経済・政治・国際 | 2010/08/03
以前、移民の問題を文化的な観点から批判した記事(「外国人参政権・移民政策と「国のかたち」」)を書いた。その後、移民に関して経済の問題と絡めた議論が盛り上がっているようなので、そのあたりの整理を試みたいと思う。
まず、確認しておかないといけないのは、移民には経済的な問題と、文化的な問題があるということだ。経済的な問題としては賛成だけれど、文化的な問題としては反対というような立場もありえる。もちろん、その場合、最終的には両者を天秤にかけないといけないわけだけれど、議論の途中過程としてはありえるわけだ。
◎ 経済的な問題
そこでまず、経済の観点から考えたいと思う。
移民推進派の大部分は、雇用側の立場に立つ人で、単純労働者を入れたいだけというのが現状だと思う。これは、普通に考えて労働者、特に低賃金の労働者の利益に反する。これに関しては、Sophieさんの指摘がまとまっているので、そのまま引用しておく。
だいたい、どこの国でも高学歴のエリートは賃金を圧縮できる移民を歓迎し、大衆は低賃金の移民との競争による賃金の低下を恐れます。移民賛成を言っている 人のポジショントークは最も警戒すべき事柄です。そういった時には話者のポジションを見て反射的に「うさんくせー」と思うぐらいでちょうどいいと思います。
基本的にはこの通りなのだが、それでも、移民推進派は、「経済合理性」の観点から、移民を導入した方が良いというだろう。これは、誤解されている議論だと思うので、ちょっと説明しておく。
一般的に移民を推進する人が経済合理性と言ったとき、通常は「GDPの最大化」を意味して使われるが、これはいったい誰にとっての利益になるのか曖昧なままだ。つまり、
1. GDPの最大化
2. 雇用者の利益の最大化
3. 最低所得の最大化
本来、これは全部違うものであるはずで、どの立場の合理性なのか明確にしないといけない。そして、移民の推進は、普通に考えたら1と2にはプラスで3にマイナスだ。移民を推進する人は、本当は3なんかどうでもいいから2が大事だって言いたいのだけれど、それだとあからさまなので、それを隠して1を主張している。
しかし、これだけだと「そりゃおかしい」と思われるのが明らかなので、移民推進派はもう少し複雑な理屈を使うのである。それは「GDPが最大化されれば最低所得も底上げされる」だから「移民を推進した方が良い」というものだ。これは詐欺以外の何ものでもない。たしかに、「GDPが最大化すれば最低所得も(現在より)底上げされる」ということは、特定の条件では成り立つかもしれない。しかし、「GDPが最大化すれば最低所得も最大化される」は絶対にウソだ。誰もそれを示すモデルを立てたことも、シミュレーションをしたこともない。そんな経済理論はどこにもないのだ。結局のところ、どんな詭弁を使っても「1、2」と「3」で最大化する条件が異なるという事実を変えることはできない。。
いずれにせよ、Sophieさんさんの言う通り、「移民の議論はポジショントークにしかならない」。多くの国民にとって移民推進は経済的利益にならないということである。
◎ 高機能移民の問題
さて、これと関連して最近話題なのが、「高機能移民なら良いのではないか」という話。つまり、単純労働者は認めないが、ビジネスや学問などで高い才能を持った人の移民(=高機能移民)なら良いという話だ。これはもともと、「不景気だからこその移民政策のススメ」を出発点とし、elm200さんの「移民もまた人間である」やKoshianさんの「日本人が本当に大嫌いなのは「異質な人々」」などで取り上げられて話題になった意見である。
これについては、Sophieさんも批判しているように、今の日本はすでにこうした人々に永住ビザを与えているのだ。こちらの資料(link1、link2)を見てもらうと分かるように、大学所属の研究者の場合、講師以上の職に3年、ビジネスマン場合、上場企業の管理職に5年といった基準が示されている。むしろ甘すぎると思うくらいだ。日本は制度的には「すでに高機能移民を受け入れている」と言うことができるのである。ちなみに、フランスの移民は国籍を与えられるが、アメリカは永住権だけであり日本と同じである。最近、新聞を賑わしているように、永住ビザ取得者は、公的医療保険はもちろん、生活保護を含めた福祉のフルサービスが受けられるので、その点からも彼らを「移民」ではないとする理由はない。
◎文化的側面
ただ、こうしたことをもって、elm200さんやKoshianさんの主張を意味がないものと考えるのは話を矮小化しすぎではないかと思う。高機能移民は、制度的には認められているものの、実際問題として、この制度を利用している人は多くない。つまり、高機能移民が、日本に来やすい国作りという意味で、現状は全く不十分なのである。Sophieさんも私も含め、この議論に参加している人が共通して考えているのが、以下の点ではないだろうか。
1. 今の日本は閉鎖的で移民を受け入れる文化的素地がない
2. 経済的観点で移民を受け入れた方が良いかどうかを別にしても、この閉鎖的な状況をどうにかしないとまずいのではないか
要するに、高機能移民云々の話は、「経済的観点で移民を受け入れた方が良いかどうかを別にしても」ということを分かりやすく説明するための道具であり、本質的な問題ではなかったのではないかというのが、私の見立てである。
これに関して、私が前の記事で書いたことを、こちらの文脈に合った形でまとめなおすと、以下のようになるだろう。
日本は、自由や人権といった制度的・理念的な枠組みで国民や国家の枠組みができている国ではなく、「みんな日本人だよね」単一民族感覚によって国民や国家の枠組みができている国である。だから、今の状態で移民を入れると、対立状態しか生まない。
しかし、「国の境界線」に関する問題が増えてきた今日、目先の移民を入れるかどうかにかかわらず、この現状は変えていかないといけないのではないか。
この結論は、Sophieさんの結論とほぼ同じだが、これに関しては、elm200さんやKoshianさんも同意してくれるのではないだろうか。
最後に補足するが、この議論は、第三者を説得するようにできていない。なぜなら、上に書いた文章に、「この閉鎖的な状況をどうにかしないとまずい」理由は書かれていないからだ。この点に反発する人にとって、上の議論は納得いかないものになるだろう。私は昨今の排外主義やアンチ人権思想、画一的で権力的なマスコミのあり方を心配してそう思ってるが、他の点から同じ結論に至っている人も少なくないはずだ。これに関する私自身の立場は別の機会に説明することにしたい。
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