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北朝鮮問題で日本はもっと主体性を発揮するべきではないか

| 2007/09/17

北朝鮮核問題に関する6カ国協議の米首席代表、ヒル国務次官補(東アジア・太平洋担当)は14日、国務省で記者会見し、朝鮮戦争の休戦協定に代わる平和条約締結に向け、「直接の当事国」による交渉を年内にも開始したいとの意向を表明した。「直接の当事国」の構成は正式には決まっていないが、米国、北朝鮮、韓国、中国の4カ国の参加を想定しているという。

平和条約交渉、年内にも開始=米朝韓中の参加想定、来年秋の合意目標-ヒル次官補htthttp://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007091500086

日本抜きでの、北朝鮮との平和条約の構想が急速に進んでいます。もちろん、日本人として率直に言えば、日本の頭越しで、関係国との関係が深まることは、あまり嬉しいことではありません。

ただ、現実を見れば、拉致問題は国際的に日朝の二国間の問題としてとらえられ、国際的な重要事項とはとらえられていないのが事実でしょう。たしかに、拉致問題は重要であるし、状況証拠からして、生存者がいる可能性が高いのは事実だと思います。しかし、過去の拉致については、すでに北朝鮮側が謝罪しているし、生存者については状況証拠しかありません。世界には、深刻な人権問題が多数ある中、日本の問題だけを特別に取り上げるように要求するのが難しい面はあるでしょう。

もちろん、米国に対しては、日米同盟の存続、米国への軍事協力を拉致問題協力の条件にするという交渉方法はあると思います。ただ、これも、現実的に難しいのは言うまでもありません。特に対米追従路線を堅持する自民党政権が続く限り、事実上、このカードを使うことができないという問題もあります。そして、そうだとすると、日本は他の方法で、拉致問題の解決を要求していくしかないのです。

では、他の方法とは何でしょう。それは、直接的には経済制裁、間接的には政権の弱体化を狙うことです。経済制裁とは、具体的には、万景峰号の停止や送金停止。また、政権の弱体化のための作戦としては、陸続きの中国に北朝鮮難民の正式受け入れを要求したり、難民の韓国への移送ルートを確保すること、また、中国や韓国にこれらの費用負担を提案するというような方法があると思います(ちなみに、難民を陸でつながっていない日本に受け入れる必然性は全くありません)。

いずれにせよ、今の日本は、仲の悪い友だち(北朝鮮)にケンカを売られ、「あいつ(北朝鮮)にひどいことをされているから、みんな(韓国・米国)も一緒にあいつ(北朝鮮)をいじめてくれよ」と言い、主体的な行動を何もしない子供のような状況です。さらに、「みんな(韓国・米国)が、あいつ(北朝鮮)と仲良くなるなて嫌だ」とダダをこねているわけです。全く主体性のない、情けない外交姿勢ではないでしょうか。

もちろん、他の国に協力を求めることは必要です。ただ、拉致問題は日本自らの問題である以上、外国が見返りなしで協力するのを期待すること自体間違っているのです。単に「一緒に、いじめてくれ」「仲良くなったら怒るよ」とダダをこねるのではなく、主体的な外交姿勢を示していくことが必要ではないかと思います。

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コメント

北朝鮮の行為は、戦争行為であります。本来は、事件が発生したらすぐに、被害者および誘拐犯の引渡しを要求し、拒否すれば即戦争に入るべきでした。しかし、当時の冷戦構造のなかで、ソビエトとの戦争を恐れた日本政府は事件を知りながら、これを握りつぶしました。
北朝鮮はこれを計算していたはずです。日本政府はでてこないと。実際そのようになりました。
アルカイダがNYを襲ったとき、ただちに米国は反撃しました。これが必要でした。
日本国民として本来享受すべき全権利が剥奪されている拉致被害者と運命を共にすることは他の日本国民の義務のはずです。
これができないことには原因があります。主体的に日本が行動できないというのは、つまり、外交的には日本は完全な独立国ではないということです。

