ニュース | 2007/09/11
舛添要一厚生労働相は11日の閣議後記者会見で、一部事務職を割増賃金の支払い対象から外す「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度(WE)」について、「名前を『家庭だんらん法』にしろと言ってある」と言い換えを指示したことを明らかにした。その上で、「残業代が出なければ、早く帰る動機付けになる」と評価、働き方の改革の一環として取り組む考えを示した。
WEは厚労省が先の通常国会での法制化を目指していたが、「残業代ゼロ制度」と批判を浴び法案提出を見送った。
「家庭だんらん法」に言い換え指示=「残業代ゼロ法」で舛添厚労相
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2007091100434
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070911-00000076-jij-pol
(1) 「残業代」だけが働く動機ではない
「ホワイトカラーエグゼンプション」のどこに国民が反発しているか、この人は分かってるのでしょうか?
今の日本の雇用システムにおいて、現実に残業代がゼロになれば、「早く帰る動機付けになる」どころか、「さらに働く」動機付けになり、ホワイトカラーの労働者がより過酷な労働に耐えなければいけなくなることが心配されているわけです。「家庭だんらん法」と言い換えたところで、皮肉にしかならないでしょう。
なぜ、こんなおかしな議論が出てくるのかというと、人間を短期的な経済活動だけでとらえる旧来型の経済学を元に考えているからだと思います。たしかに人間が、その場限りでの「合理的な経済判断の主体」であると考えるのなら、「残業代が出なければ、早く帰る動機付けになる」ということになるでしょう。
しかし、人間は、その日の残業代という動機付けだけで判断しているわけではありません。会社の利益への貢献、組織への所属意識、昇進…こういったものによって動機付けで働いているのであり、残業代はそうした中のごく一部にすぎないのです。したがって、「残業代ゼロ」は、労働時間の減少に全く役立たないことが予想されます。さらに、サービス残業で見られるように、「残業代がないのなら、会社に迷惑をかけないで安心して残業できる」というような論理がはたらくことも十分予想されます。
おそらく政府は、政府系のシンクタンクあたりに調査を依頼し、古いの経済モデルに基づいて「ホワイトカラーエグゼンプションによって残業が減る」という、国民の感覚から離れた結論を導いているのだと思います。しかし、このモデルそのものが正しいかどうかとういことについては、きちんと考えないといけないでしょう。
(2) 年俸制の導入は市場原理に基づいて行うべき
大きく言えば、ホワイトカラーエグゼンプションは、労働時間に基づく報酬ではなく、契約に基づく報酬に移行するべきだということであり、年俸制の導入に近い意味があります。年俸制そのものは成果型賃金の導入を進めるものであり、それを進める流れは決して間違っていないと思います。
ただ、それがどのような「ルール」に基づいたものかということについては、きちんと考えないといけません。社会には「月給制」という労働慣行の中でのルールがあり、「年俸制」という労働慣行の中でのルールがあります。そして、月給制から年俸制に移行する場合の労働慣行があります。そして、それぞれのルールに基づいて労働市場が成立しているのです。たとえば、通常、月給制から年俸制に移行する際には、同水準以上の賃金が保証されるのが前提になるのでしょう。そうでなければ、優れた労働者は、他の企業に転職してしまい、企業は貴重な資産を失うことになるからです。こうしたルールに基づいて月給制から年俸制に移行するのであれば、それは悪いことではありません。
ところが、ホワイトカラーエグゼンプションは、「月給制」という労働慣行のルールを変更し、年俸制に近づけようとするものです。しかも、明らかに経営側に有利で、労働者側に不利なルール変更です。これは言ってみれば「ゲームをしている途中でルール変更をする」ようなものであり、労働者側が反発するのは当然でしょう。
年俸制を導入を推進するのであれば、現在の「ルール」を尊重した上で、市場原理に基づいて行うべきであり、「だまし討ち」のような「ホワイトカラーエグゼンプション」は問題なのです。これは多くのホワイトカラー労働者が、強く感じていることであり、だからこそ、この法案がこれだけ反発されるのではないかと思います。
(3) ホワイトカラーエグゼンプションの本当の意味
しかし、どうして政府は、こうした制度を推進しようとしているのでしょうか。直接的には経済団体の要望だと思いますが、あえて政府にひいき目に見ると、社会全体の生産性を高め、格差社会を是正したいということが根底にあるのかもしれません。
というのも、年功序列制のホワイトカラーの賃金は、労働者全体の賃金を大きく押し上げており、これが、資本に対する生産性、賃金に対する生産性の両方を押し下げていると考えることができます。これは、最近問題になっている非正規労働者の増加の原因ともなっています。これに対し、ホワイトカラーの賃金を切り下げれば、生産性を高めることができるし、それは非正規労働者を始め、低賃金の労働者に対する所得配分の源泉ともなるのです。(*1)
これは、社会の中の利害対立と絡む複雑な問題であり、この記事で議論できるような単純なことではありません。しかし、いずれにせよ、「ホワイトカラーエグゼンプションでゆとりある暮らし」というような宣伝文句が、議論を本質からそらし、国民を騙すものであることには変わらないでしょう。ホワイトカラーの賃金の切り下げを狙っているのなら、たとえ大変でも、そのことをきちんと国民に説明し、その上で理解を求めるべきではないかと思います。もし、そうではなく、「社会的に必要なことなら国民を騙しても良い」という論理が認められるのなら、民主主義は破綻するでしょう。ホワイトカラーエグゼンプションを通して、民主主義の「質」が問われているのかもしれません。
*1
こうした立場からホワイトカラーエグゼンプションをとらえている意見に以下のものがあります。
労働ビッグバンは時間をかけてでも実現すべきだ - ワークスタイル - nikkei BPnet
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/cover/bigbang/070907_6th/
○関連記事
「残業代出なかったら、さっさと帰る」舛添厚労相が持論/朝日新聞
http://www.asahi.com/politics/update/0911/TKY200709110426.html
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