情報学とは何なのか

情報学 | 2007/01/14

ブログを始めて実質的に最初の書き込みということで、情報学とはいったい何なのかということについて考えてみたいと思います。

「情報学は、さまざまな学問のどこに位置づけられるか」という問いは、情報学そのものにとっても、きわめて重要な問いであると言えます。情報学についてのブログを始めるに当たって、この問いに簡潔に答えるのなら、情報学は要するに「手法」ではないかと思うのです。では、どういう手法なのでしょうか。経済学が「貨幣」をもとに、社会や一人の人間の生き方をとらえるための手法だとしたら、情報学は「情報」をもとに、社会や一人の人間の生き方をとらえる手法だということができるでしょう。

では、情報学は、どのような手法なのでしょうか。情報学は、もっとも表面的には、政治におけるさまざまな政策決定、企業活動上のさまざまな判断、さらに一人の人間が生きていく上での判断を、意味や価値の問題として整理し、有効な解決策を与えるための「手法」だと言えます。この意味において、情報学は、「法律学」「経済学」などと並置される社会科学だと言うことができるでしょう。

たとえば、ある政策課題についての決定をするとき、それが経済的にどのような影響を与えるか、法律的にどう解釈されるのかということを議論するのが、経済学や法律学の役割だと言えます。しかし、これらのことについて完璧に分かったとしても、実際に、どのような政策を選ぶべきか、あるいはそこである政策を選ぶとはどういうことなのかということは、相変わらず分からないままでしょう。ここで、その政策課題はどのような問題の構造を持っており、どのような議論されるべきか。どのような人の意見を聞き、どのような団体と調整をするべきか、こういったことを知るために必要なのが情報学という学問なのです。

これは、政治や企業活動に限ったことではありません。経済についての理解が、現代社会で一人一人の人間が生きていく上で重要なように、情報についての理解もまた、私たちがこの社会で生きていくために必要なことです。たとえば、私たちが生きていく上での重要な判断を迫られたとき、その問題がどういう構造を持っており、どう判断していくべきかということを考えるのが、情報学の役割と言うことができるのです。

このように情報学には、社会活動あるいは一人の人間が生きることを通して評価されるべき社会科学としての側面があるわけですが、そうだとしても、情報学はいわゆる一般的な意味での社会科学とは若干異なるものであり、単純に、情報学を社会科学と言うことはできないでしょう。というのも、情報学は、一般的に私たちがイメージする「社会科学」よりもはるかに広い問題について扱うものだからです。

まず、一般的に知られるように、「情報学」は、情報工学や計算器科学など、情報をデータとしてとらえ、その処理方法を考える学問を含んでおり、この意味で、自然科学的な問題関心を含んでいます。

一方、情報学は、心とは何か、言語や規範、倫理とは何か、手法やモデルとは何なのか、科学とは何で、それは社会の中でどのように位置づけられるのか、あるいは、グローバル化、コントロール社会、管理社会などと言われる現実とはいったい何で、これにどのように対処していけば良いのかを考えることは、それぞれ情報学の大切な役割の一つです。これらの問題の多くは、従来、哲学や思想の領域に属するものと思われてきたものです。

このことは情報学がどのような「手法」であることかを、明確にする上で重要な意味を持っています。かつて、「物質がどのような要素によって構成されているか」「光とは何なのか」というようなテーマは、純粋に哲学的な問題であったわけですが、現在、こういった問題を直接的に考えている哲学者はいないでしょう。自然科学は、従来「哲学的」と思われていた多くの問題を、哲学の外の領域に持ってくると同時に、「哲学」の枠組みそのものに大きな変更を加えてきたのです。そして、これに由来するのが、近代哲学だと言うことができるでしょう。

ここで情報学の出現は、こうした自然科学の出現に匹敵するできごとだと言うことができるかもしれません。それは、従来、哲学や思想の領域だと思われてきた問題を、その外に引きずり出すと同時に、哲学や思想の枠組みそのものに変更を加える可能性があるものだからです。

西垣通は、情報学の出現による世界のとらえられ方の変化を、言語論的転回に対する情報学的転回―すなわち、言語から情報へという世界観の変化―として規定したわけですが、この意味で私は同じ「情報学的転回」という言葉に、もう少し違う説明をつけ加えたいと思います。それは、「情報学転回」が、「転回」という言葉が指し示す、より古いできごと、「コペルニクス的転回」に対応するものだということです。といっても、ここでこの言葉が指しているのは、単に哲学に起きた変化としての「コペルニクス的転回」ではありません。むしろ、地動説に象徴される近代科学の出現と、それに由来する世界観の変化の全体として、「コペルニクス的転回」。これに匹敵する大きな世界観の変化が、「情報学」の出現を出発点とする「情報学的転回」と言えるわけです。

繰り返しになりますが、情報学は哲学ではありません。情報学が導く思想上の変化そのものは、情報学が語りえぬものであり、情報学はそこに言及することができないからです。すなわち、情報学は世界をとらえるための一つの手法に過ぎない。しかし、情報学の手法は、社会における政策上、企業活動の決定や、一人の人間の生き方について考える上で重要なだけでなく、哲学や思想上の重要な変化を導くものになるでしょう。その意味において、情報学は手法であり、手法に過ぎないわけです。

参考文献

『基礎情報学―生命から社会へ』西垣通
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