投稿: ツーラ | 2008/10/20 4:56:28

> 日本国民として本来享受すべき全権利が剥奪されている
> 拉致被害者と運命を共にすることは他の日本国民の義務のはずです

それは日本が制度的に保障された人権ではなく、
普遍的権利としての「人権」に基づいて、
北朝鮮にその権利の回復を求めるという意味だと解釈できますが、
それで良いでしょうか?
もしそうだとすると、結局「国際社会」というのがかかわってきます。
ツーラさんは一見して、ナショナリズムを語っているようですが、
実は知らないうちに、「国際社会の倫理」というものを
話に持ち込んでしまっているのではないかと思います。

自分はそれと反対のことを言っています。
外交の問題において、
もちろん、「人権」や「国際社会」は重要な要素の一つでありますが、
あくまで一つの要素に過ぎません。
それを含めて、さまざまな側面が考慮されるべきなのです。

実際、国と国の関係では、国民の数分の1が殺されるという状況は多数あります。
それに対して、「国民の権利」を根拠に報復をしていたら、
世界は戦争だらけになってしまうでしょう。
たとえば、日本は中国の人民の多くを殺しましたが、
それに対する報復を正当化する論理と、
ツーラさんの論理は同じです。

> ソビエトとの戦争を恐れた日本政府は事件を知りながら、
> これを握りつぶしました。

したがって、現在から過去を振り返り、
こういう判断を批判することはできないと思います。
それはそれで現実的な判断だったのだと思います。
しかし、現段階では、もっと強く出てもいいだろう、
というのが自分が本文で書いたことです。
要するに、自分が言っているのは徹底した現実主義です。
外交に「人権」や「国民の義務」といった「理念」を持ち込むことは、
非常に危険だと思います。

投稿: 情報学ブログ | 2008/11/05 22:38:16

外交というのは、第一に自国の安全保障を念頭に置いた上で理念を達成するために努力するということであります。理念がないと、真の友好国はできないのです。八方美人外交では、どの国からも信頼されません。世界情勢の変化に応じて、外交方針が柔軟に変化する国家は他国から見れば、非常に危険に見えるのですよ。
なおかつ、わが国は、文明国でありますから、ロシア人のようにビザンチン外交もできないのです。
その点で管理人様は明らかに間違っています。外交が何たるかをまったくわかっておりません。

また、私が国民の義務とか人権とか言い出したのは、たしかに、普遍的な意味でです。日本が国家として存在するにあたり、至宝のものとしているものあると考えているからです。制度化された人権とかではありません。竹島とは違うのです。

日本政府が対朝鮮征伐決意した場合、これには全日本人は応じないといけないという意味で言ったのです。国内的な理由です。自分は戦争で死にたくないから、拉致被害者は見殺しでいいという日本人を封じることを意図しています。
北朝鮮特殊部隊にテロと同等の行為を何度もされながら、日本政府は何もしませんでした。日本は独立国家ではないことを示しただけです。30年も経ってから、ごちゃごちゃ言っても遅いのですよ。どこの国も同情はしてくれますが、日本に協力する国は一つもありません。アメリカの”アフガン戦争”(イラクはちがう)の場合の英仏独中ロの反応と、あまりにも対照的です。これをよく考えるべきです。
自由、人権、平等など国家理念といいながら、自国民の人権すら、守れない。いや、守る能力はあるのに意図的に守らない国が異常であることがわかりませんか?
他国からみれば、今更拉致事件で騒いでいる大国に協力することは外交的に危険なのです。

報復に対する報復が世界を覆うことなど心配する必要はありません。というのは軍事力はある地域に偏在しているからです。
日本が本気で戦争計画を発動したならば、北朝鮮の軍事的な報復能力など一瞬で失われてしまうでしょう。
平和とは恐怖によってしか保ちえないのです。とくに、あのような国の場合には。

