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履修不足問題の本当の話(2/2)

経済・政治・国際 | 2007/01/15

前回は、履修不足の問題での、
「年度途中での運用規則の変更」に注目し、
情報学的な問題解析の手法を用いながら、
問題に隠された構造を読み解いてみました。
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/12_9185.html
今回は、これとは全く別の視点から、この問題の背景にある、
教育制度の問題について考えたいと思います。

履修不足の問題の背景に、入試制度の問題があるのは当然としても、
その背景にある問題については、
ほとんど取り上げられていません。
というのも、この問題については、
政治家やマスコミも、大いに共犯者であり、
それについて取り上げる立場にないとも言えるからです。
すなわち、大学/大学院教育を筆頭として、教育全体が、
「役に立つことだけやっていれば良い」という風潮になっている。
今回の、履修不足の問題は、
まさに、そういう現代の教育の問題の縮図とも言える
構造を持っているものだと思います。

本題に入る前に、少々、思い出話をすると、
自分は高校のときぜんぜん勉強しなかったのです。
必須科目の授業は一応出てましたが、寝てるか内職してたもので…。
受験勉強も自宅でしていたし、まぁ、好き勝手な高校生活でした。
世界史はおもしろい先生だったので、
聞いてはいたのですが、ぜんぜん頭に入ってませんでしたね。
それで、大学行ってから勉強しようとしたのですが、
つまらないし、複雑だしでぜんぜん頭に入らない。
まともに勉強したのは、卒業した後でした。

その世界史について、自分が言うのも何なのですが、
大学生って、いったい高校で何を勉強してきたのかって思います。
最近、大学の情報学の授業で学生に、
「モダニズムって高校でやったよね」と聞いたのですが、
全員分からない。
「じゃぁ、近代化ならさすがに分かるでしょ」
これも、ほとんど分からない…。
これは別に難しいことではなく、
高校の教科書にちゃんと入っていることです。
しかも、受験科目として世界史を勉強していた人と聞くと
結構手が挙がるので、面食らいました。
ちょっと大げさに言えば、
近代以降の歴史の学習は「近代とは何か」
という問題関心と切り離せないはずで、
この言葉知らなくて、何勉強してきたの…というのが正直なところ。
このくらいなら、自分も高校生の時点で理解していました。
受験中心の勉強ということで、
丸暗記しかしておらず、歴史の流れとか
まったく教わってないということが、
このことからも良く分かると思います。

なぜこうなるのか?と考えると…、
ゆとり教育も無関係ではないにしろ、
やはり直接の原因は入試だと思います。
大学入試でも、一部の難関校は、
こういう歴史の流れとか、ポイントを理解しているかを
聞くような問題を出すようなのですが、
自分が教えているような中堅程度の大学で、
それは皆無だし、それに向けた受験勉強も丸暗記になってしまうわけです。

では、入試を変えれば良いかというと、そうはいかない。
今、大学には商業主義の流れが押し寄せています。
学問軽視、テクニック重視の流れで、「学問」自体が瀕死状態。
良心的な教育をしたり、
難しい入試問題を出すような大学は、
受験生から敬遠され、淘汰されていきます。
石原都知事が、「社会に役に立たない文学部は不要」として、
都立大の改革を行なったのは記憶に新しいところですが、
こういう流れは、石原都知事がわざわざやらなくても、
私立大学においては、とっくの昔に始まっているわけです。
ここに来て急に「世界史」が大切だなどと言っているマスコミですが、
つい最近まで、「役に立つ勉強をするような教育改革が必要だ」などと、
言っていたのは、忘れたのでしょうか?
要するに社会全体が、学問軽視、文化軽視の流れになっている。
そういう中で、高校生にだけ、「必須だから勉強しろ」というのは、
まったくつじつまが合わないでしょう。
そういう社会全体の学問軽視、文化重視のつけが、
今回の問題として現れているわけです。

さらに言えば、こうした学問軽視、文化軽視の背景には、
社会における、経済を中心とした価値観が肥大化して、
他の価値観が無視されつつあるということ、
さらに、社会のグローバル化という、
まさに、情報学的な問題があります。
こういった視点から、問題をとらえていかなければ、
履修不足の問題に象徴される教育制度の問題が、
本質的に解決されることはないでしょう。

単位偽装のようなどうしょうもない状態は、
一刻も早く(とは言っても年度途中の必要はないですが…)
解消してもらうとしても、
こういう根本的なところを変えない限り、
「先生が生徒に内職を推奨」というようなことになって
別の形で骨抜きにされるだけだし、
何の解決にもならないのではないかと思います。
今回の問題を「おかしな高校教育の表れ」といった
ステレオタイプでとらえるとしたら、
あるいは、「受験競争の過熱」と言うような、
表面的な問題として理解するとしたら、
問題の本質を見誤ることになるでしょう。
履修不足の問題を通し、
その背景にある、教育の問題、さらに社会全体の問題を、
きちんと見据えていくことが大切ではないでしょうか。

 

関連リンク

履修不足・必修逃れQ&A(「教育ニュース観察日記」より)
http://cala99.at.webry.info/200610/article_8.html

今回の履修不足の問題を内容を的確に説明しています。

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