する効果があることが、三越総合健診センター(東京都新宿区)の船津和夫所長らの調査で分かった。脂肪肝の人はコーヒーを飲む量が少なく、飲む量が減った人は発症する率が高かった。 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008110400060

この記事に対して「相関関係は示しているけれど因果関係は示していない」という反論をする人が何人かいましたが、それは批判として当たらない可能性が高いのではないかと思います。さりげなく書いてあるので分かりづらいのですが、この調査のポイントは「飲む量が減った人は発症する率が高かった」というところにあります。要するに、同じ人でも、コーヒーを飲む量が減ると脂肪肝の増加につながるということを示しているのです。これは、「相関関係だけではなく、因果関係もある」という可能性を格段に高めることになります。

厳密には、たとえば途中に「味覚の変化」というファクターを置いて、「脂肪肝になると味覚が変化し、それによってコーヒーを飲みたくなくなる」「ある味覚の変化が、脂肪肝とコーヒーを飲まないという行動の両方を引き起こす」という可能性を考えることはできます。ただ、「脂肪肝の人はコーヒーが嫌いだ」というような、多くの人が考えるような可能性については調査の中で否定されている可能性が高いでしょう。

実際、カフェインの作用としては、「代謝を亢進させる」「気分を高揚させる」ということが良く知られています。したがって、この調査結果から予想されるのは、「コーヒーを飲むとカフェインの作用で代謝が亢進し、脂肪を燃やす(カプサイシンのような効果)」「コーヒーを飲むとカフェインの作用で気分が高揚し、食欲が減退する(覚醒剤のような効果)」ということです。他の薬物との関係から考えて、どちらも十分に考えられることです。

もちろん、今回の調査だけを理由に「コーヒーで脂肪肝を防ごう」とか、さらには「コーヒーでダイエット」というのは早とちりのし過ぎではないかと思います。ただ、あえて今回の調査結果から健康・減量目的でコーヒーを飲もうとするのであれば、「食前の一杯のコーヒー」が有効かもしれません。これならチョコレートダイエットと同じような食欲減退効果が比較的期待できそうだと思われるからです。あくまで机上の空論ですが…。

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「ホテルのバー」で麻生首相を攻撃するマスコミの下劣さ

くだらないゴシップネタで、このブログで扱うのもはばかられる内容ですが、気分転換に少々…。

麻生首相がホテルのバーに通っていることが、大手のマスコミに叩かれてるみたいです。書いているのは、スポーツ紙やゴシップ誌かと思えば、朝日、読売、毎日、産経と大手が揃って批判しているのだからあきれたもの。これほど品性が下劣な人たちが、日本のマスコミを動かしているのかと思うと、この国の国民の端くれとして恥ずかしくなります。

自分の認識が間違っていなければ、政治家、医者、マスコミの社員など世の中の「お金のある人たち」は、銀座のクラブとか高級料亭とか、一晩数万するような場所に行っているものと思っています。もちろん、自分はそんな場所に一度も行ったことはありません。ところが、ホテルのバー、宿泊は目玉が飛び出るような値段のところでも、一杯2000円とか、そんな程度の値段から飲めます。チャージを入れても、ちょっと洒落た居酒屋より安くなるような値段です。自分のような貧乏人でも十分行ける場所なのです。居酒屋では注文をしないで長居をしづらいということを考えると、時間あたりのコストパフォーマンスでは、下手な居酒屋より上にもなります。ホテルオークラも帝国ホテルも、バーに関しては利用したことが一度もありませんが、どちらももはや都内で「超高級」ホテルではありませんので、バーの値段だけがめちゃくちゃ高いという事態は考えられないでしょう。

というように、ホテルのバーは十分「庶民的」な場所だと思うのですが、そもそも麻生首相が「庶民的」であることにどんな意味があるのでしょうか。麻生首相はもともと「超」金持ちの家の出身で「庶民」ではないわけですが、その点を度外視しても、総理大臣としての報酬だけで4300万円。1日3万円で飲み歩いても年間1000万円。収入の規模からして、その程度の飲食は当然でしょう。麻生首相を批判するマスコミは、その金を株に回せと言っているのか家具や内装に使えと言っているのか、あるいはマスコミに工作資金として寄こせと言っているのか分かりませんが、いずれにせよ、国民の嫉妬心を煽って、首相がポケットマネーで飲食をすることを批判する品性は下劣としか思えません。

まぁ、ネット上でブログ等を見ていると、マスコミに共感している意見はほとんどなく、マスコミが「から騒ぎ」をしているということが明白なんですが…。

最近の報道を見て、自分が一番心配なのは、このニュースをきっかけに「ホテルのバーは実は安い」ということが広まってホテルのバーに人が集中するようになったり、値段が高くなったりすることかもしれません(笑)。

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国連自由権規約委員会の報道における代用監獄の記述について

この記事に関連して、メインのブログの方に以下の記事を書かせてもらいましたので、合わせてご覧いただければと思います。(ちなみに「ニュースな待合室」は「情報学ブログ」のサブブログです)

死刑制度と人権
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-5026.html

国連自由権規約委員会が日本の「死刑制度」「代用監獄」を始めとする司法制度に疑念を持っているということが伝えられています。

この問題でやり玉に挙げられている「代用監獄」。2ちゃんねるあたりで適当なことを書いている連中は言葉も知らないんじゃないでしょうか。この記事で初めて耳にして調べる人も多いわけで、この言葉を使うかどうかだけでも、全く違った印象を与えると思います。そのことに注目して、各メディアの報道を見るとおもしろいことが分かります。

また、「人権問題では世論に流されるのではなく、政府が世論を誘導するべき」というのは、本来非常にまっとうな主張なんですが、こうしたことを教育の場できちんと教えられていない日本人には、理解できない人が多いのだろうなぁという気がします。

これに対して「日本は伝統を持った主権国であり、外部からとやかく言われる筋合いはない」なんていう人には、中国や北朝鮮の人権問題に対しても同じことを主張するのか聞いてみたいものですね。もちろん、国内問題として見たときには、世論を無視した政策が許されるわけではないのですが、それとこれとは別でしょう。

○代用監獄制度について言及なし・人権問題は世論に優先するという主張への言及なし

「日本は死刑減らすべき」 国連自由権規約委、10月末に勧告へ/日本経済新聞
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20081017AT1G1700917102008.html

→完全に政府の提灯持ち。読者に日本政府が「被害者」であるという印象を与えている。

○代用監獄制度について言及なし・人権問題は世論に優先するという主張への言及あり

死刑制度に不満相次ぐ=国連委の対日人権審査で/時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008101700119

→代用監獄制度については遠回しにしか書いていない。

○代用監獄制度について言及あり・人権問題は世論に優先するという主張への言及なし

日本の死刑、代用監獄に批判続出  国連委、10年ぶり対日審査/47 NEWS(共同通信配信)
http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008101701000190.html

○代用監獄制度について言及あり・人権問題は世論に優先するという主張への言及あり

日本の死刑・代用監獄に批判相次ぐ 国連規約人権委審査/朝日新聞
http://www.asahi.com/international/update/1017/TKY200810170051.html

死刑廃止:「勧告は…」国連人権委が日本批判/毎日新聞
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081017ddm012040030000c.html

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「公明党はばい菌」石井氏発言の裏に見えるもの

この発言をした石井一という人は、民主党内で公明党批判の急先鋒です。つまり副代表とは言え、民主党の内部で「特殊な存在」であることには変わりません。逆に言えば、石井氏は、民主党が後で公明党と連立を考えるときに「見捨てる存在」としてもっとも適している人なのです。

民主党にしてみれば、公明党の票を直接期待できない現在、「公明党との連立を否定」は明らかにプラスに働きます。かといって、政権獲得を考えると公明党を見捨てることもできません。そうした状況で、「石井氏に公明党批判をさせる」というのは、民主党として最善の選択と言えるでしょう。

選挙対策として「公明党とは連立しない」と言わせる一方、党として後で撤回する余地を残しておく。小沢代表の老獪な作戦ではないかと疑うのは考えすぎでしょうか。

民主党の石井一副代表は5日、テレビ朝日の番組に出演し、衆院選で政権を獲得した場合の公明党との連立の可能性について「一切ない。(同党は)ばい菌みたいなものだ」と否定した。そのうえで「公明党の票を4もらったら浮動票は6逃げていく」とも語った。

これに対し、公明党の太田昭宏代表は同日、千葉県松戸市での街頭演説会で「公党の副代表が、公党に対し、そんな不見識極まりない言葉を使うのはとんでもない話だ」と批判。石井氏に発言の撤回と謝罪を求める考えを強調した。

民主:「公明はばい菌みたいなもの」石井副代表
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20081006k0000m010072000c.html

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小泉氏が次男への世襲を宣言

今更言うことではないですが、世襲議員は、「票」とともに「利権」も引き継ぐので、国民向けの政治がしづらいということが良く指摘されます。また、世襲というだけで議員になるので、能力のある人材が活用されづらくなるという問題もあります。

ここで、「国民が選んだ二世議員を否定するのは民主主義の否定」などというのは、政治に対してあまりにも無知な考え方でしょう。

そもそも、民主主義は、選挙制度だけに注目すれば、完全なシステムではなく、「衆愚政治」「利権政治」に陥る宿命があります。そして、これを補うためにさまざまな努力が必要なのです。その中で、二世議員や利権政治家を許さないというような、国民の意識を向上させることは、重要なポイントの一つでしょう。書いたのがゲンダイということで、中傷に似たコメントが多いのですが、言っていることそのものは間違いではありません。

また、この記事に対して、「他にも世襲議員は多いのに、小泉氏だけを批判するのはおかしい」という批判があるようですが、これは小泉氏が、「議員の世襲」を含めた「古い政治のあり方」に対して批判的であった―と、少なくとも国民からはそう思われていたという事情を無視して考えることはできないでしょう。「小泉政治」と言っても、20歳前後の若い世代の人には縁がない話なのかもしれませんが、せいぜいそのくらいの勉強はしてほしいと思うものです。

「私が初めて立候補したときよりしっかりしている」と紹介し、世襲批判には「親バカかもしれないが、私も普通の親」と開き直った。

こんな小泉の引退に「引き際が潔い」「権力に執着しない」「小泉流の美学」といったお追従が聞かれるが、これほど醜悪な引退劇も珍しい。マトモな人間なら、子供を後継から外すものだ。

この人の性(さが)は“心底から”腐っている
http://news.livedoor.com/article/detail/3842537/

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中国風の日本茶の飲み方

京都ですすり茶の飲み方を提唱している舞妓の茶本舗さんに伺ってみたところ、これは福岡県の八女(やめ)で考案された飲み方だそう。

秋の夜長に“すすり茶”、いかがですか?
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1222311863513.html

「すすり茶」は中国で一般的な烏龍茶の飲み方です。おそらく、かなり昔から続けられてきたものではないでしょうか。中国との経済交流が盛んな今日、日本人でもこのことを知っている人は少なくないでしょう。半発酵茶である烏龍茶には、日本茶と区別がつかないくらい未発酵のものもありますので、それを日本茶に応用できると考えるのは、きわめて自然なことです。

それが「最近になって八女で考案された」ように受け止められる、この記事っていったい何?

本来のオリジナルはどこだか知りませんが、少なくとも「八女で考案」されるよりはるかに前から、烏龍茶の飲み方として一般的なことは間違いありません。

「すすり茶の発祥は八女」などと、人前でいったり、ましてや新聞記事にしたりするような恥ずかしい言動は慎みたいものです。

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表現の自由とそのコスト

市議会紛糾の問題作『コドモのコドモ』ついに公開!
http://www.cyzo.com/2008/09/post_980.html

小学5年生の女の子が子どもを産むという映画が話題です。

この映画が社会に与える影響ということに関して言えば、この映画が性行為の低年齢化にプラスに働く可能性は否定できません。映画そのものを見ていないので、あまりはっきりしたことは言えませんが、たとえこの映画がそうしたことに批判的な態度で臨んでいたとしても、それがよほど徹底されていない限り、そうした影響を持つ可能性が高いと思われるからです。

したがって、この映画が公開されることに顔をしかめる気持ちは分からないこともありません。

しかし、そうした危惧を最大限に認めたとしても、こうしたcontroversialな映画の公開には、最大限、応援したい気持ちでいっぱいです。それは、こうした映画が公開される自由が認められる社会であることが、性道徳の問題などよりはるかに重要な、そして、自分が生きる社会の行方を左右する…重要な問題であると思うからです。

民主主義の社会は決して万事がうまくいく理想的な社会ではありません。しかし、さまざまなコストを支払っても守っていく価値がある。そういう経験則の中で、世界的に主流となっている考え方ではないでしょうか。

日本は「自由」を理念とする近代の法体系を導入しながら、その意味を教育の現場で伝えてこなかったというのが現状です。その「ツケ」が、今、さまざまな形で現れているのではないかと思います。

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関西弁の新聞記事タイトル

パスタ鍋の取っ手外れやけど、イオンが1万4700個回収
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080926-OYT1T00580.htm?from=main5

この記事のタイトル、関西弁なのに加え、意味もよく分からないと思った人!!

いませんか?
自分はそう思いました。

「取っ手」に「当たり」と「外れ」があり「外れやけど回収」??
いったい何なのでしょうか?

