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「地震は実験」―見当違いの科学批判ではないか?

経済・政治・国際 | 2007/08/08

宮氏は会見で「7月16日に起きたことは大変ショックだった」と述べたうえで、原発の耐震性について「非常に堅固だった」と解説した。

報道陣に「安心したか」と尋ねられると、「安心した。何というか、代え難い実験だったんですね。歴史的な実験かも知れない」と答えた。

http://www.asahi.com/national/update/0803/TKY200708030454.html

「地震は実験」という発言で、「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」座長の宮氏が辞職しました。これだけを切り取るとひどいように思うのかもしれません。しかし、上の記事を見ると分かるように、これは泊原発についてのコメントです。「人が死んだことが実験」という文脈ではなく、「泊原発が無事だったことが実験」という文脈での、「実験」という言葉なのです。

そもそも、ものごとを「実験」としてとらえるのは、科学者としては当然の態度です。たとえば、医学を研究している学者に取って、珍しい手術や治療は実験。大規模な経済政策を提案した経済学者にとって、その政策は実験です。もちろん「実験」として、わざと地震を発生させていたり、わざと病気にしていたら問題でしょうが、今回の発言は、そういうわけではありません。また、人が亡くなったことを「実験」というような、不用意な発言をしたわけでもありません。

今回の発言は、科学者は常に、世界のあらゆることを「実験」としてとらえている。それを表現しただけの言葉とも言えるでしょう。もしも、それを否定するのなら、近代科学を否定するのと同じです。

要するに、科学の素養がない人間が、何も知らずに反発しているだけ。そうとしか思えないのです。そのうち文化大革命のように、知識人の大虐殺でも起きそうです。そうならないためには、理科教育の充実が必要なのではないかと、切に感じます。

もし、この問題を取り上げるのであれば、「地震を実験」とせざるをえない原発行政のあり方が厳しく問い直されるべきではないでしょうか。これは、宮教授が辞任すれば良いというような単純な問題でははずなのです。最近のニュースを見ていると、こういう本質的な問題からあえて目を背けさせようとする意図的なものを感じてしまいます。

○関連ブログ

http://ameblo.jp/wayakucha/entry-10042095454.html
http://d.hatena.ne.jp/rokkasho/20070803/1186146287
http://cos.cocolog-nifty.com/cosmos/2007/08/post_f3d7.html
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/242bf358cc6303da9ea431e8bd209d6e
http://sj17417.blog63.fc2.com/blog-entry-293.html

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