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最近のフェミニズム攻撃について―フェミニズムと政治の両方の問題として

経済・政治・国際 | 2007/02/08

「女は機械」という柳沢発言は、最近流行しているアンチフェミニズムの流れで起きたもので、その背景にあるのは、ワンフレーズ政治、政治における学問軽視と右傾化の流れです。そういう意味で、柳沢問題は学問の危機、政治の危機という、より深刻な問題と関係するものなのです。

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最初に言っておきますが、自分はフェミニストではありません。極端なジェンダーフリーの教育には反対だし、フェミニズム的な表現にもかなり違和感があります。しかし、それでも、フェミニズムには一目置いています。そして、フェミニズム的な発想が社会からなくなることには、非常に危険を感じます。

たしかに、フェミニズムの言うことは、まともに聞くことができないもので、「ちょっと差し引いて」聞かないといけないどころか、「90%くらい差し引いて」聞かないといけないという部分はあると思います。しかし、90%差し引いて聞くとして、残った10%は非常に重要なことを言っているのがフェミニズムの議論なのです。(*1)

「女性は機械」発言が話題ですが、現代の社会で「女性は機械」になっていまっているのであり、それを克服しないといけないということは、はるか昔からフェミニズムで言われていたことです。また、マスコミの権力性、医療の権力性と自己決定権の問題…。現代の社会問題の多くの局面で、フェミニズムは先駆的な役割を果たしてきました。自分を含め、フェミニズム以外の立場で、こうしたことについて議論をする人たちは、自分が考えている問題意識を、はるか前にフェミニズムの人たちが持ってきたことに驚き、敬意を払いながら、そこから「90%差し引いて」別の言葉で表現してきたわけです。フェミニズムはたしかに極端なところがあるにしても、そこでとらえられている問題意識は非常に鋭いものがあり、だから学問の世界で一目置かれるものであり続けてきました。

ところが、最近、フェミニズム攻撃が盛んです。この流れは、最近の社会全体の右傾化という大きな流れの中での話でもあるわけですが、直接的には安倍首相が座長を務めていた、自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態プロジェクト・チーム」が学校での男女同室の着替えなどを問題にしたこと、男女共同参画会議で、男女共同参画推進関係予算が10兆円というかなり誤解を招く発言があったことがマスコミで取り上げられるようになったこと(*2)があるでしょう。そういうことから考えると、柳沢発言の目的は、おそらく、「女性は機械」というフェミニズムが一番問題にしてきた言葉をあえて使うことにより、アンチフェミニズムを前面に出し、自民党内の支持を固めることだったと思われます。要するに、アンチフェミニズムの時代の流れに乗ったつもりが、判断が甘かったというのが柳沢発言の本質であり、安倍総理が擁護するのは当然のことなのです。

つまり、柳沢氏としては、「女性は機械であってはいけない」というのは、一部の憎たらしいフェミニストたちが言っていることであり、もはや彼女たちに発言力はないのだから無視してても良いだろう。いや、あえて無視することで、自民党内の支持を固めようという意識があったのではないかと思います。しかし、柳沢発言に対する社会の反応を見ても分かるように、「女性は機械であってはいけない」という思いは、別にフェミニストだけが持っているものではありません。それは、誰もが持っている当たり前の感情であり、学問をやっている人間が共有している感覚です。フェミニズムはいち早くそれに注目して批判したのにに過ぎないわけです。柳沢氏はこういう当たり前のことに気づかず、「女性は機械であってはいけない」という主張を一部のフェミニストだけの主張と勘違いして、あのような発言をしてしまったのではないかと思います。そういういう意味で柳沢氏の発言は女性軽視であると同時に、学問軽視の発言と言っても良いでしょう。

さて、このことはフェミニズムと政治という二つの問題として考え直すことができます。

まず、フェミニズムの側の問題として言えば、フェミニズムが、いつまでも「90%差し引かないと理解できない」ような言い方しかしてこなかったという問題があるとも言えます。つまり、問題意識は鋭くても、そして鋭いがために、一般的には受け入れられないようなことしか言ってこなかったのです。さらに、一部の人が、フェミニズムの主張を「額面通り」に受け止めて、社会の反発を招いたりしてきたのも事実でしょう。それが裏目に出ているのが、現在のアンチフェミニズムの風潮と言えるのではないでしょうか。「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態プロジェクト・チーム」のような形での指摘を許したことは、フェミニズムの問題として、きちんと反省しないといけないのではないかと思います。