良く見てみたら、「やけど」は関西弁の語尾ではなく、「火傷」のことだということが分かりました。

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バナナダイエットは尿管結石の可能性を高める

バナナダイエットが話題で、小売店でバナナが品薄な状態が続いています。

ダイエット効果そのものについては分かりませんが、バナナを食べ過ぎるとシュウ酸がたまって尿管結石になりやすくなるというのは周知の事実。

ほうれん草はいったん茹でこぼした方が良いというのを実践している人は多いと思いますが、生のほうれん草と同等のシュウ酸が含まれているのがバナナなのです。バナナと同量のほうれん草を「生で」食べたときのアクの強さを考えれば、どれだけの量のシュウ酸を取っているか想像できるでしょう。

対策としてはバナナと同時にヨーグルトや牛乳などの乳製品を取ることなのですが、「バナナダイエット」では水しか取ってはいけないそうで、シュウ酸がそのまま体に入ってきます。

バナナダイエット、大部分の人はすぐに飽きるでしょうから大した問題ではないと思います。ただ、変に律儀な人がこのダイエットを続けると、冗談抜きで尿管結石の心配をしないといけなくなると思うので気をつけた方がいいかもしれません。

○追記

ちなみに、こちらのサイトでは、「友人の医者」の情報を元に、「シュウ酸が原因になるとはほとんど考えられない」と書いてありますが(http://ameblo.jp/hamac-tp300/entry-10029789650.html)、こちらのサイト(泌尿器科の医者)は8割はシュウ酸が原因と書いてあります(http://www.kiichi.com/hinyouki/stone/stone.html)。素人のブロガーの、これまた名前も分からない「友人の医者」と、「泌尿器科の医者」とどちらを信じるのかは自由ですが、結論は明らかではないでしょうか。

○参考記事

バナナが消えた!「ダイエット効果」人気過熱
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20080927-OYO1T00438.htm?from=top

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中山国交相辞任―正論という自己満足

中山国交相。言ってることはそれなりに正論です。成田の「ごね得」は事実だし、「日教組の弊害」も周知のところでしょう。「単一民族」も、それを主張したわけではなく、他の話の流れの中で出てきたものなので、不用意とは言え、撤回すれば良い話。

ただ、政治家の力量という意味では疑問を感じざるをえません。

成田空港問題に関して「ごね得」というのは、事実であっても国交相が言う際には細心の注意が必要なことです。国vs.地権者という対立の構造から言えば、中山国交相の発言は「交渉相手の感情を無駄に害する背信行為」と言えるからです。むしろ、「成田空港の問題」そのものに注目した話の流れで、「ごね得になっている現状はおかしい」と主張したなら良かったのでしょうが、「戦後教育」と結びつけたのはアウトでしょう。交渉相手の人格攻撃とも言える発言は、通常の政治家ならともかく、国交相が行って良いことではありません。

一方、日教組の件は、一政治家としての発言なら、そして他の失言が問題になっていない状況なら、それほど問題はなかったかもしれません。しかし、失言問題で辞任が騒がれている最中、最後に吐き捨てるかのように日教組の解体にまで言及したことは、政治家として適切な判断ではないでしょう。

マスコミや野党の批判も当を得たものとは思えませんが、それに対する対応もあまりにも稚拙だったのではないでしょうか。

ある方が「政治家は結果を出すのが仕事。正論を言うことに対する自己満足に陥っていたのではないか」と言うことをおっしゃっていましたが、まさにその通りではないかと思います。

○参考記事

中山国交相:28日辞任 就任から5日 問題発言責任取り
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080928k0000m010107000c.html

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スクラロースというハロゲン化合物

最近、「ハロゲンフリー」という言葉が生まれてきているようです。ハロゲンというのは、フッ素、塩素、臭素といった元素で、化学反応によってダイオキシンなど非常に有毒な物質を作ることで有名です。食塩(塩化ナトリウム)などの例外はありますが、多くの場合反応性が高く、予期できないような物質を作ってしまうという性質を持っています。ハロゲンフリーというのは、主に塩化ビニール(塩ビ)などのプラスティック製品に含まれているハロゲン元素をなくそうという運動であり、ソニーやパナソニックなどの家電メーカーが推進しているものです。

さてさて。話は変わりますが、最近、清涼飲料水の人工甘味料として「スクラロース」というものが使われていることが気になっていました。基本的に人工甘味料の不自然な味が嫌いな自分ですが、スクラロースは比較的自然な甘みを与える甘味料であると思い、むしろ気に入っていたくらいです。

しかし、あるときたまたまスクラロースの分子式を見て以来、、気持ち悪くてスクラロース入りの飲料を飲む気がなくなってしまいました。なぜって、いかにも人工的なハロゲン化合物だったからです。

一般に、天然の生体分子にハロゲンを持つものはほとんどありません。そこにハロゲンという「よそもの」が入ってしまうと、予想外の強力な効果をもたらすことがあります。その中でも悪役の代表的なものがPCBやダイオキシン、良い効果があるとされているのがスクラロースということになるのでしょう。ただ、生体内の化学物質は常に化学反応をしています。スクラロースは加熱すると分解して塩素ガスが発生することが知られているようですが、これと似たような反応が低温で起こると、「塩素ラジカル」という反応性の高いものが生じ、これが他の分子を攻撃して、予想外の変化を引き起こすことになります。これはあくまで妄想ですが、スクラロースのハロゲン基が、さまざまな生体分子に転移し、それがさまざまな毒性を持ちそうな…そんな印象を化学式から受けてしまうのです。

食品添加物にはさまざまなものがあるわけですが、「ハロゲン化合物」がそのまま食品添加物になっているのは、スクラロースだけだろうし、その意味で不安というのもあります。

これは全く科学的な知見ではなく、あくまで自分個人の感覚的な問題です。きちんとした手続きを踏んだのであれば、この物質が食品添加物として認可されていることに異議を唱えるわけでは全くありませんし、公的な規制をしろと言っているのではありません。ただ、すごく気持ち悪いのです。たとえば、「この料理はトイレの便器から取ってきた水を元に作られていますが、きちんと殺菌しているので問題ありません」「客がむかつくので、料理人がつばを入れたけれど、その後加熱してあるから食品衛生上の問題はありません」などと言われているようなものでしょうか。

とりあえずスクラロースの化学式を見て以来、スクラロースを含む食べ物は口にしていません。理屈ではなく、生理的に受け付けないような気がするからです。一生これを続けるかどうかは分かりませんが、とりあえずトラウマになりそうな化合物であることは間違いないようです。

○追記(2009/8/25) 最近では自分も普通にスクラロース入り飲料を飲んでいます。やはり慣れの問題なのでしょうか。

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汚染米問題でアフラトキシンが、そしてアフラトキシンだけが問題である理由

今回の汚染米問題ではさまざまな種類の汚染米が取り上げられています。しかし、その中には「それほど騒ぐまでもないようなこと」「非常に危険なこと」が混ざっており、それを切り分けて考えないといけないのも事実です。

結論から言えば、今回の問題でもっとも注目されるべきなのはアフラトキシンによる汚染であり、それに比べればそれ以外の汚染のリスクははるかに小さいと言えます。ところが、農水省やマスコミはそのことには触れず、アフラトキシン以外の汚染米に関する情報ばかりを流しています。これでは、「国民の目を欺いているのではないか」と疑われても仕方ないでしょう。

○焼酎については蒸留されるので事実上問題ない

焼酎の場合、「共沸」というメカニズムで若干製品に残る可能性はあるが、極端に薄められることになるので、健康被害は考えにくいのです。特にアフラトキシンは、融点が200℃以上と高いため、共沸する量はかなり少ないと思われます。

ただ、「少ない」とは言っても、やってみないと分かりません。実験をするのはそれほど難しくないわけですから、早急に実験結果をまとめ安全宣言を出すべきだと思います。

(追記)めざまし土曜日という番組中で、アフラトキシンに関して、これに類する実験が行われたようです。直接見ていないのですが、伝わってきたデータの表記の仕方からして、共沸の影響が1/100以下というレベルの精度の実験と言えるでしょう。この程度なら、実験をする前から分かっているのに加え、きちんとした科学的手続きが踏まれていないので、理論的にはほとんど意味がないと思います。きちんとした条件で実験すれば、1/10000~100000というような非常に精度の高いレベルで安全性を確認できるはずなので、どこかの研究機関でこういった検証をすると良いと思うのですが…。

今の日本はこういった研究を評価する雰囲気ではないということが、もう一つの問題としてあるのかもしれません。

○メタミドホスはそもそも健康被害をもたらす量ではない

メタミドボスは、もともと低濃度で作用するような物資ではなく、規制値はかなり厳しく設定されています。実際に健康被害をもたらすかどうかというより、何かの拍子に間違って大量に混入するということを防ぐための設定と考えた方が良さそうです。その上、報道されているように、時間が経つと分解する性質もあります。

したがって、農水省の発表の通りなら、米飯として食べたとしても大した問題ではありません。もちろん、検査そのものの信憑性はあるので絶対とは言えませんが、ただちに危ないということにはならないでしょう。

特に、焼酎の製品への混入に関しては完全に無視して良いレベルではないかと思います

○問題は「焼酎以外に利用されたアフラトキシン汚染米」

要するに、上の二つ以外の汚染米が「危険」ということになります。それは、ずばり、「焼酎以外に利用されたアフラトキシン汚染米」です。

アフラトキシンは非常に高い発がん性を持つ物質であり、一応、規制値が設定されているものの、「規制値以下でもできる限り摂取しない方が良い」と言われている物質です。そのアフラトキシンが規制値を超えているのですから、問題がないはずがありません。

しかも、アフラトキシンは非常に分解しづらいため、高温で熱してもほとんど分解せず、家畜の飼料として使われても肉に残るから危険と言われている物質です。要するに、絶対にあってはいけないのが「アフラトキシン汚染米」だったのです。

今回の事故米騒動を見るとき、さまざまな情報が錯綜しているように思えるのですが、もともと「焼酎以外に利用されたアフラトキシン汚染米」以外は大した問題ではありません。「焼酎以外に利用されたアフラトキシン汚染米」に絞ってこの問題を考えていくことが、問題を整理する上でも不可欠なのです。

○「何かを隠している」という疑念

ところが、農水省から出てくる情報は、メタミドホス等、他の種類の汚染米についてのものがメインであり、アフラトキシンに関する情報はほとんど出てきません。焼酎メーカーに販売されたアフラトキシン汚染米がどの程度で、それ以外にどの程度の汚染米があるのか、そういう基本的な情報ですら隠蔽されているのです。

ネット上ではすでに、「政府やマスコミは、アフラトキシンの問題を隠すために、メタミドホスに関する情報ばかりを流している」という声が聞かれます。毒性の強さの違いからすれば、これは全くもって自然な反応でしょう。

雪印や不二家の問題以来、消費者の信頼を傷つけるような不祥事は、「何か隠している」という印象を与えないことが重要だと言われるようになりました。しかし、今回の問題に対する農水省の対応は、まさに「隠している」「まだまだ出てくる」という印象を植え続け続けていることになります。これでは、汚染米はもちろん、コメ全体、さらには食品行政全体への信頼を失わせることになります。

今回の問題は、船場吉兆やミートホープの問題と違い、国の当事者としての関与が非常に高いという面で、ずば抜けていると言えます。農水省の方に置かれましては、「社保庁と同じように農水省も解体するべき」という意見が広がる前に、「まともな食品行政」をなさることを強くおすすめする次第です。

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日雇いでソフトウェア開発ってどういうこと?

日雇い派遣の禁止例外リスト(日雇い派遣が可能な業種)改正案が発表されました。見ると全く意味不明なんですが…。他の人もそれぞれの視点で指摘していますが、自分が見ただけでも「意味不明」なものがたくさんありました。

自分は日雇いで働いたことも、日雇いの人と一緒に仕事をしたこともないので正確なことが分からないのですが、意味合い的に「一日で完結する仕事」じゃないと意味ないんじゃないですか?この理解間違っていますか?

・ソフトウェア開発
・機械設計
・研究開発

こんなものが一日で完結すると思えません。ソフトウェア開発なら仕様を理解するだけで時間がかかるし、小さなツールの場合、すぐに辞められたら逆にメンテナンスに余分なコストがかかります。短期の派遣やアルバイトなら分かりますが日雇いは意味不明です。研究開発だって、計画の立案から完了まで一日で終わる案件なんてないでしょう。少なくとも医学生物学分野では絶対にありえませんし、他の分野でもさすがに「1日」はないんじゃないでしょうか。

・通訳・翻訳・速記
・添乗
・案内・受付
・OAインストラクション

このあたりなら分からないこともないのですが、同じく「一日で完了する可能性のある仕事」でも、

・事業体制の企画立案
・調査
・セールスエンジニア、金融商品の営業

あたりは、責任の大きさや、継続性からして、個人での業務委託の方が適当で、いずれにせよ「日雇い」が適切とは思えません。

結局、日雇いっていうのは、単純労働に適した雇用体制で、「専門性が高いものだけを許可」なんて言う考え方が破綻していると思うのですが、いったいどうなんでしょうか。

労働者派遣法改正案を審議している厚生労働省の審議会で12日、公益委員の有識者らから改正案が示された。例外的に日雇い派遣を認める業務として、通訳など18業務が盛り込まれた。

例外とされたのは「日雇い派遣が常態で労働者保護に問題がない業務」。派遣法施行当初から専門性が高いとして派遣が認められてきた26業務を基本に、既に一般的な業務になったものなどを除いた。審議会は今月中に意見をまとめ、厚労省の改正案の骨格となる。

◆18業務は次の通り。

▽ソフトウエア開発▽機械設計▽事務用機器操作▽通訳・翻訳・速記▽秘書▽ファイリング▽調査▽財務処理▽貿易取引文書作成▽デモンストレーション▽添乗▽案内・受付▽研究開発▽事業体制の企画立案▽書籍等制作・編集▽広告デザイン▽OAインストラクション▽セールスエンジニア、金融商品の営業【東海林智】

労働者派遣法:日雇い派遣の禁止例外に18業種…審議会
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080912k0000e010032000c.html

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偏向報道と騒ぐ人たちの偏向という滑稽

映画監督が天皇批判の映画ポスターを街路灯に貼ったことで軽犯罪法で逮捕されたという事件がありました。ところが、その報道の仕方が「偏向している」と騒がれています。どうも、「ポスターを張ったのが悪くて逮捕されたのだから中身は関係ないはず。それなのに『天皇批判』と強調するのは偏向報道」というのが彼らの主張のようです。

別に毎日新聞の肩を持つわけではありません。過去の記事を見てもらえれば分かるように、おそらく大手紙の中で、自分が一番批判的な態度を取っている新聞社と言えるかもしれません。ついで言うと、この映画監督の行為を、「表現の自由」と擁護するつもりもありません。

しかし、それを全部差し引いて考えても、この記事を偏向報道と騒ぐ人たちが、相当「偏向」しているのは間違いないでしょう。かりにそうでないとしたら、東京には修学旅行くらいでしか来たことがなく、東京の街路灯にチラシがたくさん張られていることをご存じないような人なのではないかと思います。

東京の街路灯なんて、ポスターやチラシだらけです。大部分は怪しいチラシ、ピンクチラシの類ですが、中には英会話教室などのポスターもあります。でも、普通、チラシやポスターを張ったからって、逮捕されるわけではありません。「たまたま見つかって」逮捕されることはあるでしょうが、ピンポイントを狙って捜査するようなことは、普通、行われないわけです。

ところが、この事件の場合、貼っている内容が、「天皇家批判」だったということで、逮捕されました。

逮捕したのは公安部の捜査員だったということから「ポスターの内容」に立ち入って取り締まられたということ分かるし、「警戒中の捜査員に逮捕された」という記事の表現からして、「たまたま見つけて逮捕」ではなく、この映画監督を尾行し、ポスターを貼っているところを見つけて逮捕という流れであることが分かります。別件逮捕の疑いすらあります。

それでも、「天皇家批判の映画ポスター張った監督逮捕」という表現が「偏向している」のでしょうか?この記事は別に映画監督の行為を擁護しているわけではありませんし、不当逮捕だと言っているわけでもありません。おそらく、これを書いて記者としては、「精一杯警察の見せしめに協力して記事を書いたのに、何で批判されるんだ」と泣きたい気分なのではないでしょうか。

映画の内容や監督の行為の是非を別にしても、こういった記事に対していちいち噛みつく人の方が、はるかに偏向しているのは間違いないでしょう。教育レベルの低下だか何だか分かりませんが、こういった人たちが増えていることは、今の日本にとって最大の「危機」ではないかと思います。

○追記(9/18)

この記事に関して、mixi上でさまざまな意見をいただいたのですが、その議論を通して、この記事を「偏向報道」を騒いでいる人たちの多くは、「公安」というのが何だか全く理解していなかったということが分かりました。それで「日本には天皇批判を取り締まる部署はない。お前が言っていることは妄想だ」などと平気な顔をして言うのです。ちょっとネットで検索すれば分かるような話なのに…。

これは知識とか常識とかの問題なので、彼らが自分の主義主張と相容れない情報を意図的に無視する傾向があるということを差し引いて考えたとしても、彼らのことを「偏向」とか、「教育レベルの低下」などと書いた記事の本文はちょっと言い過ぎだったかもしれません。

考えてみると自分も二十歳前後のとき、「公安」なんていうものについて、良く知らなかったような気がします。年を食って多少の知識を身につけたくらいで、知識のない彼らのことを批判するのはあまり格好の良いものではなかったなと。反省を込めて追記させてもらいます。

