ニュース | 2008/03/11
mixiの著作権問題(参考)は、運営側の対応が遅いこともあって、留まる気配がありません。ところで、mixiの新利用規約には、「著作人格権不行使規定」というものがあり、これがネット上で話題になっています。「著作人格権不行使規定」は、mixiの新利用規約だけではなく、多くのブログ/SNSサービスの利用規約に見られるものだからです(参考)。もともと多くの利用規約に存在した規定が、mixiの著作権問題で一躍脚光を浴びることになったとも言えます。
なぜ、著作人格権不行使規定が、これほどまでに話題になっているのでしょうか。それは、この規定があると、非公開の日記がされたり、内容が改変されても文句を言えなくなるなど、ユーザ側にさまざまな不利益がもたらされると言われているからです。
しかし、本当に著作人格権不行使規定があると、非公開の日記が公開されてしまうのでしょうか。「さすがにそれはないだろう」という反論もちらほら聞こえてきます。実は、非公開の日記の公開には、さまざまな問題が複雑に絡んでいるのです。この記事では、このことについて考えてみるとことにします。
○とりあえず、著作人格権って何?
「著作人格権」には、「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」などがあり、ユーザが著作人格権を行使できないという「著作人格権不行使規定」が導入されると、形式的には、以下のような問題が起きることになります。
1. 非公開の日記が勝手に公開されても文句を言えない(公表権)
2. 氏名が勝手に書き換えられて公表されても文句を言えない(氏名表示権)
3. 内容が改変されて公表されても文句を言えない(同一性保持権)
著作人格権は非常に重要な権利であるため、「譲渡することができない(一身専属性)」ということが著作権法に定められているのですが、「行使しない」という規定は有効であると一般に理解されています。
これはどうしてでしょうか?一般に、著作人格権不行使規定は、「業務著作」と呼ばれる著作物で用いられてきたものです。たとえば、会社のWebサイトを、会社と契約したデザイナーが作り、著作権を会社に譲渡したとします。このとき、著作人格権不行使規定がないと、会社側はデザイナーの承諾を得なければデザインを変更することができなくなってしまいます。こういった状況で用いられるのが「著作人格権不行使規定」です。また、2ちゃんねるのような匿名掲示板の利用規約においても、著作人格権不行使規定が用いられています。匿名掲示板においては、誰が書き込んだか分からないので、著作人格権不行使規定がなければ、投稿された著作物を利用することができなくなります。これを解消するために用いられるのが著作人格権不行使規定です。いずれにせよ、著作権が完全に相手に譲渡されるというような状況で用いられるのが著作人格権不行使規定なのです。
では、ブログやSNSで著作人格権不行使規定が必要なのか…。というと、かなり微妙なところですが、規約そのものは何らかの形で有効である可能性も十分にあると言われています。つまり、上の例のような問題が実際に起きる可能性があるわけです。
○実際に、非公開の日記が公開されるってありえるの?
ただ、上の挙げた例の中で、氏名表示権や同一性保持権についてはともかく、公表権に関して「非公開の日記が勝手に公開される」まで考えなくても良いのではないかという見方もあります。
これには二つ理由があります。
一つは、「プライバシー権」との関係です。一般に、プライバシー権は、著作権とは独立した権利と解されるわけですから、「著作人格権の不行使」とは別に、プライバシー権は守られると考えることができるからです。
もう一つは、著作人格権の不行使規定の問題です。著作人格権の不行使規定は判例の蓄積が少なく、問題になることが多いのですが、単に契約書に書いてあるだけで、全面的に有効になるわけではなく、一定の適用範囲でしか有効ではないというのが通説です。したがって、ブログやSNSの利用規約において、著作人格権不行使規定が有効かどうかですら疑問があります。業務著作や匿名掲示板ならともかく、ブログやSNSで著作人格権不行使規定を設ける必然性を認めるのは困難だからです。まして、著作人格権不行使規定が、プライバシーを侵害するケースまで適用されるとは考えにくいのです。
特にmixiの新利用規約では、非公開の日記を公開する条件については、著作権とは別の条項で規定されていますので、そういった条文全体のバランスから考えても、最低限のプライバシーは守られると考えるのが、常識的な予想です。
ただし、これはあくまで「予想」に過ぎません。ブログやSNSで著作人格権不行使規定が無効であるという説が有力なのは事実ですが、それはあくまで一意見であり、裁判でそれが認められるという保証はないのです。プライバシー権も、憲法や法律で明文化された権利ではなく、裁判でどこまで認められるかはケース・バイ・ケースです。そして何より、規約の条文を文字通りに解せば、非公開の日記が公開される可能性があるのは事実なのです。
そうである以上、ユーザは、自らのプライバシーが侵害されるリスク、そのときに訴訟を起こす必要が生じるリスクを想定しなければいけないでしょう。そして、その裁判は規約の無効を争う面倒なものであり、勝てるという保証は全くありません。しかも、社会的に注目されるのは間違いなく、逆にプライバシーが晒されるという二次被害に遭う可能性も出てきます。もちろん、そうなる可能性は低いと思うのですが、リスクとしては考慮しなければいけないということです。
○著作人格権不行使規定はどうして問題なのか?
