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契約と法律における「正当性の循環」について

ニュース | 2010/06/28

NTTドコモとKDDI(au)の携帯電話契約の割引プランで、中途解約すると違約金を請求される契約条項は、消費者の利益を害するもので、消費者契約法に照らして無効として、NPO法人「京都消費者契約ネットワーク」(京都市)が16日、両社に同条項の使用差し止めを求める消費者団体訴訟を京都地裁に起こした。

携帯電話の解約料の違法性を問う訴えは全国初という。

訴状によると、ドコモの「ひとりでも割50」「ファミ割MAX50」と、auの「誰でも割」は、2年単位の契約で基本使用料を半額に設定しているが、途中で解約した場合、9975円の解約料が生じる。

同ネットは、利用者の死亡や長期の海外滞在、電波状態の不良などの理由でも解約料を請求されると指摘。「単に他社の携帯電話への変更を防ぐための、極めて不当な契約条項」と主張している。

同ネットは今年2月、両社に同条項の使用差し止め請求書を送付。4月には、同条項で不都合が生じた事例を集めるため、市民を対象にした弁護士による無料電話相談を実施し、相談件数は6時間で59件に上った。

訴えに対し、ドコモ広報部は「店頭で十分説明しており、法令違反には該当しない」、KDDI広報部は「利用者自身が多くのプランから選択し、解約料も過大な負担にならない水準」としている。

携帯電話割引プラン、中途解約違約金で訴訟
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100616-OYT1T01026.htm

このニュースに対するネットのコメントを見ていたら、

「契約だから仕方ない…」

っていう社会の仕組みを理解していない人が多くて驚きました。

日本の法律では、事業者と消費者との間で結ばれる契約に、さまざまな制限がかけられていて、契約には裁判をすれば実際には無効になるだろうと言われている条項がたくさんあるのです。それらが有効かどうかは、法律家の間でも意見が分かれていて、「裁判をしてみないと分からない」というのが、一番正しい答えだったりします。

今回の訴訟もそのいった流れで理解しないといけません。つまり、「契約だから仕方ない」じゃなくて、その契約そのものの有効性を問うているのが、今回の訴訟ということだと思います。

関連する法律をちょっと挙げるだけでも・・・

○消費者保護法

第九条  次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一  当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分

(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 民法 、商法 その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

とあります。要するに、解約金は、「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」を超える分が無効なのです。つまり、2年間の契約を義務づけ、途中解約で違約金を支払う代わりに割引するという契約は「違法=契約として無効」である可能性があります。

ただし、記事を見る限り、今回の訴訟の原告は単純にこの点について争おうとしているのではないようです。

○事情変更の原則
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E6%83%85%E5%A4%89%E6%9B%B4%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%89%87

事情変更の原則(じじょうへんこうのげんそく)とは、契約締結時に前提とされた事情がその後変化し、元の契約どおりに履行させることが当事者間の公平に反する結果となる場合に、当事者は契約解除や契約内容の修正を請求しうるとする法原理をいう。
このような考え方は複数の実定法規程において具現化されているが(民法第589条、第610条、借地借家法第11条、第32条等)、現在のところ一般原則として定めた規定は存在しない。しかし、判例・学説は、信義誠実の原則(以下「信義則」という。)を実定法上の根拠として、一定の要件の下で事情変更の原則の適用を認めている。

つまり、消費者契約法上を元に契約の無効を主張し、それが認められない場合は、「事情変更の原則」を盾に、特定のケースを主張するという二段構えの訴訟戦略なのではないでしょうか。

・・・と、筆が滑って余計なことを書き綴ってしまたったわけですが、自分がここで言いたいのは法律論ではありません。「契約というのも絶対的なものではなく、法律によって制限・修正されて理解されるものだ」ということです。

これは、消費者保護法のような具体的な法律だけを対象にしている場合は、大した問題ではないのですが、法律の成り立ちを考える上では意外に根の深い問題と関係しています。というのも、「なぜ法律を守らなければいけないのか」ということに対する説明の一つとして、「それが国民と国家の間の契約だから」というものがあるからです。これは、高校の公民の教科書にも出てくる社会契約説というもので、「自然権(この文脈では≒人権)」概念の元になったものとして説明されます。つまり、契約の正当性が法律によって確保されるのだとしたら、「社会契約」の正当性はどのような法律によって確保されるのかという根源的な問題に行き着いてしまうのです。法律の正当性は契約(社会契約)によって確保されるものであり、契約の正当性は法律(民法や消費者保護法など)によって確保されるものだとしたら、結局のところ、いずれの正当性も確保されない「正当性の無限後退」「正当性の崩壊」という事態を招いてしまうことになります。

この「正当性の崩壊」という状況は、まさにシステム論の出発点とも言える状況です。システム論では、法律の正当性を法律以外のもの(たとえば契約)に見いだしたり、契約の正当性を契約以外のものに見いだすことを否定し、それらがそれ自体として正当であると主張するのです。こうして「それ自体として(per se)」正当であるとしか言いようがない「何か」のことをシステムと呼びます。法律や契約をシステムと考えれば、「契約の問題として考えれば、契約はそれ自体契約だし、法律もまた(社会契約説のような立場から)契約の一種として考えられる」「法律の問題として考えれば、法律はそれ自体法律だし、契約もまた(民法や消費者保護法などの立場から)法律行為の一種として考えられる」というように双方を矛盾することなく並立したものとして理解することができるのです。

では、システム論は法律を規定するものとしての人権を否定するのかというと、そうではありません。。たしかに、人権は何かから論理的に導かれるというような意味での普遍的な権利(自然権)ではない。しかし、現代の人類社会が共通として持つ緩い価値観として「人権」があり、それに基づいて曲がりなりにも国際秩序が保たれているのも事実です。その意味では人権もまた「それ自体として(per se)」正当なものであるということになるでしょう。こうして、人権、契約、法律などを並列に理解して、それらの関係を分析しようとするのが「システム論的理解方法」ということになります。「契約は絶対に守らないといけない」という子供じみた理解では、こうしたことは分からないのです。

まぁ、携帯電話とは何にも関係のない話になってきてしまったわけですが、半年ぶりの記事ということで「ニュースな待合室」というタイトルにふさわしいものにしてみようと思いました。今後もどうぞよろしくお願いします。

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