○参考記事1

天皇家を批判する映画の宣伝ポスターを許可なく張ったとして、警視庁公安部は11日、住所不定、映画監督、渡辺文樹容疑者(55)を軽犯罪法違反(張り札行為)容疑で現行犯逮捕した。一緒に作業をしていた30代の女性も同容疑で書類送検する方針。

調べでは、渡辺容疑者は11日午前4時10分ごろ、東京都江東区亀戸4の街路灯に、「現天皇は昭和天皇の子供ではない」などと訴える自作の映画「天皇伝説」の宣伝ポスター数枚を張った疑い。今月に入り、同様のポスターを都内で約100枚張っており、警戒中の捜査員に逮捕された。

渡辺容疑者は90年、カンヌ国際映画祭にも出品した「島国根性」で、日本映画監督協会新人賞(奨励賞)を受賞した。天皇制に反対するテロリストを描いた「腹腹時計」などの作品がある。

軽犯罪法違反:天皇家批判の映画ポスター張った監督逮捕
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080911k0000e040067000c.html

○参考記事2

警視庁公安部は11日、住所不定、映画監督の渡辺文樹容疑者(55)を軽犯罪法違反容疑で現行犯逮捕した。

発表によると、渡辺容疑者は同日午前4時過ぎ、東京都江東区亀戸4の路上で、自分が監督した映画「天皇伝説」の宣伝ポスターを無断で街路灯に張った疑い。

公安部幹部によると、渡辺容疑者は30歳代の女性と一緒に周辺の街路樹などにもポスター数枚を無断で張っており、公安部の捜査員が呼び止めたところ、車で立ち去ろうとしたため取り押さえたという。都内では先週末ごろから、同じポスター約100枚が無断で電柱や街路灯など張り出され、公安部で警戒していた。

渡辺容疑者は、天皇制に反対する活動家を描いた「腹腹時計」や、中学生の自殺の原因を探った「ザザンボ」などの作品がある。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080911-OYT1T00749.htm?from=navr

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アフラトキシンの毒性はどのくらいかまとめてみた

9/13 解説記事を全面改訂し、大幅にデータ・出典を充実させました。図に掲載したデータ以外にも多数のデータを掲載したので参考にしてください。

9/16 「その他の論点」として、「アフラトキシンの毒性の評価」以外に、事故米中のアフラトキシンの偏りなど、関連する論点を取り上げました。

三笠フーズの汚染米騒動でアフラトキシンの毒性が話題です。動物実験でアフラトキシンが実験動物の100%に肝臓がんを引き起こすという実験データが話題になり、ここから、「100%肝臓がん」という言葉が一人歩きしている面もあるからです。

では、アフラトキシンはどのくらいの濃度でどのくらいの毒性をもたらすのでしょうか?ネット上で手に入るリソースをもとに、アフラトキシンの毒性を検討してみました。実は、この記事を書くに当たって、「どうせそんな毒性があるわけないだろう」という先入観を持って調べたのですが、実際に調べたみたら、解釈によってはかなり危険とも言える分かりました。何よりすみやかな詳細な調査と情報の公開が必要ではないかと思います。

結論を先に言うと、

1.事故米を米飯として毎日食べると、ラットがかなりの確率で肝臓がんになると言われる量を摂取することになる

2.年に数回のペースで事故米に汚染された米菓(せいべい、おかき等)を食べるだけでも、健常人10万人中あたり0.01人、B型、C型肝炎キャリア10万人あたり0.3人が肝臓がんになると言われる量を超えてしまう。

3.多くの人が、1と2の中間の量の事故米を摂取していると思われるが、その影響は未知数。ただ、かなりの影響を及ぼしている可能性がある。

図にすると以下のようになります。計算方法、情報の出典は、図の後に詳しく説明しているので、そちらをご覧ください。

Aflatoxin

携帯用画像(240x320, gif)

拡大縮小用画像( swf, svgz, emf, png)

携帯で画像が乱れる場合は「携帯用画像」をご覧ください。拡大縮小用画像は、引用時にご利用ください。(emfは200%以上の拡大用、pngは200%以下の拡大用。)

改訂の際、図のURLを変更することがあるので、図への直リンクはお避けください。


解説

○事故米のアフラトキシン濃度(農水省)

まず、本題に入る前に、今回の事故米のアフラトキシンの濃度を確認しておきます。農水省の発表によると、アフラトキシンの濃度は、0.01ppm~0.05ppm(10ppb~50ppb)ということになっています。(http://www.maff.go.jp/j/press/soushoku/syoryu/pdf/080905_2-01.pdf)

60kgの体重のヒトだとすると、

一日の摂取量を300g(米飯の場合)とすると、0.05~0.25μg/kg/日
一日の摂取量を30g(頻繁に米菓を食べた場合)とすると、0.005~0.025μg/kg/日
一日の摂取量を3g(月一回程度米菓を食べた場合)とすると、0.0005~0.0025μg/kg/日
一日の摂取量を0.3g(年一回程度米菓を食べた場合)とすると、0.00005~0.00025μg/kg/日

となります。

ただし、この計算は、事故米のアフラトキシン濃度が農水省の発表の通りであり、均一に汚染されているということを前提にしています。つまり、事故米のある部分にアフラトキシンの濃度が特別高い部分があれば、局所的にこの数倍、あるいは数十倍の濃度で汚染されている可能性もあります。逆に、農水省が測定した場所が、たまたま濃度が低かっただけという可能性もあります。

○急性毒性

毒性には、いくつかの種類があり、これは分けて考えないといけません。まず、重要なのが急性毒性と慢性毒性の違いです。急性毒性は、ある時点でその毒物を摂取したときの毒性、慢性毒性は長期間にわたってその毒物を摂取したときの毒性です。

急性毒性に関して、アフラトキシンは、それほど強くなく、メタミドホスとそれほど変わりません。LD50(半分が死ぬ濃度)動物実験の結果で0.3mg/kg(ウサギ)~17.9mg/kg(ラット)ということになっています。これは体重60kgで20mg~1000mg相当します。(1日当たりではなく、一度に摂取する量ということに注意してください)。これはもっとも高い濃度のアフラトキシンに汚染された汚染米で計算しても、20t~1000tです。これを短期間に食べたときの毒性が急性毒性ですので、これに関しては、基本的に心配しなくて良いということが分かります。(Newberne and Butler 1969(Review): http://cancerres.aacrjournals.org/cgi/reprint/29/1/236.pdf)

○慢性毒性

一方、問題なのが「慢性毒性」です。アフラトキシンの慢性毒性は、肝臓がんを引き起こすものだということが分かっています。では、アフラトキシンの慢性毒性はどの程度なのでしょうか。これを調べるには、大きく二つの方法があります。一つは実験室で実験動物に毒物を与えて調べる方法、もう一つは複数の地域での統計的調査)で測定された毒性です。

この二つは多くの場合、かなり異なるデータになります。ただ、それぞれ長所と短所があるため、この両方から毒性の評価がなされることに注意する必要があります。

○動物実験での慢性毒性

・Woganand and Newberne 1967

アフラトキシンの毒性に関してもっとも有名なのは、15ppbで100%のラットを肝臓がんにするというデータでしょう。この実験は、ラットに68~82週間、15ppbのアフラトキシンを含む餌を与えたところ100%(23匹中23匹)に肝臓がんが見られたというものです。(Woganand and Newberne 1967:データは以下の総説を参照http://cancerres.aacrjournals.org/cgi/reprint/29/1/236.pdfのTable 3)

このデータは飼料中のアフラトキシン濃度を基準にした結果ですが、すべてのラットが肝臓がんになるという15ppbは、事故米中のアフラトキシン濃度とほぼ同じレベルです。つまり、ラットが事故米を食べ続けると100%の割合で肝臓がんになることを意味します。

通常、毒性の度合いを測るときには、TD50といって、実験動物の半数に毒性が発現する(この場合は肝臓がんになる)量を見積もるのですが、この実験ではアフラトキシンの毒性が強すぎて、TD50を測定することができなかったということが分かります。つまり、この条件でのTD50は15ppbよりもはるかに少ない可能性があるということです。この実験結果こそが、アフラトキシンが「地上最強の発がん性物質」と言われるゆえんでもあります。

現代では、飼料中の濃度ではなく、1日あたりの摂取量(μg/day/kg)をもとに毒性を記述することが多いので、換算すると、ラットが摂取する飼料の量12.5g/day、ラットの体重を300gとして0.63μg/kg/dayになります。

・Butler and Barnes(1968)

一方、精製したアフラトキシンではなく、汚染された食物そのものを与えるという、上の実験とは違う条件では、TD50が200ppb(200ppbの飼料を与え続けると半数が肝臓がんになる)ということが分かりました。(Butler and Barnes 1968:データは以下の総説を参照http://cancerres.aacrjournals.org/cgi/reprint/29/1/236.pdfのTable 3)

これは、同じアフラトキシンでも、餌の条件を変えると大幅に毒性が変わることを示しています。人間の場合、食べ合わせの影響でアフラトキシンの影響が変わるということです。

・バークレー大学発がん性データベース

一方、バークレー大学の発がん性データベースによると、以下のような結果になります。

ラット:3.2μg/kg/day
マウス:(実験した濃度では発がん性が観察されなかった)
アカゲザル:8.2μg/kg/day
CYNOMULGUS猿:20.1μg/kg/day
ツパイ:26.9μg/kg/day
(http://potency.berkeley.edu/chempages/AFLATOXIN%20B1.html)

このことから、動物の種類によって10倍程度の差があるということが分かります。ただ、比較的人に近いと思われるアカゲザルでも、ラットに近い結果が出ていることから、「ヒトでは安心」ということにはならないでしょう。

ちなみに、ラットの結果に関しては、Woganand and Newberneの結果より、5倍以上毒性が少なく見積もられていますが、Butler and Barnesの結果とは同程度です。これには飼料の種類の違い、ラットの系統の違いなどが関係していると思われます。

・未確認情報

一部にラットが1ppb、104週間でも肝臓がんになるという噂があるのですが、情報源は2ちゃんねる等だけであり、この根拠となるデータは一切見つかりませんでした。1ppb、104weekでのラットでのデータとしては以下のものがあるのですが、アブストラクトを見る限り、「通常と変わらない」と書いてあります。本文を読まないと、肝臓がんを引き起こすか分からないのですが、検索した感じだと「ガセ」という可能性の方が高そうです。

http://www.springerlink.com/content/g31780u23g2013j2/

・動物実験の解釈について

発がんメカニズムはヒトとヒト以外の動物で基本的に同一であり、種や系統によって特殊な状況があるにしても、多くの種で一定レベルの毒性が見られれば、基本的にヒトでも同じレベルの毒性があると考えるのが毒性評価の基本的な考え方です。ただ、あくまでヒトでの実験ではないので、このままヒトに当てはまるわけではないということは考慮しないといけません。

○疫学調査での慢性毒性

・Peers & Linsell 1977

コメントをいただいたNATROMさんの情報から、IPCSで公表されている疫学調査の結果にたどり着くことができました。ここでは、Peers & Linsellの論文の引用として以下のようなデータが掲載されています。

これは、さまざまな地域で、実際に皿に盛られて出されようとしている状態の食事をサンプルとして集め、それと統計的に分かっている肝臓がんの人数を比較したものです。

Table 15. アフラトキシンの摂取レベルと原発性肝臓がんの発生数について入手可能なデータのまとめ(注a)

地域 アフラトキシン推定平均一日成人摂取量(ng/day/kg)(注b) 肝臓がんの登録数 10万人当たりの肝臓がん発生数
Kenya High altitude 3.5 4 1.2
Thailand Songkhla 5 2 2
Swaziland High veld 5.1 11 2.2
Kenya Middle altitude 5.9 33 2.5
Swaziland Mid veld 8.9 29 3.8
Kenya Low altitude 10 49 4
Swaziland Lebombo 15.4 4 4.3
Thailand Ratburi 45 6 6
Swaziland Low veld 43.1 42 9.2
Mozambique Inhambane(注c) 222.1 (注d) 13

注a Peers & Linsell (1977)による
注b 地域のビール?(native beers)に含まれるアフラトキシンは含まれていない。
注c 改訂された発生数の推定。Van Rensburg (1977)による。
注d 不明。ただし、100以上と思われる。

http://www.inchem.org/documents/ehc/ehc/ehc011.htm

このデータのうち、3ng/day/kg~10ng/day/kgはほぼ線形(アフラトキシンが2倍になれば肝臓がんの割合も2倍)で、計算すると、1ng/day/kgで、10万人あたり1年に0.4人が肝臓がんになるということが分かります。

一方、1件ですが、100ng/day/kgを超えるというモザンビークデータもあります。もしこのデータがそのまま日本に当てはまるのなら、事故米を食べ続けても10万人当たり13人しか肝臓がんにならないということですから、事故米の量(10t程度)を考慮すると「大したことがない」ということになると思います。

これは上の動物実験のデータよりも数万倍レベルで毒性が少なく見積もられていることになります。

ただ、100ngを超すのは1件のみであるため、統計的な信憑性はそれほど高くありません。したがって、これだけをもとに毒性を判断してはいけないという問題があります。

また、疫学調査であることに起因する、さまざまな問題があります。たとえば、実際には、これよりもずっと多い肝臓がんが発生しているのに、医療制度、特に疾病統計が未発達だったりするためにカウントされていないとい可能性も考えられるからです。実験動物ではすべての動物を解剖しているので確実にがんになったおいう判断ができるわけですが、疾病統計で同レベルで肝臓がんを見つけることが不可能です。また、複数の発がん性物質の組み合わせによる、肝臓がん以外のがんに対するリスクがが全く計算できていないという問題もあります。

さらに、同じ毒物でも寿命が長い日本では、より大きな影響を与えるという可能性、伝統的にアフラトキシンが食べて来なかった日本人と、古くからアフラトキシンと関わってきた民族では、遺伝的な耐性が異なる可能性もあります。

・JECFA

さて、上の疫学調査の結果はかなり古いものであり、B型/C型肝炎キャリアの計算がうまくできていないという問題もあります。こういったことを踏まえて出されたのが、JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)によるリスク評価です。

結論としては、体重1kg当たり1日1ngの摂取(体重60kgで0.06μg)で、アフラトキシン原発性肝臓がんになるリスクが健常人10万中0.01人、B型/C型肝炎キャリアで0.3人ということになっています。現在、aflatoxinの規制値を設定する上では、このデータが採用されているようです。

この原典となる資料はかつてネット上にあったようなのですが、リンクが切れてしまっていて、解説を頼りにするしかありません。内容の説明としては、このサイト(http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak140_136.html)が詳しく、途中の図に関しては、こちら(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/03/dl/s0311-5h_0001.pdf)が見やすくなっています。

このデータ、今回の汚染米の問題に無理矢理当てはめると、毎日アフラトキシン汚染米を食べていた人でも、10万人中3人程度が肝臓がんになるだけということになります。

ただし、今回の汚染米の問題のような非常に高濃度(1μg/day/kgレベル)まで、このデータが当てはまめられるかどうかは分かりません。Peers & Linsell 1977の場合は、モザンビークのデータが(1件だけですが)ありましたが、JECFAの場合、どの程度の範囲で調査をしたのか分からないからです。これについては、JECFAのデータの原典を当たって検討する必要がありますが、そこまで考慮されている可能性はかなり低いと言わざるを得ないでしょう。