一方、もう一つは政治の側の問題です。従来、こういった問題に対しては、学問の立場にいる人間がそれなりの発言力を持っており、だからこそ、「90%差し引かなければ理解できない表現」が許されてきたわけです。フェミニズムが多少極端なことを言っても、必要悪として許す雰囲気が学問の場にはありました。ところが、今日、政治に対して学問的な見地が取り入れられることは少なくなってきており、その結果、フェミニズムは、政治の中で受け入れられる場所を失ってしまったわけです。

これは、さらに突っ込んで言えば、「ワンフレーズ政治」に象徴される政治の白痴化ということだし、こういう中で社会が一気に右傾化しているという問題と関連しています(*3)。また、この問題の背景には、学問への信頼が失墜してきているということもあります。これは、「あるある」問題への社会の対応にもつながるものでしょう(*4)。要するに、マスコミや政治の大きな力に対して、学問が声を上げても届かない、いや、声を上げることすらできなくなっている。そういう社会全体の恐ろしい状況(*3)の中で、「フェミニズム攻撃」という現実が起きているのではないかと思います。こういったマスコミや政治権力の恐ろしさをいち早く見抜いて指摘したのが、実はフェミニズムだったということは、こうなるともはや皮肉でしかないでしょう。

柳沢発言についてはさまざまな観点から議論がなされるべきだし、すでに私も、少子化対策という面から、若干、ジャーナリスティックなタイトルの記事を書かせてもらいました(*5)。

ただ、こういう大きな政治の問題の中で今回の問題が起きたということを考えるとき、フェミニズムの側からの発言がほとんどないことには、むしろ危機感を感じます。要するに、フェミニズムにとって、いや、学問にとって、今が、最後のチャンスではないかと思うからです。今回の問題を機に、政府やマスコミの極端な右傾化の流れを指摘し、さらにその中で起きている学問軽視の流れで歯止めをかけるのでなければ、おそらく後に続くのは、「学問の死」以外の何ものでもないでしょう。いや、それとも「学問」はすでに死んでいて、こんなことを言うのは、「学問」に対して期待しすぎる自分の幻想なのでしょうか。

*1
これにはたとえば、男性の側の立場を考慮に入れていないということがあったと言えるでしょう。(以下のリンクを参照)
最近のフェミニズム攻撃について思う/池谷壽夫氏

*2
男女共同参画会議における発言
http://www.gender.go.jp/danjo-kaigi/gijiroku/ka16-g.html

要するに、男女共同参画とちょっとでも関係ある予算を全部集めると10兆円になるということで、男女共同参画のために10兆円かかっているという意味ではないのです。しかし考えてみれば、さまざまな予算に男女共同参画という要素が含まれるのは当然のこととも言えるでしょう。政府としては世論を誘導する目的が見えみえの発表です。

*3
物語ること、選ぶということ―物語としての私、歴史、そして政治/情報学ブログ
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_d527.html

*4
納豆問題の分析と提言―科学とマスコミの問題として/情報学ブログ
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_325b.html

*5
女は機械、問題の本質は何か―柳沢氏への質問マニュアルを特別掲載!!/情報学ブログ
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_ebfd.html

○関連記事

この記事はフェミニズムと学問をめぐる現状について書いたものですが、柳沢氏の「女は機械」という発言そのものについては以下の記事で書かせてもらったところです。

重要 女は機械、問題の本質は何か―柳沢氏への質問マニュアルを特別掲載!!
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_ebfd.html
重要 女は出産する機械(続)―国家の成立と機械としての人間
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_3a2d.html

また、注でも書きましたが、政治の極端な右傾化の中で、私たちが「選択する」ことすらできなくなってしまっているという現実については、以下の記事で書かせてもらいました。

物語ること、選ぶということ―物語としての私、歴史、そして政治
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_d527.html

○参考サイト

柳沢発言から飛躍してジェンダーフリーバッシング話/まぜたま
http://blog.livedoor.jp/taro_scrambled_eggs_26/archives/51412024.html
“女性は子どもを産む機械”発言がなぜ大騒ぎになったのか?~斎藤美奈子さんによる説明(AERA’07.2.12号より)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-286.html
長引く柳沢厚労相問題とフェミニズムの憂鬱
http://d.hatena.ne.jp/kataru2000/20070207/p1

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