いずれにせよ、氏名表示権や同一性保持権の不行使によるリスクならともかく、公表権の不行使によるリスク、つまり、「非公開の日記を無断で公開される」というリスクはそれほど大きなものではないかもしれません。ただ、実際に訴訟になるリスクは低くても、ブログやSNSの利用規約に著作人格権不行使規定が入っているのがおかしいという結論には変わらないでしょう。もし、著作人格権不行使規定が裁判で無効になるような規定なのなら、そもそもそんな規定が利用規約に入っていることがおかしいということになるわけだし、もし裁判で有効になるような規定なのなら、ユーザはそんなブログ/SNSに入るべきではないということになります。
ですので、「mixiの新利用規約が実施されると、非公開の日記が公開される」というのは、半分正しくて、半分正しくないということになるかもしれません。たしかに、法的にそういうリスクを抱えることになるという意味では正しいし、そのことを著作人格権不行使規定の問題を分かりやすく表現するものとして訴えていくことは間違っていないと思います。しかし、現実問題として、非公開の日記がどんどん公開されることになるかというと、そういうわけでもないと思うのです。
今回の問題に関しては、「新利用規約の施行で非公開の日記が公開されてしまうので大変だ」「いや、そんなことありえないのだから、考えるだけ無意味」というような議論が多く見られます。著作権についてある程度以上に詳しい方でも、こういう発言をする方がいるのですが、どちらもある意味正しい一方、ある意味誤解を含んでいます。いずれにせよ、新利用規約に問題があることには変わらないのですから、正しい認識に基づいた冷静な議論をしていくことが必要でしょう。そして、何よりmixiの利用規約問題がより良い方向に進んでいけばと思います。
●補足
1. この記事を読んで、「mixiの新利用規約は大した問題ではないのではないか」と思った方がいるとしたら、それは誤解だと思います。著作人格権不行使規定は、公表権の不行使以外にも、同一性保持権・氏名表示権の不行使を含むし、新利用規約には「著作人格権不行使規定」以外にも多くの問題を抱えているからです。この記事は、著作人格権不行使規定の問題、さらに公表権の不行使に限って説明したものです。新利用規約の問題のごくごく一部だということができます。
2. 本文の議論が「友人のみ公開の日記」にはそのまま適用できるかどうかには異論もあるようです。特にマイミクの人数が多く、気軽にマイミク申請をOKしている場合に、「公表権」の問題であると言えるかは疑問です。この場合、「友人のみ公開の日記」が外部に公表されるのは、18条1項の公衆送信権の問題であると考えることになります。結論は同じなのですが、理論的にはそういうことになるということです。ただ、このあたりのことをきちんと解説すると大変なことになってしまうので、この記事では表向きは「非公開」の日記についてだけ議論しています。
mixi内の投稿と公表権
http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2008/03/mixi_bacd.html
お知らせ
mixiの利用規約問題については、この後ミクシィ側から大幅な修正案が発表されました。詳しくは以下の記事をお読み下さい。
mixiの利用規約問題は収束へ―今後の議論の発展に期待
http://informatics.cocolog-nifty.com/news/2008/03/mixi_7d92.html
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