また、上でも書いたような疫学調査の不正確さという問題は同じなので、そのことも考慮する必要があります。

○動物実験と疫学調査の違いをどう解釈するか

さて、このように見てくるとaflatoxinの毒性を考える上では、実験室での結果と疫学調査の結果があまりにも違うため、どう判断していけば良いのか迷う人もいるでしょう。

現実には「あまりにも厳しすぎる」実験室の結果ではなく、疫学調査の結果が強調された議論がなされることも多いようです。たしかに疫学調査には、前述したとおり、疾病統計そのものの問題や地域間の遺伝子の違い等、さまざまな要因があり、そのまま信用することができないのも事実ですが、それを踏まえても疫学調査の方が現実に近いと思われるからです。

ただ、動物実験の結果を無視して良いということにはなりません。食品規制も「検出されたら破棄」という非常に厳しい規制になっているのもそのためです。

さらに、今回の事故米の問題に関して言うと、事故米を毎日米飯として食べたような場合、疫学調査の結果がそのまま適用できるかどうか全く分かりません。その意味で、「15ppbで100%のラットが肝臓がんになる」というような動物実験の結果も同時に参考にしてくのが正しいと思われます。

やってはいけないのは、動物実験の結果と疫学調査の結果を単純に比較して、「疫学調査はヒトでの結果だから、より信頼できる」と断定することでしょう。2つの実験は、お互いに補完関係にあるものですので、それぞれの長所と短所を理解しつつ、総合的に判断していくことが必要だと思います。

(参考)動物実験の結果を無視し、疫学調査だけをもとにして事故米問題について評価したブログ

事故米のアフラトキシンによる肝癌のリスクを大雑把に計算してみた/NATROMの日記
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20080910

○その他の論点(出典不明の情報を含む)

・ロット中の偏りというリスク

カビ毒はロットの一部に偏りやすい性質があるので、全体の平均の1000倍レベルのアフラトキシンが含まれる可能性があるようです。さらに、測定した場所が「たまたま比較的アフラトキシンがそれほど多くない場所」だったという可能性もあります。極端な例を出すと、測定値が50ppbだとしても、その近くに50,000ppb(500ppm)レベルの超高濃度のアフラトキシンを含む塊があり、そこから漏れて出てくるわずかの部分だけを測定しているという可能性だってあるのです。

こうなると、状況によってはお茶碗1杯でも致死量、あるいはかなりの確率で肝臓がんになる量を食べることになる可能性があります。それも考慮して「検出されたら食用にはしない」というルールになっているわけなので、検出値だけをもとに安心かどうかを判断してはいけないというもあるようです。

・飼料用穀物について

飼料用に使われた焼酎かすがアフラトキシンを含んでいることを心配する声があるようです。また、アフラトキシン汚染米そのものの飼料用への転用を心配する声もあります。この心配そのものは間違っているわけではないと思うのですが、飼料用穀物の場合、事故米と比べものにならないほど大きなアフラトキシン汚染の問題があり、それに比べるとほとんど問題ではないとも言えます。

なぜなら、飼料用輸入トウモロコシのアフラトキシンは、もともと無規制状態であり、すでに問題になっているようだからです。300ppbレベルでも普通に飼料として使われているという話もあります。

焼酎かすとして飼料に使われる汚染米のアフラトキシンの影響は未知数ですが、最大限に見積もっても、飼料用輸入トウモロコシのアフラトキシンというもっと大きな問題からすれば、微々たるものであることは間違いないでしょう。

さらに言うと、三笠フーズの事故米のアフラトキシンを心配するくらいなら、飼料用輸入トウモロコシ経由でアフラトキシンに汚染されている肉や牛乳のアフラトキシンを心配した方が良いという見方もあるようです。これは事故米のアフラトキシンが問題ないということを意味するのではなく、「両方とも大きな問題だが、比較すると事故米の方が問題の程度が少ない」ということです。

○余談

にんじんなどのセリ科の野菜にアフラトキシンの発がん性の抑制効果があるらしいです。

University of Washington, Apiaceous vegetable constituents inhibit human cytochrome P-450 1A2 (hCYP1A2) activity and hCYP1A2-mediated mutagenicity of aflatoxin B1., 2006 Sep;44(9):1474-84. (PMID 16762476)

論文は孫引きですが、英語版のWikipediaで見つけました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Aflatoxin

上にリンクを張った総説記事では、飼料の種類によって10倍以上の毒性の違いがあることが示唆されていますが、それに類する効果は期待できる可能性があります。まぁ、もとの毒性が強すぎて10倍くらいじゃ大して変わらないかもしれませんが…。

○改訂履歴(大きなもののみ)

画像に間違いが含まれていたため訂正(9/11 2:16)
本文を全面改訂(9/13 4:10)
その他の論点を追加(9/16 0:49)

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フリースクールの暴行事件と家族の問題

京都のフリースクールで暴行事件がありました。こういった教育施設での暴行事件というと、戸塚ヨットスクールが多数の死亡者を出しながら、石原慎太郎都知事などの支援を受けて、いまだに経営を続けていることが思い出されます。(戸田ヨットスクールは石原慎太郎都知事の教育改革の「理想」とされているようです)

この2つの事件に共通するのは、運営側が、「子どもの言うことを信じるな」と言っていること。以下は、戸塚ヨットスクールのホームページからの引用です。

入校後は、ほとんどの生徒が脱走を試みます。そのことを予め承知しておかないと、子供のウソに幻惑されて家に入れてしまい、失敗します。一時的に良くなったように見えても、数週間程度の訓練では、必ず逆戻りします。

(中略)

平成11年8月まで訓練を続けたが、息子を溺愛する父親が引き取りに来てしまう。やっと人間性ができかかってきたところなのに、親のエゴで結局ダメにしてしまった。残念なケースである。
http://www.totsuka-school.jp/nyuukou/06_nyukou.htm

上の引用、多数の生徒を殺し、傷害致死で実刑判決まで受けた人の言葉です。まともな頭の人間が見れば、どれだけ恐ろしいことが行われているか、これだけでも想像が付くでしょう。今回の京都の事件でも、外から鍵をかけて監禁したり、親からの連絡を拒むなど、常軌を逸した措置が行われたいことが報道されています。

「子どもに何を言われても信じるな」という指導員。「たしかにそうだ」と納得する親。その間で、恐怖と疎外感を感じながら過ごしていく子どもたち。不登校も非行も大きく言えば「家族のコミュニケーションの不整合」が原因だと言えるわけですが、それが極限まで至ったのが、こういった施設だったと言えるのかもしれません。

さて、フリースクールというとなじみのない人も多いと思いますが、不登校の生徒にとっては「最後の砦」であり、こういった施設に助けられたという生徒は少なくありません。こういった生徒の居場所を奪わないためにも、良いスクールを保護、選別する仕組みを早急に作っていくことが必要ではないかと思います。

京都府京丹波町の入所型フリースクール「丹波ナチュラルスクール」の虐待事件で、入所者の多くが京都府警に「入所した日から暴力を受けた」と話していることが9日、分かった。

入所者が寝泊まりする部屋は外から三重に鍵がかかり、暴力について口止めされていたことも判明。同課などは経営者の朴聖烈容疑者(60)=傷害容疑で逮捕=らが日常的に虐待し、隠ぺいしたとみている。

スクールは食事やトイレの時間、風呂の回数を厳しく制限。食事は約5分、トイレは1日数回で時間帯が決められ、順番に入って最後の1人が水を流す決まりだった。入浴は夏場で2日に1回、冬場は5日に1回だけだったという。

府警によると、16歳から35歳までの入所者の男女12人のうち9人が、朴容疑者に入所後すぐ個室に呼ばれ、木刀で殴られたと訴えた。

その後も数回から数十回にわたって殴られたといい、府警は日常的な虐待の実態を調べている。

「来た日に暴力」と入所者 フリースクール虐待事件
http://www.chugoku-np.co.jp/NewsPack/CN2008090901000639_Main.html

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南米原産のナマズ

県立琵琶湖博物館はこのほど、南米原産のナマズ「レッドテールキャットフィッシュ」が草津市の草津川の河口付近で捕獲されたと発表した。県内での捕獲は8年ぶり4例目。

この魚は南米アマゾン川などに生息する肉食魚で、成魚の全長は1メートル超。
日本では観賞用にペットショップなどで販売されている。

南米原産の肉食魚ナマズ、草津川河口で捕獲 県内で4例目
http://mainichi.jp/area/shiga/news/20080909ddlk25040510000c.html

普通に読めば、外来魚問題です。

しかし、このニュース、別の読み方もできるのです。

南米原産(なんべいげんさん)のナマズが琵琶湖にいたらおかしいのですが、南米原(みなみまいばら)産のナマズが琵琶湖にいるのは当たり前です。

「外来魚問題だと思ったら、単に原産地の読み間違えが原因でした」なんてオチになったら面白いですね(笑)。

たまたまネットでこのネタを見つけて、声を出して笑ってしまったので、こちらに記録しておくものです。

○おとこわり

滋賀県には、「米原市」がありますが、南米原という地名はありません。検索すると「ホンダプリモ長浜南米原店」という店舗名だけが引っかかってきます。念のため。

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橋下知事vs.教育委員会

橋下氏が、またやらかしてくれています。東京都民の自分としては、正直言って「勝手にやってくれ」と言いたいところなのですが、ネット上の意見を見ていると、ちょっと言いたいことがあります。

個人的には学力テストの結果公開には賛成です。橋下氏が学力テストの結果の公開を推進しようとする気持ちも分からないことはありません。

ただ…、それは一義的には府知事の権限ではないということを忘れてはいけません。

大阪府の教育委員会も、任命権は知事にあるものの、任命には議会の承認も必要であり、法的にも独立機関として位置づけられています。したがって、府の他の部局と異なって、知事の直接の指揮監督に置かれるわけではないのです。こうして予算権と行政権が分離している現状には賛否両論があるでしょうが、現状でそうなっているのは仕方ありません。知事の意見に対して、教育委員会が反対していることが報道されていますが、これは決して、「職務違反」ではなく、組織的には問題がないことなのです。

まして、市町村の教育委員会はなおさらです。言うまでもなく、市町村の教育委員会は、市町村長の任命による独立機関であり、府知事から指揮・監督を受ける言われもないのです。

したがって、知事が学力テストの結果の公開を進めるのなら、それは建前としては「依頼」です。当然、「依頼」としての最低限の礼儀を尽くすべきであり、「クソ教育委員会」などと言う「暴言」で強制するような性質のものではないでしょう。行政機関の長が、行政機関の長に公的な依頼をするのに、「クソ教育委員会」と罵倒しているということを考えると、橋下氏の異常性が分かるのではないかと思います。もちろん、橋下氏としては、こうした教育委員会制度そのものに疑義を呈しているのだと思いますが、それならそれでやり方があるでしょう。

都道府県知事は、広範な権限と巨額の予算を操る「一国一城の主」としての性質からか、ついつい、すべてを支配しているような錯覚に陥ってしまうようなのですが、この人ほど、そのことが如実に現れている人はいないでしょう。府知事になってから、正しいこともやっているようなのですが、人の上に立ち、人を動かす管理職としての資質は相当低いと見て間違いないようです。

後から振り返った時、「トラブルを起こしながら府の財政を立て直した名知事」とされるのか、「衆愚政治の指導者の標本」になるのかは、これからの彼自身の成長にゆだねられていると言って良さそうです。

さいごに、ちょっと話が変わりますが…。

国が行った学力テストの結果の開示で腐心するくらいなら、独自の学力テストを行ってその結果を開示することを検討したらどうでしょうか。これはこれで手間のかかることですが、府の政策として行うことの合理性が確保できるし、府民の了解も得られやすいのではないかと思います。もし、本気で教育改革を目指すのなら、そのくらいの思い切った政策が必要だと思います。

大阪府の橋下徹知事は7日、同府箕面市で地元FM局の公開生放送に出演。全国学力テストの結果公表に消極的な市町村教育委員会などを指して「くそ教育委員会が、みんな『発表しない』と言うんです」と発言した。

http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080907/lcl0809071737003-n1.htm

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大麻検査が陽性でも罪に問えない件

ちょっとニュースを詳しく見ている人にとっては当たり前の内容だと思いますが、一部の報道機関ではちゃんと報道していないようなので、ちょっとだけ…。

大相撲の露鵬(28)=大嶽部屋=と白露山(26)=北の湖部屋=の大麻使用疑惑で、日本相撲協会の北の湖理事長は5日、都内の検査機関に依頼している両力士の尿サンプルの精密分析で陽性反応が出た場合、別の機関で再検査し、また警察の捜査結果が出るまで両力士の処分を決めない方針を示唆。これには、けいこ総見に集った横綱審議委員会(横審)委員からも、疑問の声が上がった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080905-00000092-mai-spo

あまり知られていないようですが、日本の法律では、「大麻の所持は違法だが、吸引自体は法律違反ではない」。どんなに厳密に大麻の吸引を証明したとしても、「ある知り合いのところで吸わせてもらった、相手の名前は言えない」と言えば刑は免れるわけなのです。

要するに、吸引が事実であっても、所持が証明されなければ逮捕されないということ。今から所持の現行犯で逮捕されるというのは現実的ではないし、「過去の所持」で逮捕されるためには、流通経路の詳細が明らかにされる必要があるわけで、これも容易ではありません。なんとか逮捕されたとしても、嫌疑不十分で不起訴処分というのが、せいぜいのところでしょう。

つまり、北の湖理事長の言うように、

> 警察の捜査結果が出るまで両力士の処分を決めない

ということは、かなりの確率で処分なしにすることを意味するのです。おそらく、こういった事情を見越した上での発言なのでしょう。

自分の個人的な興味関心からして、ニュース全体としては、「だから何…」と言うのが正直な気持ちですが、おもしろい要素を含んでいたのでコメントすることにしました。

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Excelで空白セルを参照すると0と表示されてしまう問題を解決する

○何が問題か

Excelで空白セルを返す式は、セルに代入される時点(つまり、"="が適用される時点)でゼロに変換されます。

たとえば、A1が空白セルとして、=A1とすると、0と表示されます。

ただし、ここで重要なのは、「セルに代入される時点」ということです。このため、A1が空白セルのとき、=ISBLANK(IF(TRUE, A1, ""))はTRUEになります。

○一般的な解決方法(IF関数を利用)

これに対してよく使われるのは、IF関数を使って、空白セルを空白文字列("")で置き換えるということです。○を数式として、

=IF(ISBLANK(○), "", ○)
=IF(○="", "", ○)

とすれば、めでたく何も表示されなくなります。この方法は、以下のサイトでも紹介されています。

http://www.relief.jp/itnote/archives/001357.php

(ちなみに上の二つの数式は完全に同じ結果になります。実は、ISBlANK("○")と○=""は同じ結果になりません。○が空白セルではなく、空白文字列の場合、ISBLANK("○")はFALSEになりますが、○=""はTRUEになるからです。上の数式の場合、一つ目ではIFの条件式がFALSEになり、二つ目ではIFの条件式がTRUEになります。しかし、IFの結果はどちらも空白文字列です。)

