科学の本分

情報学 | 2010/07/15

サッカーワールドカップの勝敗をタコ(蛸)がすべて事前に予測して見事当たった、と騒がれている。会う人ごとに、『タコの超能力ですか?』と聞かれて、返答に困った。その中には、難関大学の工学部や法学部卒の、日頃私の尊敬する人たちも含まれていたから驚きあきれた話である。

【タコの超能力?】/大槻義彦のページ

サッカーの試合結果をドイツの水族館のタコが予想し、見事に的中させたということが話題になっています。

さて、こういう話があると、「そんなことは科学的にありえない」というコメントを出す科学者がいます。しかし、そういうコメントを出す人は、科学を本当に理解していない科学者なのでしょう。そういう自分も決して、「タコによるサッカーの試合結果の予想」を信じているわけではないし、上に引用した文章にも大賛成です。そういう意味では、ナイーブな科学者たちと結論は同じなのですが、理由が「科学的にありえない」ではないのです。自分なら、同じ状況で「タコの超能力を前提にしなくても、科学で十分説明できる」と考えます。

これは似ているようですが根本的に違います。超常現象に出会って、「科学的にありえない」という人は、科学は「起こらないことを証明できる」と信じているのだと思います。しかし、どうでしょう。科学を成り立たせているのは「実験」や「観察」にほかなりませんが、科学者は過去に一度でも「まだ起こっていないこと」について実験したり、観察したりしたことがあったでしょうか。科学がベースにしているのは「過去に起きた事実」であり、「起きていないこと」ではありません。一般に、ある現象が起きないということを証明することは、いかなる科学によってもできないのです。

こう聞いて、残念だと感じたり、感情的に反発する科学者は、科学の役割を勘違いしています。現代社会においては、「そんなことを前提にしなくても、科学で十分説明できる」という言葉が、伝家の宝刀のように強い意味を持っており、そのことこそ、科学の「すごさ」を表しているからです。

世界を説明する理論にはさまざまなものがあります。一般に、迷信とか宗教とか言われているものはいずれも「世界を説明する理論」であり、その意味からしたら、科学はこうした「世界を説明する理論」の一つに過ぎません。タコによるサッカーの試合結果の的中を「超能力」というのも、こうした説明の一つであり、それが間違っていることを直接証明するのは不可能と言っても良いでしょう。しかし、科学というのは、その説明能力が圧倒的に優れているのです。かつては、神や幽霊の仕業だと思われていた不思議な現象を、科学によって、より納得できる形で説明できる。その事実こそが、現代社会における「科学」の地位を確固たるものにしてきたと言えるでしょう。たしかに、超能力という説明でも、タコによる試合結果の予想くらいなら説明することができます。しかし、超能力では、車や原子力発電所、コンピュータの仕組みを説明することができないのです。これが科学との決定的な違いです。科学は、タコによる試合結果の予想はもちろん、車や原子力発電所、コンピュータの仕組み、その他あらゆることを説明できる。こうして、科学が、世界のあらゆることに一貫性のある説明を与えていることこそ、「科学」による説明の優位性をもたらしているのです。

もう少し具体的に考えてみましょう。私たちは一見して科学では説明できない現象に出会うと、「これは科学では説明できないすごい現象となんだ」と思って驚きます。科学以外に世界を説明する重要な理論があるのではないかと疑うからです。しかし、科学者が科学的な説明を与え、「そんなことを前提にしなくても、科学で十分説明できる」と言われると、「やっぱり科学で説明できるんだ」と安心するわけです。ここで前提になっているのは、「科学」と、「科学以外」の圧倒的な力の差、説明能力の差にほかなりません。たしかに、世の中には「科学以外」によっても説明できるものがあります。しかし、現代社会に生きる私たちは、科学に対して絶大な信頼を寄せており、科学の説明能力の高さを理解しています。だから、「科学」によっても「科学以外」によっても説明できることなら、「科学」による説明を選ぶわけです。

つまり、科学者は超常現象に出会ったときに、「そんなことは科学的にありえない」と言うことを証明する必要がありません。科学の性質上、「そんなことは科学的にありえない」ということは、どうやっても証明することができないのですが、無理して証明しようとする必要はないのです。ただ単に、「そんなことを前提にしなくても、科学で十分説明できる」と言えば良い。そうすれば、人々はその説明を信じてくれるからです。この事実こそ、現代社会における科学の特権的な地位を表していると言えるでしょう。

超常現象に出会ったときに、科学の本分を忘れて「そんなことは科学的にありえない」という非科学的なことを言う科学者は、こうした科学のもっている「すごさ」に無自覚ではないのではないかと思います。科学者として一流と言われるために必要なのは、科学という枠組みの中で黙々と仕事をすることであって、科学の枠組みを理解していることではない以上、仕方ないことなのかもしれませんが…。

ちなみに、誤解のないように言っておきますが、冒頭に引用した記事を書いた大槻教授が科学の枠組みを理解していないと言ってるわけではありません。あくまで一般的に、そういうことを言う科学者が多いという話です。

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コメント

科学的にをどう捕らえるかにもよりますが、あれを「科学的に説明できる」と表現すると非常に違和感が...(もしや、組み合わせ表を見たタコの中で物質AとBが反応し...というような観点から説明可能なのでしょうか。。)

数学(確率論)的になら...1000の水族館で別々のタコに同じ予想をやらせたら、4匹程度は正解すると予測できるよ。(サッカー全然見てないからもっと複雑なのかも知れませんが...8試合の勝敗予測をしただけですよね?タブン)
だからあのタコに特別な超能力が無くても十分ありえる事だと思う
4倍の32試合程度も連続的中させたというなら謝ります(現存する地球上の全タコにやらせても、1匹成功すれば良い方くらい?)
みたいな説明が出来そう。

「科学的にありえない」のほうは
例のタコにサッカーの試合結果を当てる超能力が宿っているということなど、科学的に在りえない!って言っているのでしょうか?
もしそうだと、それは確かに、色々勘違いしていますね。

管理人より:要するに自分が想定していたのはそういう説明です。リンク先に書いてあるので割愛してしまいましたが。補足ありがとうございます。たしかに、「科学的な説明」と言うかどうかは、科学の範囲次第で、微妙な感じがします。

投稿: hiro | 2010/08/16 19:36:47

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