ニュース | 2008/12/13
13日は「双子の日」とされる。双子が生まれる確率は100分の1だが、福岡県八女市の全校児童430人の上妻小学校には13組もいる。なぜこれだけそろったのかは分からないが、今村辰子校長は「よく似たかわいい顔がたくさん並んで登校してくるのを見ると、幸せな気持ちになります」とほほ笑む。
(中略)
多胎の研究をしている石川県立看護大学の大木秀一教授(公衆衛生学)によると、都道府県別で双子や三つ子などの多胎出産数を比較した場合、最も多いのは京都府の1千件の出産で14.3回。福岡県は11.7回で、全国平均の11.3回とほぼ同レベル。上妻小と校区が接する小学校は5校あるが、双子は0~5組で、児童数で比較するとほぼ平均的だ。上妻小は非常にまれなケースといえる。
なぜなのか。大木教授は「食べ物や飲み水で双子が増えることは考えにくく、小学校区という特定地域で多胎が増える理由は分からない」と首をひねる。「多胎出産は遺伝するので、この地域に双子の家系が多い可能性はある」と大木教授はみているが、同校の卒業生でもある檀監督は「自分が在籍していたころは数えるほどだった。自分の親類にもいない」という。
12月13日は「双子の日」 福岡の小学校なぜか13組
http://www.asahi.com/national/update/1213/SEB200812130002.html?ref=rss
○上妻小学校の双子に関する記事
福岡県八女市上妻小学校という学校では、児童数430人のところ、双子が13組もいるそうです。それを単に「ほほえましい」という意味で記事にするのなら良いのですが、あたかも遺伝の問題であると思わせる、この記事の内容には疑問を感じざるをえませんでした。
なぜなら、この程度の双子の数なら、確率的に十分にありえると思われるからです。単純に、記事の中にある双子の出生率1.13%に児童数430人を掛けても4.9組であり、13組というのはせいぜいその2倍ちょっとです。この程度の組数の学校があっても決して不思議ではありません。
○確率的に計算してみる
とは言ってもピンと来ない人もいると思うので、きちんと計算してみることにしました。双子は必ず同じ小学校に通うという仮定で、児童数430人の小学校に13組以上の双子がいる確率を計算すると0.147%(Excelだと"=1-BINOMDIST(12,450,0.0113,TRUE)"で計算できます)。なんと681校に1校の割合で、13組以上の双子がいる計算になります。
平成19年度の学校基本調査によれば児童数が400~500人小学校は2424校もあるので、全国を探せば3校程度は「児童数400人~500人で13組以上の双子がいる小学校」を探すことができるということになるでしょう。また、途中の計算はちょっと複雑ですが、同様にして「児童数500人以下で13組以上の双子がいる小学校が全国に1校以上存在する確率」を計算すると80%を超えることなります。上妻小学校に双子が多いことは決して特別なことではないのです。
○報道というフィルター
ではどうしてこのような記事になってしまったのでしょうか?
「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」という箴言が示しているように、「報道」というのは、「低い確率でしか起きないようなことを積極的に報道する傾向にあります。したがって、報道というフィルターを通すと「確率」は大きく変わってしまいます。
たとえば、ある町で公害があり、その町のある小学校の双子の人数が0.1%の確率でしか起きえないほど多かったとします。この双子の組数が普通ではないと考えて原因を調べることには意味があるでしょう。これは「報道というフィルターを通していない事象」であり、この場合、0.1%という確率はそのまま理解することができます。
これに対し、「13組も双子がいる珍しい学校」がメディアに取り上げられた場合、それは「たまたま選んだある学校に13組も双子がいた」ということではなく、全国の学校の中に「児童数500人以下で13組も双子がいる学校が存在した」ということを意味します。これは「報道というフィルターを通した事象」であり、確率的に考えるのであれば、「児童数500人以下で13組以上の双子がいる小学校が全国に1校以上存在する確率」を考えなくてはいけません。上に書いたように、この確率は80%を超えるものであり、決して「稀な事象」ではないのです。
記事でコメントを求められた大木教授は一般論として遺伝と双子の関係について触れたのだと思いますが、全体として「八女市には双子になる遺伝子を持っている人が多い」可能性を示唆しているかのような記事の作りには問題があると言わざるをえないでしょう。「遺伝子」に関する知識が乏しい人の中には、この記事を不当な差別を引き起こすものと感じる人もいるかもしれません。
要するに朝日新聞の記者、そして編集部は「報道とは何か」という記者として不可欠な視点を忘れてしまっているのではないかと思います。自らの力の大きさを知らずに、それを振りかざすものほど、恐ろしい存在はありません。
○報道を見る目
率直に言うと、今回の記事は一般には広く取り上げられているわけでもないし、新聞の影響力が低下してきた今、目くじらを立てて怒るようなことではないと思っています。ただ、これは「報道」というものの本質を考える上で重要な事例ではないかと思うのです。というのも、「報道は珍しい事象に関してなされるもの」ということが忘れられてしまっているように思われることがしばしばあるからです。
たとえば、最近、メディアが「贅沢をしながら給食費の滞納をする親」という事例を取り上げてから、給食費を滞納する家庭に対する批判が強まったりしたことがありました。しかし、実際には「贅沢をしながら給食費の滞納をする親」という事例の影に、「給食費を払えないほど生活に窮している親」がたくさんいるのです。最近、山野良一さんという方が「子どもの最貧国・日本―学力・心身・社会におよぶ諸影響(link)」という本が出版され、ベストセラーになっているようですが、こうした現状をメディアは取り上げません。「贅沢をしながら給食費の滞納をする親」という<珍しい事例は>センセーショナルに取り上げられても、「給食費を払えないほど生活に窮している家庭」という<珍しくない事例>は報道されないのです。
これはある意味、報道の本質とも言えるもの。どんなにマスコミを補完するような仕組みを考えたとしても、結局のところ、報道に接する一人一人の人間がこうした事実に敏感になることによってしか解決しないのかもしれません。
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双子に興味のある者です。
計算はしてませんが、13組=26人ですよね?
人数と組数が混ざっているような。
コメントありがとうございます。
ご指摘を受けて記事を修正させていただきました。
結果として、数値は間違っておらず、
単位の変更だけで済んだのですが、
元のままだと全く意味の通らない計算になっていました。
重ねてお礼申し上げます。
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ある報告があるとき、これをどのように解釈するかは、とても困難なことですね。報道する記者の先入観や政治的立場、記事の売れ行きなども考慮にいれないといけませんからね。これは容易ではなく、非常に高度な知的な作業です。
月並みな結論ですがですが、鵜呑みするのではなく、よく勉学して、普段から他者と議論して報道内容をよく吟味せねばならんでしょうね。