○IF関数の問題

ただ、この方法では、○の数式が複雑で計算に時間がかかる数式である場合、計算時間が2倍必要になってしまいます。また、式が複雑になり、メンテナンスの手間が増えます。

さらに、結果が空白文字列というのも大変扱いづらいものです。というのも、空白文字列は空白セルと異なり、数値として扱うことができません。たとえば、空白セルを指すセル参照に1を加えると1になりますが、空白文字列が入ったセルを指すセル参照に1を加えるとエラーになるのです。これを解決するには「空白文字列だった場合は、0に変換する」という処理を入れる必要があるので大変面倒です。

(ちなみに、空白文字列を0に変換するためには、IF(○="",0,○")とするより、SUM("○")とした方が簡単です。ただし、この場合、空白文字列以外の文字列でもエラーにならないので注意が必要です。)

○エレガントな解決方法(表示形式を利用)

そこで便利なのが、そのまま「ゼロ」をセルに代入した上で、表示形式の設定で、0だったら表示しないとする方法です。このためには、表示形式をユーザ定義にして、[=0]""とするだけです。

この方法のメリットは作業が簡単でわかりやすいのに加え、このセルは計算上「ゼロ」として扱われるという点です。このため、このセルをそのまま数値として計算に使うことができます。

ただし、この方法は、ゼロと空白セルを区別する必要がある場合には使えません。普通にゼロと表示したいセルまで何も表示されなくなってしまうからです。この場合はやはりIF関数を使う方法しかないと思います。

○付録

さて、一般に、表示形式の設定では、以下のような場合分けをすることができます。今回使ったのは最後のものですが、他の書式と組み合わせる場合は、他のパターンを使わないといけない場合もあります。ネットで検索しても見つからなかったので、まとめておきます。

表示形式 条件 正の数 負の数 ゼロ 数値以外
a; "b"; "c"; "d" a b c d
a; "b"; "c" a b c 標準
a; "b" a b a 標準
a a -a a 標準
[条件]"x"; "a, "b", "c" x b a b c
[条件]"x"; "a, "b" x b a b 標準
[条件]"x"; "a x a -a a 標準
[条件]"x" x 標準 標準 標準 標準
[=0]"x"; "a, "b", "c" b a x c
[=0]"x"; "a, "b" b a x 標準
[=0]"x"; "a a -a x 標準
[=0]"x" 標準 標準 x 標準

[=0]は通常の条件と同じ扱いですが、参考までに掲載しました。また、条件は2つまで指定することもでき、どの条件にも当てはまらなかった場合を、その後に指定します。条件を指定する場合は、それ以降の条件で正の値とゼロの値を区別できません。

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犬が嫌いな人の心理

生後4ヶ月のチワワと聞いてもピンの来ないのですが、かりに小さな犬であっても、嫌がっているにもかかわらずまとわりついてきたり、まして攻撃的な態度を取ってきたら、蹴ってしまうのは仕方ないという場合もあるでしょう。

犬の嫌いな人からすれば、そういう状況で黙って我慢しろというほうがひどいという見方もできるかもしれません。

犬がヒモでつながれていたのか。現場で飼い主はどういう態度を取ったのか。こういったことが分からないと安易に判断できない事件だと思います。

今後の経過が気になりますが、ニュースの扱い方からして続報が出る可能性が低そうなのが残念なところです。

散歩中の他人の愛犬をけり殺したとして、愛知県警は15日、名古屋市千種区清住町、会社員田中善行容疑者(44)を器物損壊の疑いで現行犯逮捕し、名古屋地検に送検したと発表した。

発表によると、田中容疑者は今月13日午後4時45分ごろ、同区覚王山通の歩道で、男性会社員(40)が連れていた飼い犬を右足でけり、死亡させた疑い。犬は生後4か月の雄のチワワで、動物病院に運ばれたが、内臓破裂のため間もなく死亡が確認された。

田中容疑者は右足で思い切りけった後、歩いて立ち去ろうとしたが、目撃していた男性会社員(47)に取り押さえられた。調べに対し、「犬が怖かった」などと話しているという。

4か月のチワワ「怖い」とけり殺す、44歳男を逮捕(2008年7月15日10時55分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080715-OYT1T00304.htm

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固有の領土ってどこにあるのか?

固有の領土って何ですかそれ?こんなおめでたいことを言ってられるのは日本が島国で、他国との紛争をあまり経験していないからなんでしょう。ちょっと社会科を勉強すれば、アメリカはもちろん、フランスにもイタリアにも「固有の領土」などないことなど明らかです。日本の国境だって、近代化の過程で確定してきたもので、沖縄だって北海道だって、明治以前の為政者は現代的な意味で「自分の国」という意識を持っていなかったと思います。

国家というものはフィクション(=人間が作った制度によって成り立っているもの)であって、「固有の領土」なんてどこにもないってことを明記した方がよほど意義がある…などと思ってしまうのですが…。

教育に領土問題が持ち込まれるのは仕方ないと思うのですが、普通に、「日本の領土と言えるこれだけの根拠がある」と列挙すれば良い話であって、「固有の領土」などというありもしない概念を持ち出す必要はないでしょう。歴史の時間には生徒に「固有の領土などない」と教えておいて、政治・経済の時間だけ「固有の領土」と言う、そんな欺瞞に満ちた教育が成り立つはずはありません。

もちろん、外交交渉的には「固有の領土」という言い方になるのは仕方ないと思います。それは言う人がどこか後ろめたさを感じつつ交渉を成功させるために言われる「ハッタリ」で、そう意識されているからこそ、交渉を有利に運べるという性質のものです。わざわざ教科書に書くようなことではないでしょう。

まぁ、こんなアホなことを言っているのが、歴史の勉強などしたことのない政治家だけなら良いのですが、若い世代にも多いから教育とは恐ろしいものです。「ゆとり教育」で近現代史の勉強をしていない世代に何を言っても通じないのでしょうか。「固有の領土」の前にやらなければいけない課題はたくさんあるのではないかと…ネット上のコメントを見ながらあらためて思いました。

政府が中学校社会科の新学習指導要領解説書に竹島問題を初めて明記したのは、竹島の帰属に関する従来の教育を不十分と判断したためだ。

ただ、韓国側は強く反発しており、日韓関係への影響が懸念されている。

竹島問題を巡っては、2005年3月、中山成彬文部科学相(当時)が国会で、「次の学習指導要領ではきちんと書くべきだ」と答弁し、今回の学習指導要領の改定作業での検討課題となった。だが、新要領案の発表時期が、今年2月の韓国の李明博(イミョンバク)大統領の就任式と重なり、文科省は日韓関係への影響を考慮、記載を見送った。これに対し、自民党内から不満の声が上がったため、文科省は解説書に明記する方針を決めた。

こうした動きに、韓国側は敏感に反応した。記述の調整が大詰めを迎えた今月9日、李大統領は北海道洞爺湖サミット会場のホテルで福田首相と立ち話をした際、憂慮の念を表明。関係者によると、首相が「竹島を書かざるを得ない」と告げると、大統領は「今は困る。待ってほしい」と求めたという。

日本政府内では「韓国の立場を考えないといけないが、言うべきことは言わないといけない」との首相の意向を踏まえつつ、表現を巡りぎりぎりの調整が続いた。

渡海文科相は11日、首相官邸に町村官房長官を訪ね、2種類の文案を示した。一つは、北方領土の記述に続け「竹島などにも触れ、北方領土と同様に、我が国の領土・領域についての理解を深めさせることも必要である」とするA案。もう一つは、これに続けて「なお、竹島については、韓国も領有権を主張している」と韓国の主張を記すB案だった。最終的には13日夜、A案の冒頭を「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ」とすることで決着した。

自民党内の保守派議員からは、「我が国の固有の領土」との表現を見送ったことに不満が出ている。中川昭一・元政調会長は14日、「韓国に譲歩し、わけのわからない記述になってしまった。解説書に書くのであれば『固有の領土』と書かねばならない」と述べ、政府の対応を批判した。

韓国側も反発を強めている。李大統領は就任直後から「未来志向の日韓関係」を掲げ、日韓関係は好調に推移していただけに、日本政府内では「明記は当然でも、タイミングが良くない」との声が出ている。

町村長官は14日の記者会見で、「日韓関係がぎくしゃくするようなことになると、(北朝鮮の核問題をめぐる)6か国協議のプロセスや、拉致問題を含む日朝間の諸懸案解決にも悪影響を及ぼしかねない」と語り、日韓双方の冷静な対応を呼びかけた。

竹島問題の明記、「固有」の表現抜きに自民内で不満も(2008年7月14日22時34分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080714-OYT1T00501.htm

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都立高校は死んだのだろうか?

都立高校の職員会議では、校長が採決で教員の意見を聞くことだけではなく、教員が「手を挙げて意見を言うこと」さえもが禁止されているそうです。こうなるともう、まともに文章を書いてコメントをするのが徒労にしか思えません。あえて言うとしたら、大政翼賛体制の日本でも、ナチ支配のドイツでも、ここまでの統制はなかったのではないだろうかというくらいでしょうか。

どんな強権的なトップが運営する組織でも、通達で「手を挙げて意見を言うことを禁止」というのは聞いたことがありません。教員委員会が<教職員組合>の意見と違う形で学校を運営したいというのなら、正当な手続きに基づいて議論を交わし、説得し、その上で、場合によっては彼らの意見に反してでも、堂々と自分の主張する方針にしたがって運営すれば良いのです。自分の意見と合わない意見に対して、「手を挙げて意見を言うこと」を禁止するというのは、自らの主張が間違っていることを認めるということであり、まともな神経を持った人間が考えつくことではないでしょう。原因が、権力者としての奢りか、社会の仕組みに対する無知か、あるいは精神異常かは分かりませんが、いずれにせよ尋常ではないことには変わりありません。

「自分の意見と合わない意見は、表明することすら禁止する」。これは民主主義の否定であり、民主主義国家における国民教育の否定とも言えます。都立学校の校長のうち、この異常な方針に反対しているのはたった一人で、それ以外の校長はだんまりを決め込んでいるようですが、こうした日本国民の恥としか言えないような校長たちが、どういう面をして生徒に道徳を語るのか不思議でなりません。もちろん、理想と現実の間に挟まれて悩んでいる校長の気持ちも分からないことはありません。しかし、それは、凶悪犯罪を犯した犯罪者の気持ちも分からないことはないと言うのと大して変わらない意味での同情でしかないでしょう。

このままいったら冗談抜きで日本に未来はないかもしれない。そんな、暗澹たる気分になる記事でした。

東京都教育委員会が都立学校の職員会議で挙手や採決を禁じた通知に、都立三鷹高校の土肥信雄校長(59)が「現場の言論の自由が失われている」と撤回を求めている。都立高校の改革に現職校長が異議を申し立てるのは異例だが、都教委は「方針を変えるつもりはない」としている。

通知は06年の「学校経営の適正化について」。「職員会議を中心とした学校運営からの脱却」を掲げ、校長の意思決定に影響を与えないよう、職員会議での挙手や採決で教職員の意向をはかるのを「不適切であり、行わないこと」とした。翌年、通知が守れていないとして4校の校長を厳重注意した。

これに対し、土肥校長は「教員に何を言っても仕方がないという空気が広がり、職員会議でほとんど意見が出なくなった。生徒に日々接する教員の声が直接反映されないと、活性化につながらない」と昨年秋以降、校長連絡会などで通知の撤回を求めてきた。自校では職員会議で多くの教員に発言を求め、意思決定の参考にしているという。

土肥校長は東京大学卒。学生の頃は東大紛争の時代で、クラス討論や集会に参加。商社に就職後、「平等や平和主義を生徒と考える仕事を」と免許をとって高校の政治経済の教師になり、02年から校長に。「都教委は校長主導といいながら、校長を自らのロボットにしている。民主主義を教える教育の世界で言論の自由がないのは許されない」と語る。

都立校の校長の一人は「土肥校長の言う通りだが、教職員組合に決定権を握られると困る。都教委か組合かと言われれば、多くの校長は都教委につくしかない」と話す。

都立高校の保護者や教員、市民らでつくる「自由の風ネットワーク」は土肥校長の主張を5月に入って知り、「教育者としての信念を貫かれる校長先生に敬意を表する」と校長を支援し、通知に反対する署名活動を開始。1200人を超えたという。それを21日午後、都教委に渡し、通知の撤回を求める予定だ。(編集委員・氏岡真弓、大隈崇)

都立高校長、教委に反旗「職員会議で挙手禁止おかしい」(朝日新聞 2008年5月21日)
http://www.asahi.com/national/update/0521/TKY200805210162.html

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毎日新聞のWaiWaiコラム問題に見る、ネット社会のゆくえ

毎日新聞のWaiWaiコラム問題からネット社会のゆくえを考える

毎日新聞が、長年にわたって英語サイトに専用コーナーを設け、日本を性に寛容な「変態」大国として世界に紹介したとして、批判にさらされています。2ちゃんねるで批判キャンペーンが起きたことで、取り上げられるようになり、毎日新聞自身も重い腰を上げざるをえない状況になりました。

この問題、「ミス」や「行きすぎ」で起きたことではなく、新聞社全体の方針の中で、確信犯的に行われたのではないかという疑問まで感じます。というのも、毎日新聞は、ネット規制推進の急先鋒であり、政府と一体になって、ネット利用者が「誰でも不当逮捕される仕組み」を作ろうと躍起になっているからです。今回の問題も「ネットではこんなおかしな状況が流れている」という実績を作ったり、「日本はネット規制を強化し、個人PC内のデータも規制の対象とするべき」という国際世論を喚起するためのキャンペーンの一貫として行われたのかもしれません。そう考えると、本来なら処分を受けるべき今回の問題の責任者が代表取締役社長に昇進したということも、うまく説明できるでしょう。かりにそれは考えすぎだとしても、「ネットに流す情報は正確でなくても良い」という新聞社の傲慢が、こうした事件を引き起こしたということは言えるのではないかという気がします。

もちろん、インターネットが万能というわけではありませんが、マスコミも万能というわけではありません。Web2.0で全てが解決するという楽観論は行きすぎだと思いますが、一方で、旧来型のマスコミ中心の社会を理想的なものとして、ネット規制を進めていくことにも間違っていると思います。本来、マスコミにしても、インターネットにしても、さまざまな論者が批判し合いながら、全体として、より良いものが選ばれていくというシステムを作らないといけないのですが、マスコミもインターネットのいずれもが、政治や大企業の影響を受けやすい、感情的な方向に流されやすいといった欠点を抱えており、いずれも万能ではないのです。

ただ、一つ言えるのは、現状ではマスコミが絶大な権力を握るあまり、公平な報道が期待できない面があるということ、こうした状況を少しでも変えていく可能性がネットにあるということです。こうしたネットの可能性の一端を、今回の問題は垣間見せてくれたような気がします。

