情報学ブログに書くほどではないニュースネタのためのサブブログ

トップ
">ニュース
">パソコン・インターネット
">学問・資格
">情報学
">携帯・デジカメ
">日記・コラム・つぶやき
">映画・テレビ ">経済・政治・国際 ">ニュース ">パソコン・インターネット ">学問・資格 ">情報学 ">携帯・デジカメ ">日記・コラム・つぶやき ">映画・テレビ ">経済・政治・国際 ">ニュース ">パソコン・インターネット ">学問・資格 ">情報学 ">携帯・デジカメ ">日記・コラム・つぶやき ">映画・テレビ ">経済・政治・国際 ">ニュース ">パソコン・インターネット ">学問・資格 ">情報学 ">携帯・デジカメ ">日記・コラム・つぶやき ">映画・テレビ ">経済・政治・国際
アーカイブ

大学の単位は、実力評価か努力評価か?

| 2009/03/17

では、何故このような意識になっているのでしょうか。これは学生の「成績観」が原因ではないでしょうか。つまり、他人からなされる評価である「成績」を何よりも重視しているということです。

そうすると、彼らの「ずるい」という考えのロジックが見えてきます。出席せずに優を取った人と出席して優を取った自分を比較して、その単位が同じものにしか見ず、ずるいと思ってしまうのでしょう。成績というレッテルばかり大きくなり、その下地を過少評価しているからかもしれません。本来ならば、講義をサボって吸収できたはずの物事を逃してしまっている方が損であるのに、それに気づけていないということです。これは、高校まで「第三者からの評価」を重視していたためではないでしょうか。

一概には言えないにしろ、成績が良い==良い子という環境に置かれていれば、不真面目な人と自分が同等の評価をされるのが納得いかない、ということかもしれません。

(中略)

以上、ガチで出席を取られたら困る大学生がお送りしました*1。

[大学]大学で出席しないのは「ずるい」?/m-bird

大学の出席に関して、はてなの方で話題になっています。これは、自分も当事者として真剣に考えてきたことなので少しコメントしたいと思います。最初にポイントを言うと、「評価」はどんなものであり教育システムの基本であり、評価を気にすること自体は悪いことではないということ、むしろ「どういう評価」なのかが重要だということです。

昨年度から、自分が担当している授業では出席をかなり厳しく付けています。具体的には、 「出席が基準に満たしていない場合は、例外を設けず不可として、テスト・レポートは採点しない。また、出席回数が基準に満たないことが確定した時点で名簿から削除し、それ以降、教室に入ることも認めない」というものです。一方、成績の細かい判定に、出席状況を反映させることはなく、出席状況は「足きり」のみに使っています。変わった方針と思う人もいるかもしれませんが、これには理由があるのです。

自分は大学生のときに甘い環境で育ったせいか出席に関しては寛容な考えで、「テストで良い答案が書けるのなら、出席なんてしなくてもいいんじゃないの」と思っています。そして、今でもこの考えは変わりません。この背景には、大学の単位は実力で評価するものであり、初等・中等教育のように、「努力」を評価するものではないという考え方があります。一般に、教育における評価には、「実力を評価し、基準に満たなければ再履修(場合によっては留年、さらには退学)させることで、一人一人の努力を促すとともに、卒業者には一定の実力を保証する」という「実力評価」と、「努力の過程を評価することで、『努力する習慣』を身につけさせるとともに、多様な実力の生徒・学生をそれぞれ伸ばしていく」という「努力評価」の考え方があると思います。小中学校は義務教育であるので、「実力がなければ留年」という「実力評価」の考え方は合わず、必然的に「努力評価」になるわけですが、「学士」という公的資格を取得するための機関である大学では、必然的に「実力評価」になるわけです。事実上義務教育化している高校の場合は、両者の折衷的な方針になるのが一般的でしょう。

これに関して、自分はかなり一貫しており、「こんなに努力しました。なんとか成績をください」という学生がいても、「努力に対しては成績を上げられない、実力を見せてくれたら考えても良い」と言うことにしています。大学の単位が「努力ではなく実力」を評価するものだとすると、出席を重視しないという方針は、必然的な帰結になるでしょう。

実際、大学で授業を担当した最初の年度は、出席に関してそれほど気にしていませんでした。ところが、この方針で授業をすると、テストやレポートの結果がすこぶる悪くなります。それに加え、欠席しておいて初歩的なことを質問する学生の対応に追われることになってしまいました。これでは、授業全体のレベルを保つことができないと判断し、今のようにかなり厳しい出席の方針にすることにしたのです。ここで重要なのは、出席によって成績を決めるのは「学生に出席させるモチベーションを作ること」「欠席の多い学生を指導する手間を省くこと」の手段に過ぎず成績評価の本質ではないということです。このために、「出席には厳しいが、いくら出席しても成績の善し悪しには反映しない」という方針にすることにしました。一方的な講義形式の授業で、テストやレポートの採点も簡単(たとえばマークシート)であれば、出席を取らないという方針で良いと思うのですが、双方向的な授業をやっていると、授業のレベルを保つために出席を取らざるをえないというのが正直なところです。

さて、冒頭の記事にある「出席を取らないなんてずるい」というのも、こうした「実力評価」と「努力評価」の違いの問題と言えるでしょう。自分も、こういう方針で授業をしていて、「全出席なのに成績くれないなんておかしい」「こんなにがんばったんだから単位をください」というようなことを言われたことが何度かありました。これに対して自分は「大学の単位は努力を評価するものではない」と言うようなことを言ってはいたのですが、うまく整理できていない部分もあったのです。考えてみると彼らは、小中学校以来の「努力評価」に慣れすぎて、大学の「実力評価」の考え方についていっていないのではないかと思います。昔の自分と同じく、「ガチで出席を取られたら困る大学生」の皆様は、友人に「実力評価」と「努力評価」の違いについて話をしてみたら、おもしろいかもしれません。

はてなブックマークに追加 del.icio.usに追加 POOKMARK Airlinesに登録 livedoorクリップへ追加 @niftyクリップへ追加 Buzzurlにブックマーク newsingにピックアップ Choixに投稿 Furlへ追加 Blinklistへ追加 Redditに投稿 twitterでReTweet

固定リンク | コメント(0件) | トラックバック(0件)

コメント

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
(トラックバックは記事投稿者が公開するまで表示されません。)

ニュースな待合室をRSSで購読する

Googleで購読 はてなRSSで購読 livedoor Readerで購読 Bloglinesで購読 My Yahoo!に追加

その他のRSSリーダー

管理人のつぶやき