投稿: ツーラ | 2008/11/07 18:35:41

> 第一に自国の安全保障を念頭に置いた上で理念を達成するために努力するということであります。
> 理念がないと、真の友好国はできないのです。

> 外交が何たるかをまったくわかっておりません。

理念がないといけないというのはその通りだと思いますが、
理念が理念だという意識をもてなくなれば、
それは「盲信」とか「ファシズム」のたぐいでしょう。
ツーラさんのおっしゃる意味で「外交がなんたるかをわかっている」のは、
北朝鮮とか、ドイツとか、戦前の日本とか…
そういう国だけだと思います。

> 私が国民の義務とか人権とか言い出したのは、たしかに、普遍的な意味でです。

そうであれば、それを主張すると同時に、
相手国の国民の人権を守る義務も出てきます。

これはツーラさんが前提にされている、
「ポリス的自由」の権利と、似ているようで正反対の概念なんです。
これをごっちゃにすると、議論が混乱すると思います。
「ポリス的自由」の権利は普遍的人権ではなく、
制度的権利ですから、
理念的には、ポリスの外側の人の権利を保障することを要求しません。
したがって、こういう権利だけを想定した世の中は、
戦争だらけの世の中になってしまうわけです。
これは、まさにポリスが滅亡の運命をたどったことが証明しています。

それに対して近代の人権は、「普遍的権利」なので、
少なくとも部分的には、国外の人間の権利を認めないといけないのです。
そうでないとそれこそ、
「理念」のない自己陶酔的民族主義に過ぎなくなってしまうでしょう。

> 日本政府が対朝鮮征伐決意した場合、これには全日本人は応じないといけないという意味で言ったのです。
> 国内的な理由です。
> 自分は戦争で死にたくないから、
> 拉致被害者は見殺しでいいという日本人を封じることを意図しています。

いろんな問題をごっちゃにしていると思います。
まず、国と国との問題は本質的には駆け引きであり、
国際問題において「人権」は国民を守る道具に過ぎません。
だから、人権を訴えることで国民を危険にさらす。
そんなことは、どんな愚かな国の政府でも行っていないでしょう。
これは相手国の戦力や国際情勢など、さまざまな問題を踏まえた上での話ですが、
今の日本が、拉致問題の解決のために、
北朝鮮相手に戦争を起こすというのは、
明らかに国益に反すると思います。

つぎに、日本において、外交方針も、最終的には民主主義的なプロセスで決まるものです。
したがって、政府がそうしたプロセスの結果として、
特定の国との戦争を決意したとしても、
国民には、それに反対する自由が残されています。
もしこれが認めないというのなら、民主主義の否定だし、
今の日本の政治制度の否定に過ぎません。
単なる低俗なファシズムだと断じます。

この場所でご自分のお考えを披露されるのはかまわないのですが、
おっしゃっていることの意味についてもう少しお考えになったら良いと思います。

> 30年も経ってから、ごちゃごちゃ言っても遅いのですよ。

当時、アメリカの国民が北朝鮮に拉致されたら、
アメリカは北朝鮮を爆撃したでしょうか。
答えはNOだと思います。
これは当時の情勢に基づいての判断であり、
今から振り返って批判してもしょうがない話でしょう。

ツーラさん自身がおっしゃっているように、
今から「ごちゃごちゃ言っても遅い」のです。
実際、今、日本が北朝鮮を攻撃したとして、
国際社会の理解は得られないと思います。
これは、日本の安全保障上の地位を危うくする効果をもたらします。

> 平和とは恐怖によってしか保ちえないのです。とくに、あのような国の場合には。

いつの時代も、戦争推進派の人はあなたのようなロジックを使うものです。

木を見て森を見ずという言葉あります。
ツーラさんの言う「平和」とは何でしょうか。
日本が国際的な信頼を失ってでも、
北朝鮮を攻撃することによって得られる平和とは何か。
本当にそれを「平和」と言うことができるのか。
考えなければいけないのではないかと思います。

投稿: 情報学ブログ | 2008/11/08 0:04:51

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