○Wikipediaの解説

2008年6月に2ちゃんねるなどのインターネット上の複数のサイトにおいて、毎日新聞の英語版ニュースサイトの「WaiWai」コラムで編集長代理のライアン・コネルが約9年間にわたって執筆していた記事があまりにも低俗で卑猥であるとして問題となった。コネルはタブロイド誌(週刊大衆や週刊実話や実話ナックルズなどの実話誌)に掲載されていた事実無根の低俗で卑猥な記事を翻訳、改変し、あたかも事実であるかのように「WaiWai」に記事を掲載していたため、インターネットユーザーを中心に「日本人すべてが性的倒錯であるかのような誤解を生み、日本人の名誉を傷つけている」という非難が毎日新聞やスポンサーに殺到した(「日本人の母親は中学生の息子のためにフェラチオをする」「福岡の米祭りは、顔にベトベトの白い液体を塗るため、AV業界が「顔射」と呼ぶものによく似ている」「南京大虐殺の後継者の日本政府は、小児性愛者向けの漫画を使ってオタクを自衛隊にひきつけようとしている」などといった記事)。また、このサイトのメタタグに「hentai」「japanese girls」「geisha」などのキーワードを挿入し、アクセスを稼いでいたことも判明した。 これを受け、毎日新聞は当該記事の削除は行ったものの、それ以上の責任を負うつもりはないと発表したため、非難は収まらず、21日に「WaiWai」コラムを廃止し「低俗で卑猥な記事の掲載は不適切であった」という旨の謝罪文をインターネット上に掲載するに至った。また、25日付朝刊の社会面に読者に対する謝罪文が掲載された。しかし、これらの謝罪文では、記事を掲載したことが不適切であったことは認めたものの、具体的に何に対しての謝罪なのかが曖昧な文面であり、掲載記事の内容が事実か否かには言及しておらず、このような記事を掲載し続けた経緯や意図、関係者の具体的な処分についても発表されていない。さらに同日には、一部の「WaiWai」コラムが単なるタブロイド誌の引用記事ですらなく、執筆者の独断と偏見に基づいた「創作記事」であったことが発覚した。毎日新聞は、謝罪文で「責任者を処罰する」としたが、25日付で今回の問題の責任部署であるデジタルメディア担当の朝比奈豊が代表取締役社長に、同局長長谷川篤が取締役にそれぞれ昇進することが発覚した。こうした毎日新聞の不誠実な態度に一部の消費者は激怒し、現在毎日新聞及び毎日新聞の報道に宥和的なスポンサーに対する不買活動が草の根的に広がっている。
Wikipedia-毎日新聞(2008年6月26日 07:52版)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%8E%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E

○関連情報

http://mainichi.jp/select/biz/news/20080626k0000m020142000c.html
(問題を起こした担当者が代表取締役に昇進したことを発表する記事)

http://www.cyzo.com/2008/06/post_676.html
(引用されたとされる「サイゾー」が原文をネットに掲載した記事。毎日新聞の記事がかなりの曲解を含んでいることが分かる)

○まとめサイト

http://www33.atwiki.jp/bainichi/
http://www8.atwiki.jp/mainichi-matome/
http://www9.atwiki.jp/mainichiwaiwai/pages/1.html

○メディア情報

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/25/news107.html(ITMedia)
http://www.j-cast.com/2008/06/20022225.html(J-CASTニュース)http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008062500447(時事通信)
http://www.47news.jp/CN/200806/CN2008062401000847.html(共同通信)
http://sankei.jp.msn.com/economy/it/080624/its0806242018000-n1.htm(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080624/crm0806242004039-n1.htm(産経新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080624-OYT1T00418.htm(読売新聞)
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY200806240055.html(朝日新聞)

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司法修習生の守秘義務違反は本当か?

この記事に関しては、内容的にもう少し深い考察が必要だと考えていますが、記事そのものは残します。(2008/6/21)

長崎市内の法律事務所で実務修習をしている20歳代の男性司法修習生が、取り調べや刑務所内の見学など修習内容をインターネット上のブログに掲載していたことがわかった。

長崎地裁は、裁判所法に基づく守秘義務違反の疑いもあるとして調べている。

自分は記事を読んだ瞬間、「守秘義務違反は言い過ぎでは?」と思ったのですが、元のブログの内容(末尾にリンク)を読んで、あらためてそう思いました。

検事や裁判官の人が、著書や講演で、自分の経験を口にすることは完全に禁止されているわけではありません。もちろん、守秘義務違反に反しない範囲でです。この司法修習生のブログの記事も、被疑者の特定につながるものではなく、守秘義務違反を問うのは無理ではないかと思います。むしろ、こういう情報が外に出てこなくなったら、司法の世界では「何をやってもあり」ということになってしまって、かえって良くないのではないでしょうか。

リンク先のブログに書いてある通り、この人が検察官に対して批判的な(でもまっとうな)ことを書いたのが検察官のかんに障ったという説が、一番正しいのではないでしょうか。それを新聞記者が、検察サイドへのご機嫌取りのために記事にしたのでしょう。こんなブログ記事に目くじらを立てる人たちの人間性にはあきれかえりますが、それをそのまま新聞記事にしてしまう新聞記者のレベルの低さには、あきれすぎてものも言えません。

○問題の内容を保存したブログへのリンク

http://blog.goo.ne.jp/oshiete-goo-shitumon/e/84aab7434f15b38a9d6fec6168b8325b
http://blog.goo.ne.jp/oshiete-goo-shitumon/e/3e12debee9be4f72f9080efcbc6e6a28
http://blog.goo.ne.jp/oshiete-goo-shitumon/e/87de13c591f785d85af26ef47d0ca7ef

○元の記事

長崎市内の法律事務所で実務修習をしている20歳代の男性司法修習生が、取り調べや刑務所内の見学など修習内容をインターネット上のブログに掲載していたことがわかった。

長崎地裁は、裁判所法に基づく守秘義務違反の疑いもあるとして調べている。

同地裁などによると、男性は2月15日付で、検察の実務修習で80歳の女性を取り調べたとして「途中から説教しまくり。おばあちゃん泣きまくり」と記載。同29日付では、取り調べ中の容疑者について、刑務所の出所後5日目の犯行だったとし、「刑務所でしかうまく生きていけないんじゃないか」と書いていた。

裁判所法の司法修習生規則では「修習にあたって知った秘密を漏らしてはならない」と定めている。

ブログに容疑者の様子など掲載、司法修習生に守秘義務違反の疑いも
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080619-OYT1T00314.htm
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080619-00000014-yom-soci

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男の子の行動は制御不能

18日午前9時25分ごろ、東京都杉並区和田3の区立杉並第十小学校で、小学6年生の男児(12)が、屋上から約12メートル下の玄関ホールに転落し、約4時間後に脳挫傷などで死亡した。

男児は、屋上に取り付けられた明かり窓(直径約1メートル)を踏み抜いており、警視庁杉並署で詳しい事故原因を調べている。

同署副署長によると、事故当時は1時間目の算数の授業中で、教諭と児童が歩幅を測るために、3階建て校舎の屋上にいた。男児は教室に戻る途中に明かり窓を踏み抜き、吹き抜けになっている1階ホール床に転落したらしい。明かり窓部分に囲いはなかった。

校舎屋上の明かり窓を踏み、小6男児が転落死…東京・杉並
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080618-OYT1T00526.htm

写真を見て思ったのが、「自分だったら絶対飛び乗ってるだろうな」ってこと。どんなに先生に止められたとしても、逆らって乗って遊んでいたことでしょう。男の子なんてそんなものですよ。プラスティック製のプカプカのドーム。こんな魅力的なドームを見て、飛び乗ろうって思わない方が人間としてどうかしてると思います。

なんでこんなことを書くかというと、ネットを見ていたら、「ゆとり教育の弊害」だの「自業自得」だのトンチンカンなことを書いている書き込みが多かったからなのですが…。そういう人は、小学生時代に超内向的な人間で、しかも大人になってから子供の教育になど関わったことがないんじゃないかと思います。

この事件、自分にはどう考えても、設計上、運営上のミスによるものとしか思えません。

男の子の冥福をお祈り申し上げます。

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硫化水素自殺の原因はインターネットか?―毎日新聞の記事に、また「慄然」

最近は見知らぬ者同士が練炭で集団自殺を図るケースが相次いでいるほか、自殺願望者が“殺し屋”を募り、実際に請け負った男に殺害される事件まで起きている。命を軽んじる風潮を背景に、自殺へと駆り立てるインターネットの魔力の不気味な広がりに、慄然(りつぜん)とするばかりだ。

硫化水素自殺の場合は、従来の手段よりも第三者を巻き添えにする危険が大きい。自殺サイトが自殺の誘因となっているだけでなく、硫化水素が別の犯罪に悪用される可能性も重視し、警察当局は監視に努めて、ネットの開設者やプロバイダーに自粛や削除を求めるべきだ。自殺との因果関係が認められた場合は、自殺ほう助罪の適用なども視野に入れて取り締まりを強める必要がある。自殺サイトに限らず、反社会的なサイトを追放する機運も、盛り上げねばならない。

(中略)

抜本的には毎年3万人もの自殺者が生まれている状況を好転させぬ限り、問題の解決は望めない。政府は昨年、自殺総合対策大綱を策定、10年かけて自殺死亡率を20%減らす目標を立てたが、生死のはざまで悩む人を自殺に駆り立てる誘因については早急に除去する取り組みが求められる。

社説:硫化水素自殺 死を誘発するサイトの罪深さ/毎日新聞 2008年4月25日
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080425k0000m070157000c.html

ゴールデンウィークは忙しくてブログに書き込みをする時間がないと思っていたら、久々に、怒りが燃え上がるような新聞記事を見つけました。原因は、ネット規制推進の急先鋒である毎日新聞です。例によって、硫化水素自殺を理由に、新聞のライバルであるネットを規制しようという社説を書いているのですが、この営利企業に金儲けのモラルはあるのだろうかと、「慄然とする」ような内容でした。

○硫化水素自殺推進の原動力になったのは、インターネットなのか?

自殺へと駆り立てるインターネットの魔力の不気味な広がりに、慄然(りつぜん)とするばかりだ。

インターネットにはさまざまな情報があり、その中には社会的に「望ましくない」とされる情報もあります。しかし、インターネット上の情報は、(自殺幇助のように)明らかに犯罪と言える情報でない限り、削除するのは困難です。また、削除することには、法制度としても、また表現の自由を守る社会のモラルとしても大きな問題があります。

一方、インターネット上の情報は、マスコミの報道と異なり、「配信されたか」ではなく、「アクセスされるかどうか」で影響力が決まるものです。つまり、たとえ掲示板に自殺情報が書き込まれたとしても、マスコミが騒がなければ、そこにアクセスは行きません。実際、検索サイトで"硫化水素 自殺"で検索しても、上位に上がるのはほとんどマスコミの記事で、掲示板等はほとんど上がらないのです。このことからも、今回の問題にいかにマスコミがいかに大きな影響力を与えたということが分かると思います。

つまり、インターネット情報は、マスコミの情報とは異なった性質があるものであり、報道と同様の規制を行うことは適切ではありません。ではどうすれば良いのでしょうか。本来、インターネット上の情報を補完する役割があるのがマスコミです。インターネット上の情報に、事実として問題があるのなら、マスコミは正しい事実を積極的に報道することで、対処するべきだし、事実としては問題ないが、拡散してほしくない情報なら、マスコミは報道を規制することで対処するべきです。ところが、毎日新聞を初めとするマスコミがやってきたことはちょうど正反対。インターネット上の情報をそのまま垂れ流すような記事を書く一方、硫化水素自殺の問題(失敗の可能性など)については、ほとんど書いて来なかったのです。

そうやって硫化水素自殺を推進しておきながら、他人事のように「自殺へと駆り立てるインターネットの魔力の不気味な広がり」と書ける神経には、「慄然」とさせられるのは自分だけでしょうか。この新聞社は、報道を通して、確信犯的に自殺者を増やすことで、ネット規制推進の足がかりにしようとしているのではないか…そんなことまで勘ぐりたくなってきます。これでは、自殺した人も浮かばれないでしょう。

○自殺サイトは、毎日新聞と比べて反社会的サイトか?

自殺サイトに限らず、反社会的なサイトを追放する機運も、盛り上げねばならない

もう一つ、呆れるような記述がありました。

たしかに、明確に「反社会的サイト」があるのなら、(マスコミが報道しないといった対応も含めて)何らかの形で規制が必要かもしれません。しかし、この社説を書いた人は自殺サイトを実際にのぞいたことがあるのでしょうか?どう考えてもイメージだけで適当なことを書いているとしか思えません。たしかに、自殺サイトには反社会的内容も書き込まれるかもしれませんが、大部分の書き込みは、自殺志願者に対して他の人が相談に乗っているという内容のサイトです。自殺を推進するような内容をこまめに削除している熱心な管理人さんも少なくありません。1時間で良いので時間を使って、自殺サイトを眺めれば、書き込みを通して、自殺を思いとどまる人の方がはるかに多いということは分かるでしょう。ネット上で「いのちの電話」と似たような役割を果たしているのが自殺サイトです。

そんな自殺サイトを規制するくらいなら、それ以上に問題の原因となっているサイトはたくさんあります。その一つが、新聞社のサイトと言えるかもしれません。たとえば、今回の硫化水素自殺に関して、それをもっとも推進したのは、マスコミの報道です。客観的な記事を体裁を取りながら、自殺を推進するマスコミの記事は「有害情報」以外の何ものでもないでしょう。しかも、何とも都合のいいことに、新聞社は、しばらくしたらこの記事を「削除」してしまうのです。これはブログや2ちゃんねるの記事とは大きく異なる点です。つまり、ブログや2ちゃんねるの情報と異なり、適当なことを書き放題。一方的なイメージだけを植え付けて責任を取らないというのが新聞社のサイトです。しかも、その影響力は、ブログや2ちゃんねるの比ではありません。こうした記事を垂れ流しているサイトこそ、「反社会的サイト」ではないでしょうか?

少なくとも「自殺サイト」と比べる限り、毎日新聞のサイトの方が、自殺者を増加させるのに貢献しているということは間違いないでしょう。この論説委員は、どうすれば恥ずかし気もなく、「自殺サイトに限らず、反社会的なサイトを追放する機運も、盛り上げねばならない」などと書けるのでしょうか。自殺サイトをまともに取材することさえなく、イメージだけでネット規制を推進するこの社説は、2ちゃんねるの書き込み以下と言えるかもしれません。単に取材をする能力がないのか、間違ったことを書いていると知りつつ、確信犯的にネット規制を推進しようとしているのか分かりませんが、いずれにせよ、こういうおかしな記事を「追放する機運も、盛り上げねばならない」のは間違いないでしょう。そのことこそが、「生死のはざまで悩む人を自殺に駆り立てる誘因については早急に除去する取り組み」の中でも、もっとも優先して取り組まれるべき課題ではないという気までしてきます。

○関連記事

報道の自由と著作権
http://informatics.cocolog-nifty.com/news/2008/03/post_45a4.html

硫化水素自殺って楽に死ねるんだろうか?
http://informatics.cocolog-nifty.com/news/2008/03/post_1944.html

○関連サイト

続々々・インターネットに「自殺幇助」を転嫁するマスコミ - 終わらない「集中砲火」
http://erict.blog5.fc2.com/blog-entry-243.html

インターネットに「自殺幇助」を転嫁するマスコミ
http://erict.blog5.fc2.com/blog-entry-239.html

死を誘発するマスコミの罪深さ
http://meinesache.seesaa.net/article/94730596.html

政府はマスコミ規制にはネット言論を使うだろうhttp://blog.goo.ne.jp/touhou_huhai_blog/e/ac1b28e67859e146fa25046eb80b083f

4つ目のブログは特におすすめ。新聞社の論説委員には心して読んでほしい内容です。毎日の社説などよりブログの方が、よほどまともなことを書いていることが分かります。

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政治思想としてのチベット問題―左翼と右翼の不毛な対立を超えて

○チベット問題をめぐる混乱

最近、チベットに対する中国政府の対応が問題になっています。現地では、すでにたくさんの方が亡くなっており、これから大規模な虐待・虐殺が起きるという見方まであります。こういう状況で、「政治思想としての」という記事のタイトルの記事を書くことには、後ろめたいものもあるかもしれません。しかし、我が国におけるチベット問題に関する議論を見ている限り、明らかに、政治思想上の混乱が議論を拡散させ、運動としての力を弱くしてしまっているように思えるのです。

チベット問題では、右翼・左翼といった従来の区別が成り立たちません。というのも、チベット問題に関して中国政府の対応を批判する人には、従来の区分で右翼・左翼、いずれの立場を取っている人もいるからです。

表面的に見る限り、「左より」の人と、「右より」の人では、チベット問題に対する意見の背景は根本的に異なります。「左より」の人は、中国政府による「人権侵害」に、アメリカがイラクやグアンタナモで行ってきた人権侵害を重ねて反対します。また、日本のメディアが中国政府に対して批判的な意見を言えないことに対しては、「権力によるメディアの支配」ととらえて、反発します。一方、「右より」の人は、中国政府に横暴は、日本が軍備を拡張して、中国政府に対して強硬な態度を取らなければいけない理由だと考えます。また、日本のメディアが中国政府に対して批判的な意見を言えないことに対しては、「日本のメディアが左翼によって支配されていることが原因」と考えて攻撃するわけです。

つまり、根本的に違う立場の人が、結果として同じ主張をしている。それがチベット問題の特徴と言うことができるでしょう。こうした状況で、チベット問題に関する議論は拡散し、運動全体として、大きな力を持つことができないでいるように思えます。

○右翼と左翼

しかし、そもそも右翼と左翼という区別は、いったいどういうものなのでしょうか。ステレオタイプ的な右翼・左翼という区分は以下のようになるでしょう。

右翼→親アメリカ、反中国、軍備拡大に賛成、警察権力の拡大に賛成、メディア規制に賛成、ネット規制賛成、太平洋戦争を肯定、人権軽視

左翼→親中国、反アメリカ、軍備拡大に反対、警察権力の拡大に反対、メディア規制に反対、ネット規制反対、太平洋戦争を否定、人権重視

これは切り離すことのできない「組み合わせ」として理解され、自分の立場に基づいて相手の主張のおかしなところを批判するというのが、多くの人が行っていることでしょう。

しかし、この区分はそもそもおかしなものです。「右翼」と分類されている考え方と「左翼」と分類されている考え方には両立するものは少なくありません。また、ある部分は「右翼」に分類される考え方を持っていて、ある部分は「左翼」に分類される考え方をしている人も少なくありません。

たとえば、私個人は、アメリカとの友好関係も、中国との友好関係も重視するべきである一方、両者に対して言うべきことは言っていかなければいけないと思っています。むしろ、「友好関係を結ぶためには、相手の言うことを全面的に聞かなければいけない」という卑屈な考え方こそが、日本の外交の問題だと思っています。したがって、私の立場はいわゆる右翼でも左翼でもどちらでもありません。また、軍備や歴史に関しては、「侵略戦争の反省に立った誇りある日本、誇りある軍隊」を築いていくことが必要だと思っています。従来の右翼・左翼の議論は、両方とも日本の誇りを失わせている原因だと思っているので、私の立場は、いわゆる右翼でも左翼でもありません。誇りのある国としての日本を作っていこうと思うからこそ、歴史を直視しなければいけないと思うし、関係国との友好関係を築かないといけないと思うし、また、関係国に対して意見をするところは意見をしていかなければいけないと思うのです。

警察権力の拡大やネットの規制については、現状が異常に規制推進に傾いていることに危惧をして反対する立場なので、ステレオタイプ的には「左より」ということになると思いますが、「左より」の人の中にも、「人権を守るために警察権力を拡大しネット規制を強化するべきだ」と主張する人もいるし、「右より」の人にも、それに反発して、警察権力の拡大やネット規制に批判的な人も多いので、私の立場がただちに「左翼」と言えるかというと微妙ではないかと思います。

これはあくまで個人的意見と言えば個人的な意見ですが、そういう意見が「ありえる」ということは、「右翼」と「左翼」という分類のおかしさの説明にはなっているでしょう。部分的にでも、私の意見に共感してもらえる人は多いと思うし、そのことは、「右翼」と「左翼」というステレオタイプが時代遅れものになっていることの証明になっているのではないかと思います。

これはチベット問題についても同じです。本来、チベット問題に関して、「右翼」的な考え方と、「左翼」的な考え方は矛盾しません。たとえば、右翼の人も左翼の人も「メディアの偏向した報道」を問題にしているわけですが、その背景には、「権力に従い、中国の立場に偏った報道をするメディア」があるわけです。「中国に媚びる左翼的メディアに対する反発」と、「権力にしたがって報道をする右翼的なメディアに対する反発」は、同じことの別の表現でしかありません。また、「チベットに対して人権侵害をする中国政府」という現実は本来一つであり、そこに左も右もありません。

○感情と政治的判断

では、どうしてこういう不毛な対立が起きてしまうのでしょうか。その原因は、政治的判断に感情を持ち込むことではないかと思います。

たとえば、「中国に対する感情的反発」、「アメリカに対する感情的反発」、「軍備に対する感情的反発」、「人権を叫ぶ人々に対する感情的反発」。話の背景を聞けば、これらは、どれも十分に理解できるものです。しかし、島国日本にとって、中国との友好関係も、アメリカとの友好関係も重要です。軍備も人権も主権国家としてなくてはならないものです。こういった感情に流されていては、冷静な政治的判断はできません。こうした問題に関しては、いかに感情を排して冷静な判断をできるかが重要なのです。しかも、これは政治家や外交官だけに求められる能力ではありません。民主主義の制度である以上、有権者が冷静な判断をしなければ、国は全体としておかしな方向に行ってしまうからです。

もちろん、特定の問題に関して行動を起こすときに、時には感情を武器として用いることも必要でしょう。たとえば、チベットの問題に関して抗議行動を行おうというとき、「怒り」という感情は大きな武器になります。しかし、そこで感情が十分にコントロールされていなければ、結果として危険な方向に向かってしまうことになるのです。

政治的判断に感情を持ち込まないというのは、必ずしも「感情を押し殺す」ことではありません。たとえば、「中国に対する感情的反発」、「アメリカに対する感情的反発」、「軍備に対する感情的反発」、「人権を叫ぶ人々に対する感情的反発」。そういうものがあるとしたら、この全てを理解すれば、結果として「政治的判断に感情を持ち込まない」ということになるでしょう。つまり、さまざまな人の立場になって考えていくこと、言いかえれば「教養」こそが、「感情に流されない冷静な判断」を可能にするのです。

一方、こうした感情は、「自分は右翼に賛成だから、こう考える」「自分は左翼に賛成だから、こう考える」というような集団意識となって表れることもあります。そのように考えるとき、自分の逆の立場に分類される集団に対しては感情的に反発することになり、相手の意見は決して耳に入ってきません。本来、政治に関する論点は、右翼と左翼に簡単に分類できないのですが、集団意識でものごとを考える人は、単純な分類でものごとを理解し、そのことに疑いを持つことすらなくなってしまうのです。一言で言えば、私たちは、集団意識によって、思考することをやめてしまいます。そうなれば、残されるのは、相手に対する感情的反発でしかないでしょう。

いずれにせよ、こうしたことによって、本来存在しないはずの「右翼」と「左翼」という枠組みが作られ、意味のない対立が生まれているのです。

○チベット問題と政治思想

さて、これが純粋に思想的、理論的な問題であるのなら、大きな問題ではないかもしれません。右翼と左翼で議論ができれば、それはそれでプラスだという見方もあるでしょう。

しかし、こういう状況では、必ず「漁夫の利」を得る人たちが出てきます。チベット問題を押し切ろうとしている中国政府や中国政府に追随するマスコミ、ネット規制や警察権力の強化を進めようとしている警察やマスコミ。こういった人たちは、「右翼」と「左翼」の不毛な対立の間で高笑いをしているのです。実際、チベット問題に関して、左右問わず反対の声が挙がっているにもかかわらず、中国政府に対して、日本政府が強く出る可能性は皆無です。ネット規制に関して、有識者からは左右問わず反対の声を上がっているにもかかわらず、与野党の共同提案で、世界に類を見ない言論弾圧が行われようとしています。

繰り返しになりますが、今、チベット問題を始め、日本が直面しているさまざまな問題に関して、「右翼」と「左翼」という区分はほとんど意味がありません。そして、その意味で、右翼の敵は左翼ではなく、左翼の敵では右翼ではありません。本当の敵は、そうした状況を利用して漁夫の利を得ている人たちであり、さらに言えば、「右翼」と「左翼」という狭い考えにとらわている自分たち自身なのです。

その意味で、チベット問題は、今まで「右翼」と「左翼」という異なる立場だと思われてきた人たちが、同じ立場で議論をするという、珍しい機会です。このまたとない機会に、両者がお互いに対して抱いている誤解を解き、不毛な対立を少しでも解消していくことが必要ではないでしょうか。そのことは、チベットの人にとっても、また日本人にとっても、大きな前進になるのではないかと思います。

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ニュースに出てきた人名のスペルを調べる

日本語のニュースの話題を、海外のニュースサイトで調べようとした場合、日本語表記で検索してスペルを確認後、英語で検索という順番をたどることになります。しかし、あまり有名ではない人に関する話題だったり、カタカナ表記が複数ある場合などは、なかなかたどり着けないのです。

今回、イタリアの議員候補で元ポルノ女優という人のニュースを見つけ、いったい何ものなのだと思って検索したら、かなりの時間がかかってしまいました(10分近く)。ニュースそのものは大したことではないのですが、いずれにせよ「人名対応表」のページが必要だと思い、記事を書かせてもらいました。どちらかというと、検索でたどりついた人向けの記事ですので、定期的な読者の方には失礼しました。

今後、似たようなことがあった場合、新しい記事を書かずに、この記事を更新していくことにします。

/////

イローナ・スターレル/シュターッレル・イロナ/Staller Anna Ilona/Elena Anna Staller

チチョリーナ/チッチョリーナ/Cicciolina

ミリー・ダブラッチオ/Milly D'Abbraccio

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イタコの人たちは歴史の勉強が大変だ

…と、以下の記事を見て思いました(笑)。

日本三大霊場の1つ、 青森県の 恐山で毎年催される「恐山大祭」と「恐山秋詣り」。この催し最大の見せ場が、 イタコによる「仏降ろし(巫女おろし/口寄せ)」です。その習俗(習慣・風俗)が国の 選択無形民俗文化財にも指定されているイタコは、仏降ろしによって死者を自らの体に乗り移らせ、彼らに語らせることができるとされています。もし彼女たちに歴史上の人物を1人だけ呼び出してもらえるなら、あなたは誰を呼び出してみたいですか?

1位に選ばれたのは、 尾張国の武将から戦国の世を駆け抜けた《織田信長》。 延暦寺焼き討ちや 長篠の戦い、当時としては革新的だった 楽市楽座・ 検地・ 兵農分離など、戦国武将の中では最もその行動・足跡がよく知られているだけに「あの出来事の時はなぜこう判断したのだろう?」と気になる人が多かったようです。僅差の2位には、幕末時代の日本を代表する人物《坂本龍馬》が入りました。 薩長連合の実現、 大政奉還の成立などに尽力し、実業家として「亀山社中(後の 海援隊)」を組織した《坂本龍馬》。日本で初めての新婚旅行と言われている妻・お龍との薩摩旅行や、今なお実行犯が不明とされる暗殺事件など、真相を確かめてみたいエピソードには事欠きませんが、小説やドラマの印象があまりにも強く、実像とはかけ離れているのではないかと語る歴史家も少なくないそうです。

以下、5位から10位にかけては、《マリー・アントワネット》や《ナポレオン》など波乱に富んだ人生を送ったことで知られる人物、《ジョン・F・ケネディ》や《ツタンカーメン》など死の真相について諸説がささやかれている海外の有名人が並びました。彼らと話しをするにはその国をマスターする必要がありそうですが、過去に アンネ・フランクや エルビス・プレスリーの口寄せが行われた際には、日本語で話したとのうわさも……。とりあえず、言葉の心配をする必要はなさそうですね。
http://ranking.goo.ne.jp/ranking/999/resuscitation_person/

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引きこもりに関する記事のおかしな結論

全国引きこもりKHJ親の会(奥山雅久代表)の会員を対象に毎年行われている調査で、引きこもり状態にある人の平均年齢が初めて30歳を超えたことが分かった。新たに引きこもりとなる若年層がいる一方で、長期間にわたり引きこもりから抜け出せない30~40代の層が確実に増えている実態が浮き彫りになった。

(中略)

同会の会員を対象とする調査は02年から毎年行われており、平均年齢は02年が26.6歳、前回調査の06年は29.6歳で、上昇を続けている。親の高齢化も進んでいる。平均年齢は父親が63.23歳、母親が58.28歳だった。

引きこもり:平均年齢30歳超す 最年長52歳、目立つ「長期化」--331人調査
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080410dde041040065000c.html

記事では、まるでこの会の会員が引きこもりの全体を代表しているかのような結論を描いていますが、そんなはずはないということくらい、普通に考えれば分かることです。つまり、この調査結果が意味しているのは「この会の会員の高年齢化が進んでいる」ということで、それと「引きこもりの高年齢化」という記事の結論は全くちぐはぐなのです。これは、高校程度の論理的思考能力があれば分かる話です。

同会のホームページでは引きこもりは100万人いると書いてあるのですが、無作為抽出ではない調査で、300名ちょっとしか対象にしていないとすれば、予備的調査としても全く意味がないものです。(統計的には、実際に調査した人数ではなく、どのような母集団から調査対象者を抽出したかが問題)

社会調査の経験がある研究者なら、こんな報告をするはずがありません。この手の報告を行った場合、意識や実態に関する項目は、とりあえず「引きこもり全体を反映している」とみなして良い場合もあるわけですが、年齢のような「調査の条件」に該当する項目に関しては、は、「引きこもり全体を反映しているとは限らない」ということを明記する方が普通だからです。

最初は、当然、全面的に新聞社の責任だと思ったのですが、調べてみると調査をした徳島大学准教授の境泉洋氏が、報告書に「引きこもりの高年齢化」という趣旨のことを書いてしまったことが、そもそもの原因ということが分かりました。どうも、この方は、臨床心理、つまり個別の引きこもりへのカウンセリングが専門であり、社会調査は専門ではなかったようなのです。報告書全体も、「引きこもりについての社会調査」ではなく、カウンセリングの立場から引きこもりについて考察したものでした。つまり、本題とは関係ないところで、軽い気持ちで、「引きこもりの高年齢化」を結論づける文章を報告書に加えたところ、新聞社が本題とは違う部分を記事にしてしまったのではないかと思います。

そういう意味で、今回の記事の問題は、専門外の内容を軽い気持ちで、学術的報告に加えた研究者と、その内容を曲解して記事にした新聞社の両方の責任ということになると思います。新聞社としては、「なんかおかしいな」と思いながら、「何か問題が起きたら、研究者の責任にすれば良い」ということで、おもしろおかしく記事を書いたというのが正直なところではないでしょうか。そういう意味で、新聞社に責任があることは変わらないと思いますが、自分としては自戒の気持ちを込めて、研究者として「脇が甘かった」ということも指摘しなければいけないと思います。

研究者として社会にかかわる上で、気をつけなければいけないことを教えてくれた記事のように思いました。

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Windows XPの販売中止でMicrosoftが恐れているもの

仕事の関係でWindows Vistaをどうしても使わざるをえない状況にあるのですが、Vistaは動作速度が遅いのに加えてユーザインターフェースがひどいので、とてもじゃないけど自分のPCで使う気にはなりません。95→98→Me→2000→XPと一通り経験してきた自分ですが、ここまで使い勝手の悪いOSは初めてです。周囲の人の話を聞いても同じ意見の人ばかりで、Vistaを褒めている人を聞いたことがありません。

要するにユーザに取ってプラスになると実感できる機能が全くと言ってないのです。たとえば、Me以前と2000では動作速度こそ大幅に低下したものの、堅牢性が大幅に向上し、突然ハングアップするという減少が格段に減りました。2000からXPでも若干の動作速度の低下がありましたが、細かい機能向上は、それを上回るメリットがありました。ところが、Vistaにはこういう「ユーザが実感できる」メリットはほとんどありません。大部分のユーザに取っては単に「動作速度が遅く、使い勝手の悪いOS」に過ぎないのです。

セキュリティ機能が強化されていると言いますが、XPでもちょっと工夫すれば同様のことができます。個人的には「あるには越したことはない機能」だと思っていますが、無駄に問い合わせ画面が出ることで、使い勝手が悪くなったと感じるユーザも少なくないでしょう。

そんなわけで、自分としては、Windows XPのサポートが中止されたら、メインのOSをLinuxにすることを真面目に検討しています。そこで思ったのですが、同じように考えているユーザが意外に多いのではないかということ。Linuxにも初心者向けのディストリビューションが増え、Windowsとほぼ同じことができるようになった今、Microsoftからすると、ユーザが大挙してLinuxに移行すること恐ろしいことはないでしょう。Vistaの買い控え程度なら一時的なものに収まるでしょうが、Linuxに移行したユーザが簡単に帰ってくるとは思えません。実はこれと同じようなことは、Windows98/Meのサポート終了の際も言われていました(http://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000056022,20168467,00.htm)。しかし、以前よりも、さらに一般ユーザにとってのLinuxの存在感が増した今、Microsoftは苦渋の決断を迫られているのではないでしょうか。

ユーザからすれば、XPのサポート/提供が今後も続いて欲しいと思うのは言うまでもありませんが、営利企業としてのMicrosoftの利益を考えたとき、どうすれば良いかという結論を簡単に出すことはできません。そのことは、細切れに発表されるサポート期間/提供機関の延長が端的に示しているように思えます。

筆者が先週予測していたように、限られたクラスのコンピュータ向けではあるものの、Microsoftは「Windows XP」提供期限の延長を決定した。

Microsoftは米国時間4月3日、「超低価格PC」(Ultra-Low-Cost PC:ULCPC)と呼ばれるクラスのコンピュータ向けに、「Windows XP Home Edition」の販売を継続することを明らかにした。ULCPCとは、スピードの遅いプロセッサ、小型のディスプレイ、そして、一般的なHDDではなくフラッシュメモリを採用したカテゴリのコンピュータを指している。

マイクロソフト、「Windows XP」提供期限を再延長
http://japan.cnet.com/news/ent/story/0,2000056022,20370782,00.htm

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北京オリンピックが中止に

北京オリンピックが中止という展開になってきたようです。詳しくはリンク先の記事を参照してください。

北京オリンピックをめぐる反対運動を受け、中国政府はオリンピックの中止を発表した。これは今朝、中国の国営テレビ局で放映された胡錦濤主席の談話で明らかになったもの。胡主席は談話で「中止はテロリストであるダライラマを支持する勢力に対する抗議のため行われる」とし、激しい調子で国際社会に対する不満をぶつけた。背景には、聖火に対する妨害などがあったと思われる。

IOCオリンピック調整委員会のコスパー副委員長は取材に対し、「まだ何も聞いていない。スポンサーへの補償はどうするつもりなのだろうか」と困惑を隠せない様子。選手達にも動揺が広がっている。

中国情勢に詳しい早稲田大学大学院の天児慧教授は「最近、厳しいメディア規制をかいくぐって海外の情報が中国国内に漏れ伝わるようになってきた。中国政府に対する批判が国内に飛び火することを恐れて、先手を打つために中止を決断したのではないか」との見方を示している。背景には中国政府内の権力争いがあるとの見方もあり、今後の展開が注目されている。

北京オリンピックが中止に
http://ranking.goo.ne.jp/ranking/092/aprilfool_web/

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硫化水素自殺って楽に死ねるんだろうか?

もともとにおいには敏感な方ですが、一応、薬学部出身なので、薬品のにおいには特に敏感です。実験室で何か事故があったとき、すぐに対処できなければ命にかかわるからです。今でも、町を歩いていて、工場からわずかに塩化水素臭や硫化水素臭がしただけで、反射的にその場を離れたくなります。

さて、硫化水素自殺が、苦しまずに死ねる自殺方法ということで、話題のようです。しかし、これほどひどい死に方はないんじゃないかと感覚的に思うのは、気のせいでしょうか。というのも、硫化水素はとにかく強烈な異臭がする物質だからです。温泉地にただよう濃度が低い硫化水素は、「卵の腐った臭い」にたとえられますが、臭いが強烈になり、(トイレ用洗浄剤に臭いなど)他の臭いと交じれば、「ウンコの臭い」と言った方が良い、かなり強烈な異臭になります。

たしかに、高濃度の硫化水素では「即死」をすると言われていますが、「即死」というのは、かなり微妙な言葉なのです。一般に、「即死」というのは、死にゆく人を外部から観察したときに「即死だった」と判断されるということであり、本人が苦しみを感じるかどうかとは無関係だからです。本人が苦しんでいるにもかかわらず、外から見ると「即死」ということは十分に考えられます。

高濃度の硫化水素の場合、短時間で呼吸や筋肉のコントロールができなくなるので、外から見ると「即死」ということになるでしょうが、これは、決して、身動きができない中、激しい息苦しさを感じながら死んでいる可能性を否定するものではありません。首つり自殺の場合、かなり長い時間意識がなくならず、身もだえながら死ぬケースが多いことが良く知られていますが、硫化水素でも同じようなことになっているかもしれないのです。また、高濃度の硫化水素を長時間嗅いでいると感覚が麻痺するようですが、当然、感覚が麻痺するまでのタイムラグはあるので、異臭を感じなくて済むわけではないと思います。

端的にまとめると、「硫化水素を吸うと同時に、ショックを受けるほどの強烈な異臭を感じる。その後、異臭はだんだん和らいでくるが、呼吸や身動きができなくなり、強烈な息苦しさを感じながら死んでいく」というあたりではないでしょうか。しかも、これはあくまで成功例。濃度が低ければ、異臭や呼吸困難を感じる時間が非常に長くなるのは間違いありません。

即死するほどの濃度の硫化水素を嗅いだことはありませんので、実際にどうなるかは分かりませんが…。そう考えただけで恐ろしくなってきます。

27日午前2時半ごろ、神戸市北区若葉台2の男性会社員(64)方から「息子が風呂で有毒ガスを発生させて倒れた」と119番通報があった。消防隊員が駆けつけると、浴室入り口で男性とアルバイトの次男(27)が倒れており、次男は死亡、男性も重体。兵庫県警神戸北署は、風呂場で硫化水素自殺を図った次男を助けようとして男性も巻き添えになったとみている。

 調べでは、次男は浴室で薬剤を混ぜて硫化水素自殺したとみられる。扉に「有毒ガス発生、開けるな」と張り紙があり、内側から施錠。男性は扉を割り次男を助け出そうとしてガスを吸ったらしい。男性の妻(59)と長男(32)も病院に運ばれたが命に別条ないという。次男の部屋には家族あての遺書があった。【津島史人】

自殺:浴室で硫化水素使い男性死亡 神戸
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080327k0000e040024000c.html

○お知らせ

検索からのアクセスが急増しているので、自殺しようと思っている方のために、去年の3月に書いた記事を紹介しておきます。興味を持った方がいたら、ご覧いただければと思います。

生きる意味について
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_311d.html

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ホームを歩いているとき電車が入ってきたら

東京の駅は込み方が半端ではありません。でも、駅のホームを歩いているときに電車が入ってきたら、自分は人混みの流れを止めてでも、電車のそばから離れます。だって、電車は巨大な凶器。軽く押されただけで命を奪われる状況になりたくありません。意図的な殺人じゃなくても、誰かが転んだりしただけで人が死ぬかもしれないのです。あまり混んでいないホームでも、電車が入ってくるときには周りの動きに身構えてしまう自分がいます。

ただ、そんなふうに考えている人間は、あまり多くないようです。猛スピードで入ってくる電車の横を、平然と歩いている人が大部分だからです。道の横が柵のない高さ100mのがけだったら、怖くて端を避けて歩くと思うのですが、どうして、多くの人は猛スピードで走る電車の横を、平然と歩けるのでしょうか。ごく普通の人たちが、曲芸団のショーのようなことを、当たり前のようにやっているのです。慣れというのは恐ろしいものです。

さてさて、それは前置き、平和なホームの話です。無理に体をつかまれて線路に投げ込まれる事件となれば、そんな考えを巡らせること自体むなしくなってしまいます。電車の恐ろしさに人一倍神経質な自分としては、他人事ではないような気がします。

しかし、細かい話と思いつつ、どうしても「身勝手な犯行」という記事のタイトルの「冷たさ」が気になってしまうのは、自分の性格の問題なのでしょうか。たしかに「殺せば刑務所に行ける」というのは身勝手な発言です。しかし、「殺せば刑務所に行ける」の背景にあるものはなんだったのでしょうか。別に加害者をかばうつもりで言っているのではありません。加害者と被害者の両方を(良くも悪くも)精力的に取材した記事なのですから、被害者の遺族の悲しみ、そして、加害者の心の闇の両方を感じられるような、そんなタイトルにしてほしかったと思うものです。

いや、なんでこんなことを言うかって。これから、加害少年に対する中傷合戦が始まるだろうと思い、その前に何か一言言っておきたかっただけなんですけどね。

岡山市のJR岡山駅・山陽線下りホームで25日深夜、帰宅のため電車を待っていた岡山県倉敷市笹沖、県職員假谷(かりや)国明さん(38)が突き落とされ、死亡した事件。

(中略)

電車がホームに差し掛かった瞬間、大きな警笛とともに、ホームにいた乗客から「キャー」と悲鳴が響き渡った。現場では、鉄道警察隊員がホームに立ちつくす少年を取り押さえた。假谷さんが並んでいた列の後にいた女性は「若い男が別の男性の体をつかんだ瞬間、男性が落とされると思った。思わず目を背けた」と、当時の様子を語った。

「殺せば刑務所に行ける」18歳少年、また身勝手な凶行
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080326-OYT1T00429.htm

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「死んでおわび」の意味

このブログとしては、若干テーマ違いのニュースですが、ちょっと思ったこと。

自分の小6のときの気持ちを思いだして考えたら、

1. いじめなど、何か学校で嫌なことがあった
2. 卒業式ではあえて間違えた
3. 計画的に自殺をした

という可能性も高いと思うのは気のせいでしょうか。

だいたい、学校で把握しているいじめなんて氷山の一角で、大部分は学校には知られないというのが自分の認識です。学校が把握していないいじめで自殺をしたなんて可能性はいくらでも考えられるでしょう。

自分の考えすぎなのでしょうか。

学校側は「卒業式の失敗が原因」で幕引きを狙っているのでしょうが、もっと深い問題が隠されているような気がします。

東京都板橋区の区立小学校6年の男児(12)が25日、卒業式を終えて帰宅した後、自宅マンションから飛び降りて死亡していたことが26日、分かった。自宅に「死んでおわびします」という趣旨の走り書きがあり、警視庁志村署は自殺とみて詳しい動機などを調べている。

志村署によると、男児は25日午後1時半ごろ、板橋区中台の自宅マンション14階のベランダから飛び降りた。病院に搬送されたが全身を強く打っており、約2時間後に死亡。普段着姿で靴は履いていなかった。自宅居間のテーブルに男児が書いたとみられる走り書きが置いてあった。

男児は25日午前、小学校の卒業式に出席。校長によると、男児は卒業生による呼び掛けで「大好きな学校」とするところを「大嫌いな学校」と発言。校長には式の後、「緊張して間違えた」などと説明していたという。

校長は「明るい児童で、いじめなども確認されていない」と話している。

小6男児が飛び降り死亡 卒業式後「死んでおわび」/中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008032601000415.html

○更新情報

最後の一文を「調査をしろとかそういう話ではなく、単にちょっと思ったことです」から今のものに変更しました。ほんと、軽い日記のつもりで書いたのですが、あまりにも反響が大きかったので、もったいなくなってきたからです(笑)。デイリーランキングでは、「きっこのブログ」を超えていたので、かなりびっくりです。

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大虐殺の悲劇はこれから始まる

いろいろな情報を総合すると、中国政府・共産党は、チベットの若者たちを無差別に拘束し始めているようです。しかし、何が起きているのかという正確な情報は全く入ってきません。チベット人に対する大虐殺が歴史に刻まれるのは、北京五輪が終わったころになるのかもしれません。

中国は過去にこの地域で、数百万人規模とも言われる虐殺を行ってきた過去があります。国際的に知られた戦争によってではありません。個人的に連行し、裁判なしで殺すのです。このほか、男性に対する断種手術、中絶手術、嬰児殺しなどが大規模で行われてきたようです。いわゆる「民族浄化」と言われているものですが、私たち日本人はこのことをほとんど知らされていません。騒乱で死亡が確認されたのは100人程度のようですが、これはチベット人グループによって確認された遺体の数を数えたものです。軍や警察で殺された人々は、すぐに表に出ることはありません。むしろこれから行われる虐殺の方がはるかに多いのではないかと思います。

日本政府は形式的なコメントをしただけで動く気配はありません。中国との経済関係、政治関係を重視しているからだと思いますが、本当にそんなことで良いのでしょうか。チベットの人々を殺しているのは中国政府だけではなく、日本の政治家を選んだ私たち有権者でもあるのです。

米政府系放送局「ラジオ自由アジア」(電子版)は25日、チベット暴動に絡み、中国当局が尋問や拘束のため各家庭から1人を連行したり、密告を奨励したりしてチベット人に対する締め付けを強化していると報じた。亡命チベット人らが現地から得た情報として伝えた。

四川省アバ・チベット族チャン族自治州のアバ県では、当局は平均でチベット人1家庭当たり1人を連行。写真を見せ、写っている人物の身元を問いただしているほか、地元住民に対して、抗議行動への参加者に関する情報を提供すれば、第1通報者に上限なしの報奨金、第2通報者には5000元(約7万円)を与えるなどと呼び掛けているという。 

各家庭から1人連行、密告奨励も=チベット人への締め付け強化-中国
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008032600064

○参考情報 北京五輪のスポンサー

・ワールドワイド・スポンサー

パナソニック(電気製品)
SAMSUNG(電気製品)
GE(電気製品)
コカコーラ(飲料)
マクドナルド(ファーストフード)
Manulife(食品)
ジョンソン・エンド・ジョンソン(日用品)
Kodak(カメラ・フィルム)
lenovo(コンピュータ)
OMEGA(時計・装飾)
VISA(クレジットカード)
Atos Origin(IT)